第123話 禁忌 #1
エルスウェンが王宮書庫の扉を開けて中を窺うと、すぐに声をかけられた。
「エルスウェン君。どうかしましたか?」
アミディエルだった。彼は、入口そばの書架の前で、なにやら本を調べていた。
「おはようございます。あの、キャリスに用があって。ついに、未識別の呪いの解呪を、魔法消去を無視してかける方法を見つけたんですよ」
「それは――本当ですか。いったい、どのような方法ですか? ぜひ、教えていただきたいのですが」
アミディエルは興奮した様子で、書庫の一角にあるテーブルに導いてくれた。
席についてから、かいつまんで説明をする。
アミディエルは、すべて黙って聞き届けて、深く頷いていた。
「なるほど……双調魔法。まさか、そんな方法が……」
「アミディエルさんでも、知らない技術だったんですか?」
賢者集会の長であろうとすべてを知っているわけではないことは重々承知だが、このアミディエルに知らないことがあるとも思えない。
意外に思って訊ねたのだが、彼は素直に頷いた。
「ええ。初耳です。できれば、その古文書を見てみたいのですが……まさか、持ってはいませんよね?」
「いや。キャリスに見せるつもりでしたし、アミディエルさんも見たいって言うかなと思って。ありますよ」
「なんと!」
こんなこともあろうかと、というやつだ。持ってきておいてよかったと思いつつ、エルスウェンはローブの懐に入れておいた巻物を取り出す。
探索時にも着用するこのローブには、内側に隠しポケットが何個かついている。迷宮探索の必需品である、帰還、転移の巻物などを持っておくためのものだ。
巻物を渡すと、アミディエルはかぶりつくように文面に集中し始めた。
数分で彼は双調魔法の記述を読み終えると、何度も頷いた。
「なるほど。なるほど……。こんな方法が。言われてみれば、この技術は……」
なにかを言いかけて、アミディエルはエルスウェンを見た。
「これはまさしく、古代に生きた人たちが考え出した、魔法の奥義のようなものでしょう」
「奥義……」
大それた響きに、思わず繰り返す。
アミディエルは頷いた。
「まさしく奥義ですよ。卓越した技術が要求されるのは間違いありません。複数人で呪文、詠唱……そしてイメージまで揃えて使用するとは、ただ事ではありません」
「そ、そこまですごいことなんですか?」
「ええ。この技術は――」
言いかけて、アミディエルはなにかに気づいたようだった。
「そういうことですか。私もまだまだ、思慮が足りないな……」
「ど、どういうことです?」
「いえ。この技術……双調魔法は、あなたがた、人族にしか不可能な技術なんです」
「そうなんですか? 森人族にはできないってことですか?」
「ええ、まず無理でしょうね」
「どうして、森人族には双調魔法が使えないんですか?」
「我々は、元々が圧倒的な個人主義だからですよ。呪文、詠唱はまだしも、イメージを揃えるということが絶対に不可能だと思いますね。できる森人族がいるとすれば、それはまさに、エルスウェン君の母君くらいのものでしょう」
アミディエルは、自嘲するように笑った。
「人族の方々は、当たり前のように協力という概念を持っていますが、我々にはそれが、本当に希薄だったんです。我々森人族や、地人族、小人族は、人族が呼びかけるまではそれぞれのテリトリーを厳格に決めて、自己完結して生活していたそうですが……」
それは、エルスウェンも家の本で読んだことがあった。異人種が手を取り合い高度な文明を築くよりも、さらに前の時代の話だ。
「こうして長い歴史を経て、文化的な交流を持ち、我々にも表面的にはそれができるようになりました。しかし、魔法という分野においては、種族の性質、本能みたいなものをどうしても捨てきれないのでしょうね。情けない話ですが……」
アミディエルは、もうひとつ付け足した。
「あなたの遠い母君は、人族と駆け落ちをした、森人族の中でも規格外の方ですからね。双調魔法すらも平気で使いこなせるというイメージしか湧きません」
「はあ……。なんだか、すみません」
とりあえず、謝っておく。それに、アミディエルは首を振って笑っていた。
「団結、協力は、人族の持つ力です。だから、これを考えたのは古代の人族なんでしょうね。どうしてそうする必要があったのかは、想像の余地がありますが」
「母は、森人族の魔法に人族が追いつこうとして考案されたものだと言ってました」
「でしょうね」
アミディエルはまた巻物を読みながら、何度も頷いていた。
「しかしこうして見ると……なかなか興味深い。エルスウェン君は、探索者という制度ができた当初のことは、当然知りませんよね」
「はい」
「少し、お話しましょうか。私は当時、あなたくらいの年齢でしたから、見聞きして知っているんですよ。いや、もう少しばかりは年上でしたかね」
アミディエルは、数百歳の森人だと聞いている。そして探索者の制度が生まれたのも数百年前――大体、三百年ほど前だと言われている。
当時を知る森人は、語り始めた。




