第122話 女王陛下 #6
「……そうであったか。かの、偉大なる賢者の血がな。そういったものであったか」
「はい。だから……もし、僕に子供ができたとして、それが次、どんなふうになるのかは分かりません。だから……」
人は恋をして、愛し合うようになり、子を成すということは知っている。
知っているが、エルスウェンにはどうしても、自分がそうできると思えなかった。
普通よりも早く死ぬ。それはつまり、すべてを置いて死ぬ、ということだ。
それはあまりに無責任に思えたし、遺されるもののことを考えると、恋愛や婚姻を結ぶなど、どうしてもできる気がしなかった。
自分にできた子供の寿命がどうなるのか、ということも気になった。自分で自分の寿命のことをどうとも思ってはいないが、それが子供にも及ぶとなれば、話は別だ。
もしかしたら、自分よりも短い寿命が設定されてしまうということも、可能性としては考えられる。反対に、長くなる可能性だってあるのかもしれないが、どちらであろうと、すんなり首を縦に振るなど、できそうになかった。
「そなたは考えすぎだな。が、それも若いゆえか」
こちらの言葉に、女王はいたわるような、優しい声で答えた。
「エルスウェン、そなたがそう考えてしまう気持ちも分かる。が……こうして、母親をしている身から言わせてもらおう」
「はい」
「誰かを愛し、子を成す。そこに理屈の入り込む余地はない。きっと、そなたにも分かるときが来る。打算や計算で、子は産まれぬとな」
女王は、抑えた声で続けた。
「我々は、人族だ。森人のように、不老ではない。生老病死という苦しみが、常にまとわりついてくる。だが、その中で生き……苦しみながらも誰かを愛し、子に未来を託し、そうして命を繋げてきた。それは古代の滅亡を乗り越え、今の時代まで続いてきたのだ」
そこで間を置いて、女王はエルスウェンを見つめた。
「それが、森人のように永遠に生き続けることができぬからこその、人の生よ。人族は脆く儚い一生であろうと……いや、だからこそ、それを強く紡ぎ続けてきた。エルスウェン、今ここにあるそなたの命も、永劫螺旋の彼方から、連綿と続いてきた愛で紡がれたものなのだ」
その言葉は、強くエルスウェンの胸を打った。
自分では考えもしなかったことだった。
女王は、先を続けた。
「人とは、様々な色の糸で紡がれたひとつの織物のようなものよ。無論、幸せが込められた糸だけとは限るまい。それぞれ、様々な色があり、模様がある……が、どれも世に、たったひとつだけのものだ。その価値を疑う愚か者はいまいよ」
優しい言葉だった。それは心に染みこんでくるようで――涙さえ流れそうだった。それをこらえながら、エルスウェンは女王の瞳を見返していた。
「長々と言ったが。わらわに言えることはな、結局はひとつだけだ、エルスウェン」
少し溜めて、女王は言った。
「生きよ。そなたの命、そなたがどのように生きるかは自由だが……限られた命を、どうか全うしてほしい。悔いのないようにな」
「はい。ありがとうございます」
「なにかあれば、力になろう。遠慮せず、なんでも言うがよい。将来の婿候補なのだから、よきに計らおう」
「い、いや、それは……」
「冗談だ。そなたがどう判断しようと、わらわは構わぬよ。だが、さっきも言ったが、頭の片隅にでも置いておいてくれ。恋も愛も、経験せずに捨ててしまうのは勿体ないぞ?」
「は、はあ。わ、分かりました」
頷かされてしまった。エルスウェンは動転しながら――この談話室に入って動転している時間のほうが長い気がしつつ――菓子を示した。
「こ、これ。持って帰っていいですか? 母やみんなにも食べさせてあげたいなと……」
「うむ。いや、新しく包ませよう。母君にどうか、よろしく伝えておいてくれ」
「分かりました」
そうして、ようやく女王とふたりきりの話し合いは終わった。
想像以上に豪華な菓子包みを持たされて、エルスウェンはようやく、アミディエル、キャリスがいるらしい王宮の書庫へと足を運んだ。




