第121話 女王陛下 #5
ひとつ、言おうかどうか迷って――エルスウェンは、結局口にすることにした。
「あの。僕は……父の遺品を探すために、探索者になったんです。いや、正確には、探索者になってからの目標なのかもしれませんが」
「遺品か」
「はい。……その、父の痕跡をなにかひとつでもいいから見つけて、母と一緒に……一緒に、同じ場所に埋葬してあげたくて」
「そうか。……良い心掛けだと思うぞ。それが叶った暁には、わらわにも、是非墓に参らせてほしい。わらわでよければ、ふたりのために祈りを捧げたい」
「はい。ありがとうございます。よろしくお願いします」
また頭を下げると、女王はちらりと時計を見た。時刻は、午前十時になろうとしている。
「長く引き留めてしまったな。他に訊きたいことはないか?」
「いえ、十分です。女王陛下に、わざわざお手間を取らせてしまい、申し訳ありません」
「ふ――構わぬよ。女王というのも、存外に暇を持て余しておるものだ。むしろ、よい話し相手になってくれた」
「そ、そうですか」
女王という仕事が暇なわけはないと思うが、この人にはある種の余裕のようなものが常に漂っているのは事実だ。やはり、相当に優秀な統治者なのだろう。
と、女王はテーブルの上の菓子を示した。
「これは食べぬのか? この王宮付きの菓子職人の手によるものだ。旨いぞ」
「あ、そうなんですか。じゃあ……あの、いただきます」
女王の前で菓子をつまむというのは、妙に緊張する。実際に、クッキーをひとつ口に入れるまでの一挙一動をじっと見られ、むせそうになる。
「どうだ、美味であろう?」
「は、はい。おいしいです」
ほとんど味は分かっていなかったが、おいしいということは分かる。冷や汗をかきながら、もうひとつ取った。
「あるいは、そなたの恋人のパンケーキのほうが旨いか」
「ぐふっ!?」
むせた。クッキーの微細な粉が気管支に入りかけ、全力で咳き込む。
「だ、大丈夫か?」
女王も困惑しつつ、お茶を勧めてくる。それを飲んで、なんとか復活した。
手を振って、答える。
「あの、フラウムとは恋人というわけでは……」
「なんだ、そうなのか?」
にやりと、女王は笑う。
「はい。そんな、恋人なんて大それた関係じゃなくてですね。訓練所では彼女が一年先輩で。その頃から、仲良くしてくれているんですが」
「ふうむ。そうだったのか。ラティアや、カレン、アガサはどうだ?」
「い、いえ。とてもそういう関係とかじゃなくてですね。みんな、いい仲間ではあるんですが」
「そうか、そうか。だが、そなたには不思議な魅力がある。酒場でも感じたが、良き仲間に囲まれている……女のほうが放っておかぬだろうよ」
「そ、そうなんでしょうか」
そういう話は苦手なので、意図的に避けるようにしているのだが。
女王はそうでないようで、とんでもないことを言ってきた。
「シャルロッテや、シャーロットはどうだ? そなたさえ良ければ、婿に来ぬか?」
「ぶっ!?」
飲もうとしたお茶が、今度は鼻から吹き出しそうになった。
かろうじて堪えて、エルスウェンは聞き返した。
「む、婿なんて、そんなこと」
「嫌か? シャルロッテは器量も良いし、話していて思うが、そなたとは相性も良さそうだ。親の欲目だが、なかなか、良い娘であろう?」
「いや、それは……ええと……。その、とても素晴らしい人だと思いました。話していても楽しいですし」
「ふふ、そうか。返事は今でなくとも構わぬ。だが、選択肢を頭の片隅にでも置いておいてくれるか。そなたであれば、安心して預けられる」
なぜそこまで評価されているのか、甚だ疑問ではあった。
が、エルスウェンは、正直に女王に話すことにした。
「あの……。陛下。お話はありがたいのですが。僕は、その……そういう、結婚とか、そういうことは全然考えていないんです」
「ほう。独身主義か?」
「そういうことでもないんですが……僕は、寿命が短いんです」
「……なに? どういうことだ?」
女王は少し姿勢を前に傾けて、訊いてきた。
エルスウェンは、包み隠さずに、自身の身体のことを話した。遠い母の血の影響から、長くは生きられないということなどを。
すべてを黙って聞き届けてくれた女王は、こちらの言葉に、何度も、悲痛な表情を隠さずに頷いていた。




