第120話 女王陛下 #4
「魔法は、病に対してはほとんど使えませんからね……。苦痛を和らげたり、対症的にしか効果を発揮できないと……母ですら、そう言っていました」
「うむ。生老病死の苦しみは、魔法では取り除けぬ。アミディエルも、そう言っておった。それを超越しようと試みた古代文明は、脆くも滅んだというのだからな。分不相応な望みはほどほどにしておけということだ」
そう結んでから、女王は言い直した。
「シャーロットの母は、身体を悪くして寝たきりであった。幸い、流行り病には罹らなかったが。市井には、彼女を看られるものが誰もいなくなってしまった。わらわひとりでは、手も足りず、薬も足りず……どうしようもなかった」
「……そうだったんですか」
エルスウェンは、かぶりを振った。
シャーロットの生い立ちに、そういう事情があったとは。
そういった暗い影は、彼女からはなにも見えなかった。双子として育てられたことにも、納得どころか自身の誇りとしているような、そんな素振りだったのに。
「あれの父も母も、立派な人であった。母親は特にな、今際の際であっても、自身の治療よりも、市井の人を気にかけてほしいと言い、そしてシャーロットのことを頼むと言ってな……立派な人であった」
「……すごい人ですね」
「うむ。母としての手本のひとりだよ、未だにな」
女王は頷いて、お茶を取った。
エルスウェンもそれに倣い、口を湿らす。
しばし沈黙を挟んでから、女王は訊いてきた。
「そなたは、わらわになにか質問はないか?」
「え?」
まさかの言葉に、硬直する。
問いの通りに馬鹿正直に考えて、過ぎったのは先ほどファルクに訊かれたことだった。
「……あの、僕の父のことは、知っていますか?」
「白銀の剣士か」
女王は呟くように言うと、頷いた。
「私は、ほとんどは知らぬのだよ。白銀の剣士を重用していたのは母でな。……それについて、そなたにどう話そうかと思ってはおった。どう詫びれば良いものかと」
「わ、詫びる?」
困惑して聞き返すと、女王は頷いた。
「わらわの母は、白銀の剣士たちのパーティの活躍に、大層お熱であったのよ。迷宮を攻略できる、ついに神の秘宝とやらを手中に収められる、とな。特別に白銀の剣士たちを支援し、何度も彼らを迷宮へ送り込んだ」
「そうだったんですか」
「うむ。だから……白銀の剣士は、王宮が殺したようなものだ。十年前の流行り病でパーティの生き残りであった探索者も亡くなり……なんと言えばよいか」
そこまで聞いて、女王の詫びるという言葉の意味を理解した。
彼女は彼女で、罪の意識を感じていたのだ。
「それは違いますよ。父は父の信念をもって、踏破のために迷宮へ挑んでいたはずです。陛下が詫びる必要なんて、ないですよ」
「……だが、類い希な剣士を、少しも省みなかったのは事実だ。そして、白銀の剣士だけに注目し、そのパーティに注意を払わなかったのだ。他の探索者たちにもな。王宮の罪は重い」
そういうことだったのか、とエルスウェンは内心で頷いた。
マルガレータ女王が探索者たちに大きな敬意を払い、こうしてひとりひとりを大切に扱ってくれるのは、女王としての体裁以上のものがあったのだ。
「……というわけで、すまぬが、わらわ自身は、白銀の剣士については詳しくを知らぬ。当時の活動報告や、その類に目を通してはいるが、裏を返せばその程度でな。アミディエルや、ドゥエルメのほうが詳しく聞けるであろう」
「分かりました。ありがとうございます」
実際に聞きに行くかどうかは微妙だが、エルスウェンは頭を下げた。
自分自身、父のことを深く知りたいとはあまり思っていない。
これから倒さねばならない相手だ。特に、自分はイメージを使用する魔法でもって、黒燿の剣士と対峙せねばならない。
その際に余計なことを考えたくはなかった。自分だけならいいが、あの剣士を前にためらいなどを覚えたら最後、味方が殺されてしまう。




