第117話 女王陛下 #1
双調魔法成功の翌日――エルスウェンはジェイと一緒に王都の外れにある訓練所を訪ねていた。
時刻は午前九時。訓練生たちがちらほら、稽古に取り組み始めている。
マイルズたちはすぐに見つかった。開けた運動場で、訓練生に混じるマイルズの規格外な身体を見落とすほうが難しいと言えるのだが。
「そっちはどうだ?」
エルスウェンとジェイを認めると、マイルズは開口一番に訊いてきた。
それに頷き返す。
「魔法消去の加護を貫通して未識別の呪いを外す方法が分かったんだ。多分、実戦でも可能だよ」
「本当か!」
マイルズだけでなく、ベルハルト、ファルクも驚いて声を上げた。
「無敵の剣士じゃなくなるってことだな? 大歓迎だ。あの剣士との実力差をどうやって埋めるかはさておきな」
ベルハルトは笑顔だった。それに頷いて、ジェイを示す。
「うん。そのために、みんなには、これからジェイと一緒に連携技術を覚えてもらいたいんだ。これを覚えれば、その実力差を埋められると思うから」
「ああ、言っていたヤツだろう? あの、古代の戦術書にあったっていう」
ファルクは興奮気味だった。早く中身を知りたい、という顔だ。
「うん。とりあえず、僕が翻訳した本もある。で、ジェイには中身を全部覚えてもらっているから。前衛のみんなは、頑張って修得してほしい」
「よし、分かった。で、エルス。お前はどうするんだ?」
マイルズの問いに、エルスウェンは王都の方角を示した。
「これから、キャリスに会うつもりなんだ。まだ、最後の問題がある。黒燿の剣士を操る魔法を解呪する、そのための魔法について、キャリスに聞いておこうと思って。死体を操る魔法なら、元司祭の彼に聞くのが一番だろうから」
昨日翻訳を終えた時点では、ジェイひとりでマイルズたちを訪ねてもらうつもりだったが、事情が変わった。
フラウムとカレンの成功の後、家に戻ってから――エルスウェンはアガサと協力しての双調魔法に挑戦してみた。そして、無事にラークの持つ首飾りの効果を貫通して、未識別の呪いの解呪に成功したからだ。
黒燿の剣士の未識別の呪いを、魔法消去を無視して外せることが確定した今、早々に最後の関門へと挑むことができるようになった。
黒燿の剣士――エルスウェンの父の死体を操る魔法そのものの解呪である。
黒燿の剣士との戦いは、結局、それを上手く決められるかにかかっている。それさえ決まれば、有無を言わさずに戦闘は終わるだろう。
死体を操る魔法の解呪を、キャリスが扱えると仮定した上で、戦いには、ふたつのパターンが考えられた。
ひとつ、黒燿の剣士の魔法消去が、ラークの首飾りのような、なんらかの分かりやすい魔法装備によるものだった場合だ。
その場合は、未識別の呪いの解呪によって、その装備をも破壊できるようになっているため、壊してしまえばキャリスひとりで解呪ができる。
ふたつめは、魔法消去の加護をどうしても外せない場合だ。
この場合では、死体を操る魔法の解呪を双調魔法で行わねばならなくなる。つまり、使い手が最低、ふたり必要だ。キャリスと、もうひとりである。
エルスウェンは、そのもうひとりに自分がなるつもりだった。キャリスを訪ねて、解呪の魔法を彼から習う必要がある。
もちろん、キャリスが死体を操る魔法の解呪魔法を扱えない可能性もあるだろう。なにしろ、解呪魔法にはその呪いや魔法効果に合わせた魔法が都度、必要になる。彼が元司祭だとはいえ、そのすべてを都合よく扱えるとは考えにくい。
その場合は、討伐まで少々時間がかかることになるかもしれない――エルスウェンとキャリスで、一からすべての解呪魔法を扱えるようにならないといけないからだ。
だが、どちらにせよ、キャリスに話をしてみないことには、次のステップへと進めない。そのために、エルスウェンはこうして王都まで戻ってきたのだった。
「俺たちは見ていないけど、たぶん、王宮にいると思うよ。アミディエルさんとその解呪についての調べものをしたいって言っていたし」
ファルクが教えてくれる。それに頷いた。
「ありがとう。じゃあ、とりあえず王宮に行ってみるね」
「ああ。……あのさ、エルス」
転移の魔法を使おうとしたところで、ファルクが遠慮がちに言ってきた。
「なに?」
「ああ、いや。答えにくいことなのかもしれないから、言いたくなければいいんだけど。君は、君のお父さんについて……どれくらい知っているのかって、聞いておきたくて」
「ああ、うん。……なんだかんだで、全然話していなかったっけ」
エルスウェンは頷いた。黒燿の剣士が自分の父だというのに、肝心の自分が、その父についての話を全然していないことに、今さら気がつく。
それには、理由があったのだろう、と他人事のように思う。自分で分かる理由と、分からない理由が。
頭の中で言葉を選びながら、エルスウェンは口を開いた。
「父は、僕の産まれる前に、迷宮で行方不明になったんだ。パーティの人たちを逃がすために、しんがりとしてひとりで戦ってね。産みの母さんが、僕を身籠ったと分かる前に……そういうときに、いなくなっちゃったんだ」
「そうなのか」
「うん。……そのあたりの話は、僕も詳しくは知らないんだ。もっと小さい頃に、ザングや、母さんから少しばかり聞かせてもらった程度で。恥ずかしい話なんだけど、探索者としての父のことは、全然分かっていなくて――それこそ、ファルクやみんなと変わらないと思う。なにせ、伝聞だし……その上で、詳しく聞こう、っていう気にもならなかった」
「すごい剣士だってことは?」
「ああ、聞いていたよ。でも、僕は魔法使いだから。すごい剣士、なんて言われてもピンと来てなくて。あの黒燿の剣士ほども強いなんて、知らなかったんだ。第九階層に行ったなんて言われているけど、その父よりも、マイルズのほうが全然強いと思ってたし」
それは本当だ。マイルズを見ると、肩をすくめて苦笑していたが。
「僕は……探索者になっての目標として、父の遺品を見つけることを考えていたんだ。産みの母と一緒に、きちんと埋葬してあげたくてね。それがこんな形で遭遇することになるなんて、思いもしなかった……。ごめん、もっと早くに触れておくべきだった」
「いや、いいんだ」
ファルクは申し訳なさそうに首を振った。
「君の家の事情だしな。それに、その情報で黒燿の剣士がどうにかできたわけじゃないし……エルスはなにも悪くないよ。変なことを聞いてごめん」
「いや、大丈夫だよ」
エルスウェンが首を振ると、ファルクは少し逡巡して、言い直した。
「ともかく。今は――」
「死に損ないの親父を、きっちりあの世へ送ってやることだけ考える。だろ?」
ファルクの言葉を、マイルズが継いだ。ふたりに頷く。
「うん。どんなヤツが、父を操っているのか、それは分からないけど。それから父を解放してあげたい。……みんなに、協力してほしい」
「ああ、任せとけ。それくらいの意義があったほうが、燃えるってものさ。最強の剣士が、あんなふうに扱われていていいわけがない。俺たちで、ちゃんと埋葬してやろうじゃないか」
ベルハルトが頼もしい調子で言ってくれる。
マイルズも頷いた。
「迷宮を進めば、その黒幕とやらも出てくるだろうな。その時はきっちりと、俺たちで剣の錆にしてやる。任せとけよ。だから、お前はお前のやることに集中してろ」
ぶっきらぼうだが、こちらに気を遣ってくれているのは分かる。ベルハルトに、ファルクもその言葉に頷いていた。
「うん。……ありがとう。じゃあ、僕は行くよ。みんな、頑張って」
ジェイにも別れを言ってから、エルスウェンは転移の魔法を唱えた。




