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薄明の魔法使い #0 竜骸迷宮と黒燿の剣士  作者: 式見 汀花
Ⅲ 手を取り合って

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第114話 団結と協調 #3

 話が不穏なほうへ進まないように、エルスウェンは違うことを母に訊いた。


「母さんは、双調魔法を使ったことが?」


「そうね。あるわ。大昔に、一度だけね。この何百年では、一度もないわね」


 その大昔とはどれほどの昔なのか、気になったが。質問しても答えないことは分かりきっているため、やめておく。


 と、母は視線をフラウムたちに戻しながら、言った。


「この技法は、人族が考案したものなのよ」


「人族が?」


「ええ。森人族には、寿命がない。ですから、魔法を極めるための時間に制限がない。長く生きて、その間修行を続けて……そうすることで、どんな人族も敵わない魔法の力を持つことができた、というわけね。生来備わっている魔力の量も、人族とは比べ物にならないほどに多い……」


 母は、静かに言葉を続ける。目を細めて、遠くを見るように――なにか懐かしいものを振り返るように、滔々と。


「人族は、長く生きてもせいぜいが百年ほど。その間にどれほど修行を重ねようと、森人族の魔法には敵わない。だから、それを埋めるための技術として、力を合わせることを考えた」


 母の言葉は、まだ続いた。


「森人族は、魔法と弓の技術と、永遠の寿命を。地人族は、鍛冶と鑑定眼に、怪力を。小人族は器用さに、陽気さと天運を。人族は――」


 母は、全員を眺めて、微笑んだ。


「なんでもできたけれど、突出したものを持たなかった。森人族ほどの魔法は扱えず、地人族ほどには鋼に愛されず、小人族ほどの器用さはない。でも、彼らには団結し、融和し、困難を克服する力があった」


「……団結」


 エルスウェンが繰り返すと、母は頷いた。


「人族がいたから、それぞれの異人種が手を取り合えたのよ。異人種たちの持つ、全ての特徴をひとつにまとめて、高度な文明を築きあげることができた。それこそがかつての世界の破滅の呼び水になったとも言えるけれど……人族がいなければ、滅びの使者に対して私たちは各個撃破され、なにもできずに滅んでいたでしょうね」


 母は、目を閉じた。呪文を紡ぐように、言葉を連ねていく。


「力を合わせる術を学びなさい。そうすれば、どんな敵にも負けることはないわ。私ですら、ひとりではなんの役にも立たない。あの滅びの使者――紅髄竜インフォルムだって、どれだけ恐ろしくともたった一匹の竜でしかなかった。たったのひとりでは、弱点を補うことはできない。完全無欠の存在なんていない。だから、インフォルムも討伐されたのよ」


 その言葉そのものは、子供の頃からエルスウェンが聞かされてきたものと同じだ。


 だが、今まででもっとも重いものが込められていると感じた。


 と、調子を戻して、母は続けた。


「双調魔法は、ふたり以上で魔法を同時に使うことだけど。傍から見るとね、複数で魔法を唱えているのに、ひとりで唱えているように見えるのよ。複数人でひとつの魔法を作るのだから、当然と言えば当然だけれどね」


「それは……」


 エルスウェンは絶句した。そこまで同じにしなければならないのか。


 が、母は笑顔でフラウムたちを顎で指した。


「そろそろ、形になってきたわ。ほら、やっぱり、ああ見えて息はぴったりなのね、フラウムちゃんとカレンちゃんは。見ていてごらんなさい」


 その言葉に、全員がフラウムたちを注視する。


 ちょうど彼女らは、虚空へ向かって詠唱を始めるところだった。


「隠り世を伝わる、明浄の灯火よ。我が声に応えて、現世に顕現せよ……劫火よ、焼き払え!」


 ふたりの声は見事に重なり合い、まさしくひとりの人間が呪文を唱えているような、完璧なハーモニーとなっていた。


 そして、野原に火炎の柱が発生した。規模は……フラウムのフルパワーの魔法よりも、やや強い程度だ。


 それを見てか、フラウムがカレンに食ってかかる。


「おいババア! あんまり強くねえじゃねーか! 失敗だろ!」


「私が悪いわけ!? ちゃんとあんたの詠唱に合わせてるでしょうが!」


 と、口論を始めそうになったふたりに、母が声をかけた。


「おふたりさん。双調魔法は、イメージの共有が一番大事なのよ。詠唱を合わせても、ほんの少しのブーストにしかならないわ。イメージを合わせることで、真価が出るのよ。できれば詠唱の呪文も、協力して相応しいものを考えなさいな」


 言われたふたりは、素直に頷いてまた話し合いを始めた。


 エルスウェンは、母に訊ねた。


「イメージが、一番大事なんですか?」


「ええ。あなたはそれを捨てて考えようと言っていたけど。捨ててしまったら双調魔法はほとんど成立しないわ」


「そうなんですか……。本当に難しいな……」


「そうなのよ。だから、自分で使う魔法とは別に、双調魔法のための呪文を考えておくのがいいわね。アガサさんと組むのなら、アガサさんと協力して、ふたりだけの呪文を考えておく、ということね」


「なるほど……。じゃあ、あとで打ち合わせをしましょう」


「……分かりました」


 アガサが頷く。本番ではエルスウェン、アガサ、キャリスがどの組み合わせで未識別の呪いを外すことになるのかは分からない。だが、選択肢は多く持っていなければならないだろう。三人がかりになる可能性だってある。団結と協調の重要性については、母から説かれたばかりだ。突き詰めて考えておかなければ。


「……でも、未識別の呪いの解呪、その双調魔法は、どう練習すれば……?」


「それくらいは、私が手伝いましょうか。私が、擬似的な未識別の呪いの品を作ってあげますから。フラウムちゃんのお料理でもいいけれどね。それを首飾りをしたラークさんに持ってもらって、解呪をできるかどうか、試せばいいでしょう」


「それなら、家でもできそうかな」


 エルスウェンは、アガサと頷き合った。


「私たちも……なにかの時のために、練習をしておいたほうがいいのかしら?」


 シャルロッテが、シャーロットに言う。シャーロットも頷く。


「そうね。今はシャルロッテの体調もいいんだし……呪文くらいは、考えておきましょうか」


 母の話の効果は大きかったのか、互いに協力し合うことをみんなが強く意識し始めたようだった。


 これで前衛のみんなも、ジェイの説明で連携することを覚えてくれたら、いよいよ黒燿の剣士を倒す成算が立つことになる。


 ふっと、感慨のようなものが、背中を這ってあがってくる感じがした。


 ここまで長かったような、短かったような――そんな感覚だった。


 ザングが死んだあの日から、どれくらい経ったのか。思いを馳せずにいられない。


 彼のためにも、そして、父のためにも、黒燿の剣士は、必ず倒す。



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