第111話 対抗手段 #5
「でも、本当に魔法消去を貫通できるのかねー? その双調魔法で」
腕組みしたフラウムが、眉間に皺を寄せて言う。
「だってさあ。ぶっつけ本番で行って、やっぱダメでしたじゃダメでしょ?」
「リハーサルしておけばいいじゃない。的を使って」
あっさりと言ったのは母だった。それに質問する。
「リハーサルって……どうやってです? 母さん、魔法消去の加護の再現が可能なんですか?」
「できるけれど、私が的の役なんて、そんなことをするわけがないでしょう」
笑って言ってから、母はラークを指さした。
「ん? ぼく?」
「ええ。ラークさん、あのお母さまから譲り受けた首飾りを持っていたでしょう。あれには、魔法消去と似た加護がかけられているわ」
「ああ……! そうだった!」
エルスウェンは思い出した。ラークと二度目に会ったときに、その首飾りの効果で、生命探知の魔法をかいくぐられたのだ。
あの首飾りには、魔法消去の加護がかけられていることが分かっている。
違いは、黒燿の剣士の魔法消去は、向かってくる魔力を消去してしまう加護であり、ラークの首飾りは、向かってくる魔力を素通りさせてしまうような効果の加護だということである。
だが、母によるとそれは同じ理屈の加護によるものであり、発現の形を変えてあるだけだという。ラークの母は魔法の達人であり、加護の付与にも達者だった、ということも合わせて教えてくれた。
そこまで分かっていてもここまで使われず、さらに忘れ去られていたのは、ひとえに、自分たちが持っていてもなんの意味もないものだったからだ。
だが、ようやく活用の時が来たようだ。
対抗手段が判明した今、ラークの母が遺した首飾りさえあれば、魔法消去を持った敵への予行演習は可能になるのだ。
エルスウェンは、ラークの手を取った。
「ラーク、ぜひ協力してくれないか」
ラークはこちらの手を握り返して、苦笑した後に頷いた。
「そこまで熱心に頼まれたら、ノーとは言えないな。言うつもりもなかったけどね。でも……ちょっと待てよ」
ラークは快諾しかけて、怪訝な顔になった。
「どうやってリハーサルを? さっき、的って言ってたかい?」
「ああ、それはもちろん……」
エルスウェンが言おうとした言葉を、シャーロットが引き継いだ。
「……ラークさんを的にかけて、双調魔法を撃つってことですよね」
なんとなく、場に沈黙が降りる。
ラークが神妙に訊ねた。
「……的にかけるって言うからには、使う魔法の種類は決まってるんだろうね」
「まあ……分かりやすいのは、攻撃魔法だろうね」
エルスウェンが答えると、矢継ぎ早にラークが言う。
「なあ、攻撃魔法ってことはないだろ。危ないし。エルスウェンの生命探知の魔法とかでも、魔法が効いてるかどうかは分かるじゃないか」
「いや、それは僕しか使えないし。双調魔法にするのは無理だよ」
「あー……」
ラークは額に手を当てて、何度か頷いた。念を押すように、言葉を紡ぐ。
「せめて、手加減してくれよ、エルス」
「え? いや、僕は攻撃魔法は全然ダメだから。外から見て、ちゃんと魔法消去を貫通しているかを判定する係をやろうと思ってるんだけど」
リハーサルの話が出たときから、そうしようとは思っていた。
今度こそ、ラークは深々とため息を吐いた。
それから胡散臭そうにテーブルを見回す。
「じゃあ……この中で攻撃魔法を使えて、それを双調魔法にするリハーサルに取り組もうっていう挑戦者は……とりあえず、手を挙げてみてくれ」
「はーい」
「はい」
「はい」
手を挙げたのは、フラウムとカレン、シャーロットだ。
ラークは言葉もなく、しばし瞑目した後、首を振った。
それから、目を開けてエルスウェンを見てくる。彼は言った。
「遺書を書いておくよ」
「うん……。悪いんだけど、頑張って。ラーク」
「普通だったら、さっさと逃げて協力なんてしないぜ、こんな無謀なこと。まぁ……討伐の成否がかかってるんだから、やるけどね」
「ありがとう。ケガをしたら、すぐに僕が治療するから。腕が千切れても、足が吹っ飛んでも、死なないでくれれば大丈夫だからね。必ず治すよ。痛みを消す魔法もあるから、心配しないで」
「……きみもたまに恐いこと言うよな」
ラークは肩をすくめて笑った。それから、フラウムたちに顔を向ける。
「幸か不幸か、まだ昼なんだ。ぼくを的にするにしろ、まずは、その双調魔法ってのを使えるようにならないといけないだろう? 早速特訓したらどうなんだい?」
言われて、フラウムたちは頷いた。
「ババア、ちゃんと呼吸合わせろよ!」
「ええ、分かってるわよ? 馬鹿で不出来な後輩に仕方なく合わせてあげるのが、先輩の務めってものだからね」
「ババア、体重も口も減らねえよなぁ。先月から何キロ増えた?」
「心配してくれてありがとう。あなたは脳みそが軽くていいわよねぇ。きっと脳みそじゃなくて綿菓子でも詰まってるのよね。ピンク色の綿菓子が。あー羨ましい」
「あはははは、面白えこと言うよなぁババアは。冗談までカロリー高いんだよなぁ」
「うふふふふ、フラウムには負けるわよ。あんたは馬鹿すぎて脳みそがカロリーを必要としてないみたいだしね。だから喋りもゼロカロリー。減らず口って、本当はあんたのための言葉よねぇ」
おほほほ、と笑いながら、しかし決して笑っていない顔で睨み合うふたり。
「あ、あの。仲良くしませんか……? 協力をしないといけないのに……」
おずおずとシャーロットが進言する。
すると、ふたりはキッとその若き魔法使いに狙いを定めた。
「おうおう! 王女として育てられたエリート魔法使い様じゃねえか!」
「探索者になったからには、身分なんて関係ないわよ。ビシビシいくからね!」
醜悪な声のかけられ方だったが、シャーロットは少しも意に介していないようで、しっかりと一礼をすると、声を張った。
「はっ、はい。先輩方、どうかよろしくお願い致します!」
「声が小さいぜー! あと私に対する挨拶の前と後には『フラウムちゃん可愛い!』ってつけな!」
「はいっ。フラウムちゃん可愛い!」
「真面目に言うこと聞かないの、馬鹿の言うことを聞いてたら馬鹿になるわよ」
「このババアの言うことを聞いてたら、小ジワが増えるぜー」
「マジぶっ殺すわよあんた!」
ライン越えの警告もなく、カレンはフラウムに掴みかかった。どこで覚えたのか、複雑な関節技を立ったままフラウムにかけ始める。
悲鳴を上げるフラウム。
謝罪を要求するカレン。
フラウムの代わりに謝罪をして取りなそうとするシャーロット。
馬鹿げている光景ではあったが、意外とチームになっているような気がした。
あるいは、そう思い込みたいという現実逃避なのかもしれないが……。
遠くを見ていると、ラティアが話しかけてきた。
「……なあ。私とカレンは同い年なんだが。……小ジワって気になるか?」
一体どうしたのかと思ったが、ラティアは真剣な顔だった。
それに、首を振る。
「ラティア、今年で二十四だっけ? 小ジワとか、そんな歳じゃないでしょ。ふたりともすごく綺麗だと思うし、全然そんなこと気にする必要ないと思うよ」
「そっ……そうか! そうだよな。うん。ありがとう、エルス」
こちらの回答に、心底ホッとした様子のラティアだった。不安がなくなったのならよかった。
が、まだ醜い争いを続けるフラウムとカレンを見て、ため息が漏れる。
どうやったらさっさと訓練に取り組んでもらえるだろうか……。
好きなだけやらせておこうかと思ったが、それでは本当に日が暮れてしまう気がしたので、仕方なく、エルスウェンもシャーロットに加勢することにした。




