第108話 対抗手段 #2
と、シャーロットがこちらに訊いてきた。先ほどの続きだ。
「生命探知の魔法というのは、エルスさんにしか使えないのですか?」
「ああ、教えてくれたのは母だから。母は使えますよ」
「そうなのですね。あの、教われば私にも使えますか?」
「うーん……」
エルスウェンは口ごもった。しばらく、考える。
「……難しい魔法なんです、生命探知の魔法は。詠唱の呪文を覚えて、イメージを育てて、それで使えるようになるようなレベルの魔法ではなくて」
「そうなんですね」
「はい。魔力を波動のようにして飛ばすんです。コウモリが音波を飛ばして地形を把握するように、飛ばした魔力が伝えてくる感覚を得て、その感覚を術者が分析して、判断するということをしないといけなくて……」
エルスウェンは言葉を探して、それから続けた。
「だから『生命探知魔法』っていう呼び名は、ちょっと語弊があるかなと僕は思います。これは魔法がやっていることは魔力を波動として飛ばすところまでで。あとは術者が、波動から得た情報をどう解釈していくか、ってところが大事なので」
「なるほど、探知するための魔法があるのではなくて。エルスさんが魔法から得た情報を判別している、ということなんですね」
「ええ、説明が難しいですけど、そういう感じです」
「それなら確かに、難易度はとても高そうですね……」
「古代の魔法は、どれもそういう感じです。魔法に即物的な効果を求めるのではなくて、魔力をどう工夫して扱うかとか……そういう方向性の魔法が多いですね。あとは単純に、リスクが大きすぎたせいで封印されて、イメージさえも失われ、伝わらなくなってしまった魔法とかもあります。強すぎる破壊魔法や、欠損した四肢まで再生する回復魔法とか、重力魔法、感覚操作魔法、などなど……」
「なるほど……。勉強になります」
残念そうなシャーロットだったが、すぐに切り替えて新しい質問をしてきた。
「あの、エルスさんは探知魔法の他にも、失伝したという古代の魔法を身につけていらっしゃるんですよね? どんなものがあるんですか?」
「ええと……。そうですね。僕にできるのは、身体能力強化などの補助魔法とか。効率のいい回復魔法とか、防御魔法とか……あとは……まあ、それくらいですかね。基本的に僕の扱う魔法は、この母から習ったものなので。大なり小なり、古代魔法の要素が含まれていると思います。微妙に、現代の体系から外れているというか」
「そうなんですね。攻撃の魔法は、お使いにならないのですか?」
「ええ……そうですね。使えないです。攻撃のイメージを持つのが、苦手なんです。僕はもっぱら、回復と索敵、補助が役割で」
「では、その。エルスさんだけが魔物に囲まれた時などは、どうなさるんですか?」
「その時は……諦めます」
というのは冗談だったが。きょとんとしたシャーロットに笑ってから、エルスウェンは手を振って否定した。
「ウソです。一応、そういうピンチの時のための、奥の手の魔法みたいなものは覚えていますから。備えはあるので、大丈夫ですよ」
「なるほど、奥の手……。それって、格好いいですね」
奥の手、という響きが気に入ったのか、シャーロットは熱っぽく頷いていた。
探索者として認められた今、自分が迷宮に入った時はどうすればいいのか、先達はどうしているのか、という興味が止められないのだろう。
探索者として第一歩を踏み出したとき、エルスウェンもキャリス、フラウム、カレン、アガサなどに質問をたくさんしたことを思い出して、微笑ましくなる。
そんな彼女に、エルスウェンは質問を返してみた。
「シャーロットは、どんな魔法を得意にしているんですか?」
ラティアが言った通り、魔法使いには得手不得手がある。
シャルロッテが言った通り、フラウムは攻撃魔法を。カレンは爆発魔法を。アガサは回復、防御系の魔法を独自のセンスで使いこなすことに定評がある。
シャーロットは、アミディエルに魔法を教わったと言っていた。魔法使いの仲間として、どのような技を修めているのかは、とても気になった。
質問を返されると思っていなかったのか、シャーロットは考え込んだ。
「得意……そうですね。シャルロッテの体調をどうにかできないかと思って、回復や治癒の魔法には、力を入れていました。実際に、シャルロッテの身体が思わしくないときは、魔法をかけたりもしていましたね」
「じゃあ、回復系の魔法使いなんですね」
「いえ。攻撃の魔法も使えます」
「両方? それはすごいですよ。どちらも使いこなせるのは、探索者の中でもキャリスくらいしか聞いたことがないのに」
「フツーにすごいよ、それ。どっちのが得意? キャリスは回復が得意だけど」
キャリスが聖堂で働いていた司祭だった、ということは、本人から聞いたことがある。だから彼は、回復の魔法のほうが得意だという。
フラウムに訊かれたシャーロットは、また考える仕草をした。
「ええと……でもどちらかというと、攻撃のほうが得意なのかもしれません」
「へえー。でも、なんだかそんなイメージかもね。シャーロットが攻撃が得意で、シャルロッテは回復が得意そうな感じ」
カレンが頷きながら、両者を見比べている。
「あの。僕は今年で十八歳ですが。シャーロットは?」
「私ですか? はい、私も今年で十八歳になります。シャルロッテも」
「同い年なんですね」
エルスウェンは、ますます感心した。
魔法はイメージを扱うため、使用できる魔法の種類は、本人の性格の影響を大きく受ける。
優しい人が回復魔法を得意とし、攻撃的な人、乱暴な人が攻撃魔法を得意とするというのは、あながち偏見とは言い切れない。無論のこと、性格がすべてだ、ということではないが。
熟達した魔法使いであれば、感情とイメージを切り離して、淡々と魔法の引き起こす結果を求めることができるようになる。キャリスはまさにこのタイプの魔法使いであり、元司祭としての卓越した自制心と精神力を駆使して、回復、攻撃の両方を使いこなしているように見える。
だから、シャーロットは珍しい魔法使いだ。これほどの若さで――普通であればまだ感情のコントロールが難しいだろう歳で、両方の魔法を使いこなせるということは、日々とても厳しい訓練を積んできたということだ。
彼女のシャルロッテを助けるために迷宮へ潜りたい、という思いは、本物なのだろう。先ほどの母へ向けた視線といい、相当に強い気持ちを持っている。
自分も相当に修行を重ねてきたと思っていたが、世界は広い。王都の中だけでも、何度も驚かされている。
母の言う通り、もっと頑張らないといけない。そうでなければ、ラティアの言うように、先を望むことはできないだろう。
そのためには、翻訳作業や巻物探しに音を上げてはいられない。翻訳自体はあと一時間ほどかければ終わりそうなので、エルスウェン自身も巻物探しに参加できる。
全員のやる気も高まってきたようで、食事の後片付けを済ませたあとは、誰も文句を言わずに作業へ戻った。エルスウェンもすぐに、翻訳に取りかかった。




