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薄明の魔法使い #0 竜骸迷宮と黒燿の剣士  作者: 式見 汀花
Ⅲ 手を取り合って

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第100話 想定外の出会い #1

 酒場で黒燿の剣士の無敵の謎をエルスウェンが説明してから、一日が経った。


 昨日はラティアたちを引き連れて生家に戻ってきて、深夜まで古代の戦術書の翻訳作業に時間を費やした。そして今朝もエルスウェンは一番に起き出して、翻訳の続きを始めていた。


 エルスウェンの生家は、屋敷なだけあってそれなりに大きい。たくさんの書架のせいで実際の生活スペースは少ないが、現在この家を訪ねている六人が男女分かれて寝泊まりするだけの余裕は、十分にある。


 ぽつぽつと起き出してきた仲間たちも、作業へと戻っていく。翻訳を担当していない人たちもとりあえず朝食を返上して、一刻も早く魔法消去をどうにかする方法を探し出そうとしていた。


 その点では一致団結している――はずだったのだが。


「おいババア! それ昨日私が読んでたヤツ!」


「あんたが明らかに読み飛ばして放り投げてるから、私が精査してあげようとしてんじゃないの!」


 朝から家の中に響く、フラウムとカレンの怒声。


 それを右から左へ聞き流しつつ、エルスウェンは翻訳作業を続ける。


 隣にはアガサが座って、静かに、黙って協力をしてくれている。彼女は絵が上手なので、主に戦術書についている図を写すのを手伝ってくれていた。どうかふたりとも、この人を見習ってくださいと思いながら、エルスウェンは筆を進めていた。


 ジェイとラークのふたりは、古文書を調べることに早々に音を上げて、ラークの誘いで外に出て行った。


 先ほど窓から様子を窺ったときは、木の枝と蔓で作ったおもちゃのような弓矢で、なにやら訓練のようなことをやっていた。大方、ラークの放つ矢をジェイが避けるとか、そういうことだろうと想像はつく。


 母はいつの間にか起きてきていて、涼しい顔で、自分の座席についている。様子を見ているだけで、特になにも言ってはこない。エルスウェンが女の子をたくさん連れてきてくれて嬉しいとか、そういうことを昨日は言っていた気がするが。


 ラティアはフラウム、カレンの近くで、森人語の本を調べていた。なにか新しい発見があったわけではなさそうだ。


 と、フラウムとカレンが顔を寄せ合ってなにか話している。


「おいババア、これ見てみ」


「なに? ちょっと待って辞書。……『ひとり暮らしをするなら知っておいたほうがいい特選ライフハック』? ええ、なにそれ気になる」


 それは前にエルスウェン自身が目を通した本だ。が、指摘する気にもなれずに、翻訳作業へと集中する。


「あの……すみません」


 ぽつりと、アガサが呟く。カレンたちのことだろう。


「いえ。まぁ……ある意味では想定通りなので」


 言ってから、エルスウェンはふと思った。


「アガサさんも、ああいうの興味あります?」


「えっ」


 完全に虚を突かれた、という彼女の返事に、エルスウェンは顔を上げた。


 なんとなく気まずそうにしているアガサと目が合う。いや、彼女の目は前髪に隠れているが、合った気がした。


「え、ええと……そうですね。古代の知恵というなら、興味は……あります」


 それもそうか、とエルスウェンは頷いた。伸びる孫の手の作り方だろうと、あれは古代語で書かれているのだから、古代の知恵そのものだ。


 質問ついでに、エルスウェンは訊ねた。


「アガサさん。なにか有意義そうな戦術って、ありましたか? あるいは、気づきとか、そういうことは?」


「え……っと、あの、そうですね……」


 と、テーブルの端から端まで広げられた巻物を、上から下まで眺めていく彼女。


 古代の戦術書は、そこまで大きな巻物ではなかったので、大きなテーブルをいっぱいに使えばほとんど読み切ることができる。


 アガサは顎に手を当ててしばらく考えると、口を開く。


「そもそもこれは……探索者の目線で書かれた戦術書なんですよね……」


「ええ、そうですね」


 古代に竜骸迷宮はまだ存在していない。


 だからこれは、魔物の巣食う洞窟などを古代人が討伐する際、得られた知識を纏めたものなのだろうと推測できる。


 その推測には、アガサも大筋で同意してくれていた。


「古代の探索者たちは、前衛に三人を置くこともあったんですね……。それが、現在の常識とは違うんだな、と……」


「なるほど」


 エルスウェンは頷いた。それは自分が特に気にしていなかったことだ。


「大昔から、魔物っていうものはいて。それは魔族を中心にして廃墟や洞窟に住み着いていたんですよね。それで、たまに人を襲ったりしていた」


「はい……。古くから、異人種族たちはお互いに全く対立をしてこなかった。それは……こうした共通の敵があったから、と言われています……ね」


 エルスウェンは頷いて、話を進めた。


「当時の人たちが戦っていた環境っていうのは、竜骸迷宮とは違うと思うんですけど。昔はもっと多い人数のパーティで戦っていたのかもしれないですね」


「はい……。転移の魔法などの制限を、どのように解決していたのかとか……その当時のパーティの形態には、とても興味が湧きますね……。それを現代の探索にも活かすことができれば……。より、効率よく踏破を進められるかもしれませんね……」


 竜骸迷宮に挑むパーティは、基本的に四人で組まれる。


 それは転移、帰還の魔法が基本的に四人までの定員であることが大きい。


 戦術的にも、四人という数は利点がある。作戦情報の共有と実行がしやすく、状況によっては二人一組に分割をすることもできる柔軟性があるからだ。


 そういった探索方法や戦術が確立されていなかった頃――迷宮探索に、王宮が兵士を送り込んでいた時代は、ひどいものだったらしい。人海戦術的に兵士を投入していった結果、屍の山が築かれたという。


 狭い通路内での武器や魔法の同士討ちに始まり、迷宮内での作戦伝達が上手くいかずに離散してしまった結果、魔物に各個撃破をされてしまう、など……


 数多くの問題点に遭遇した結果、当時の賢者集会などが迷宮探索のための方法をまとめ、探索者を育成することになった――というのは、訓練所で教えてもらえる初歩の知識であるため、そのまま受け入れて、今まで疑問にも思わなかった。


 アガサとの会話を踏まえると、まだまだ探索者のシステムには、改善の余地がある可能性がある、ということだ。それは、より迷宮の深部を目指すエルスウェンたちには、避けて通れないことだろう。


「昨日、私が言いたかったことはそれなんだ。違う話になってしまって、結局言いそびれたんだが」


 と、唐突に割り込んできた声に顔を上げると、隣にラティアが立っていた。


「言いたかったこと?」


 エルスウェンは繰り返してから、考えた。


「そろそろ、見直すときが来たとか、そういうことを言ってたっけ? ラティア」


「ああ」


 彼女は頷くと、真面目な顔で話を続ける。


「パーティの編成や、探索の方法についてだ。今回の黒燿の剣士の騒動は、様々な物事の転換点になったと感じている」



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