第9話 『忍び寄る影! 揺れるアニメの行方』
「俺が好きで助けたんだし、本当に気にすんなって!」
舞翔は武士、士騎の二人とエントランスのソファに、向かい合って座っていた。
「お前が追いかけまわすのがそもそもいけないんだろう! バトラーと見ればすぐそうやって、本当にドローンバカだなお前は」
士騎はかなり怒った様子で武士を睨んだが、舞翔にはにっこり笑ってみせる。
「本当に気にしなくていいぞ、自業自得だ」
「そうそう、気にすんなって!」
「お前はもっと反省しろ! せっかくチームでまとまってきたと思った矢先に、はああぁぁ」
士騎の特大溜息もなんのその、武士は大物なのか、相変わらずお気楽に笑っている。
けれども彼のその態度が、どれほど舞翔にとって救いだっただろう。
心のどこかでほっとした自分に気付き、舞翔はすぐに自戒するように胸の辺りを強く握り締めた。
「本当にごめんなさいっ、私、お詫びに何でもします! ノートも代わりに取るし、荷物持ちもします、こんな事しか出来ないけれど」
「舞翔ちゃん、それじゃあ、武士の学校生活のサポートは頼んだよ」
深く頭を下げた舞翔に、士騎は優しく微笑んだ。
こんな事で償えるとは思っていないが、少しでも役に立てればと舞翔は拳を握る。
「これで学校の方は問題解決! あとは世界大会をどうするか、だけだが」
「じゃあさぁ兄ちゃん、片手で操縦すればいいんじゃねぇ?」
「それも考えたが、今から操縦方法に慣れてたらそれこそ世界大会何て終わってしまう」
そこから、武士と士騎はああだこうだと世界大会についての話し合いに移ったのだが、そこで舞翔のキッズケータイが鳴り、舞翔は席を立つと少し離れたところで着信に出た。
『あ、舞翔?』
「お母さん? どうしたの?」
『なんか今、カランって子……ほら、保健室で会った子が訪ねて来てね。とりあえずそっちに居るって伝えといたから』
舞翔は何がしかを噴き出した。
「え!? ちょ、お母さっ」
『お花持ってたわよぉ、あんたも隅におけないわね! じゃあね』
舞翔が反論する隙もなく、通話は一方的に切られた。
母にしろ絵美にしろ、何故花束を持っていると隅に置けないと思うのか、小一時間ほど問い詰めたい……などと考えている場合ではない。
カランがここへ向かっている。
そうと知った以上、長居は無用である。
舞翔は急いで武士たちの所へ戻り、お邪魔しましたと告げようとした、のだが。
「やはり代理を立てるのが一番現実的か」
聞こえて来た士騎の言葉に、舞翔は耳を疑った。
「代理……?」
思わず零した舞翔の問いに、士騎は無意識で「あぁ」と続ける。
「とは言え、武士の代理なんて並大抵のバトラーじゃ務まらないし……代理を立てたとして、カランの奴が認めるかどうか……!」
士騎は頭を抱えた。
「あぁもう! 開会式はもう明日だぞ!?」
そこでやっと、士騎は戻って来ていた舞翔が顔を青くして立ち尽くしていることに気付き、しまったという風に慌てて身を乗り出した。
「だ、大丈夫、考えはあるんだよ! ほら、ソゾンに勝利した今噂の謎のバトラー!! 俺も動画を見たが、あれは相当な実力者だ! 武士のゲイラードをまさかあんなにも自在に操るとは……本当に信じられないよ」
舞翔は再び、何がしかを噴き出した。
「是非ともあの子をスカウトしたい!! 武士、誰だか分からないのか!?」
舞翔の額からは大量の冷や汗が噴き出した。
同時に士騎には見えないように武士の方をばっと振り返る。
言うな、絶対に言わないでくれと血走った眼で訴える舞翔に、武士は少し驚いてから気まずそうに頬をかき、口を開いた。
「さ、さぁ?」
「舞翔ちゃんは知っているかい!? 君もその場に居たんだろう!」
「え、あ、へあ!?」
武士が明らかに目線を明後日の方向に向けて嘘を吐いた。
その事にほっとしながらも、今度は自分に矛先を向けられ舞翔はどもる。
「わ、私は」
知っているも何も、それは私です。
そう言ったら最後、何といっても舞翔は先程「お詫びに何でもやります」と宣言してしまっている。
言質を取られている以上、そして士騎のこの勢いを考えれば十中八九、絶対に武士の代理として世界大会に出場させられるに違いない。
「し、知りません」
「そうかぁー、いったい誰なんだ!?」
手に汗を握りながら、舞翔はあははと愛想笑いを浮かべた。
嘘を吐いたことに罪悪感で胸が痛んだが、けれど世界大会に出場するなんて死んでもごめんである。本編に関わってしまうなんてアクシデントは、スーパー浦風の一件で十分だ。
「あ、あの、それじゃあ私はそろそろ」
「あ、あぁそうだね。付き合わせて悪かった、まだ明るいが気を付けて帰るんだよ」
「俺そこまで送って来るよ」
舞翔が立ち上がると、武士も一緒に立ち上がり、外ゲートまで送ってくれることになった。
そんな二人の背中を見送り、士騎は思わずううんと唸る。
「武士も舞翔ちゃんも知らないなんて、あれはいったい誰なんだぁ?」
と、士騎はスマートフォンにカランからメッセージが送られて来ていた事に気付き、慌てて確認した。
「なになに、謎のバトラーの正体が分かっ……たぁああ!?」
士騎の雄叫びは、エントランスに響き渡った。
※・※・※・※
武士と舞翔は二人並んで歩いていた。
「なぁ、舞翔」
武士が切り出して、やっぱりと舞翔はドキリとする。
「どうして正体隠すんだ?」
「あはは、そうは思いつつ黙っててくれたんだね。ありがとう武士」
笑顔で返す舞翔に、武士は困ったように眉を下げた。
「バトルドローン、好きなんだろ? なのに、どうして」
舞翔の胸が、ズキリと痛む。
初めはアニメ本編の流れを変えないため、モブに徹しようと、その一心だった。
それなのに武士と関わって、怪我までさせて、思い切りストーリーをぶち壊してしまった。
「? 舞翔?」
舞翔は立ち止まる。
「私っ、最低だ……」
そう呟いた舞翔の拳は、肌が白くなるほど強く握り締められていた。
気付いた武士は心配そうに舞翔を見つめる。
「舞翔?」
「……武士っ」
舞翔は武士を見た。
三角巾の巻かれた腕は、怪我はすぐには治らないことをありありと物語っている。
「それって、どうなるの……?」
前世を懸けて大好きだった『烈風飛電バトルドローン』。
武士が世界大会欠場となった今、それそのものが無かったことになってしまったら?
舞翔の目の前が、真っ暗になる。
「おい、舞翔?」
まるで死んだように蒼白している舞翔の顔に、武士が思わず動く方の手で彼女の肩を掴んだ、その時。
「見つけたぞ、舞翔!」
武士と舞翔はほぼ同時に声の方を振り返った。
「おぉ、カラ……ン?」
そこにはカランが剣呑な表情で、舞翔をじっと睨むように立っていた。
カランの手には花束が握られている。
それを投げて寄越され舞翔が困惑していると、カランはビシッとでも音が出そうな勢いで舞翔を指差し、声高に告げる。
「空宮舞翔、君に正式にバトルを申し込む!」
「……っっはぁ!?」
思わず素っ頓狂な声が出て、舞翔は目を見開いた。
「な、ななな?」
カランの金の瞳はギラリと光り、舞翔を見つめている。
その強い眼光に捉われて、舞翔の頬を冷や汗が伝った。
もらった花束を、心なしか強く抱きしめる。
そんな対峙する二人を、遠くからシアン色の瞳が見つめていた。
ソゾンが少し離れた物陰で、二人の様子を窺っていたのである。
「空宮舞翔、か」
ソゾンの唇が、まるで刻み込むように聞こえてきたその名を呟いた。
それからソゾンの視線は、未だじっとカランと対峙し続ける舞翔だけに注がれる。
「借りは必ず返す、待っていろ」
そんなソゾンの呟きなど露知らず、舞翔は顔から汗をだらだらとかきながら、目の前のカランをどう切り抜けるか、それだけを必死で考え抜いていた。
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※2025/5/6 改稿