第87話 『決着! 決勝進出決定セレモニー』
「こっ、これはどういうことか、激しい火柱がグラビーストに襲い掛かっているぞー!」
DJの戸惑ったような声と共に、会場中にその熱さの余波が襲い掛かっていた。
コロッセオの中心には炎の柱が轟々と渦を巻いて立ち昇り、グラビーストはその炎の中に完全に呑み込まれている。
未だかつて見たことの無い、舞翔すら、アニメ本編でも見たことが無いほどの大技である。
目の前に起こっている光景が信じられずに、舞翔は思わず口を開けたまま呆けてしまった。
「タオレント、こんな技を隠し持ってたの?」
「彼は本当に面白いね、色んな小技を仕込んでいるようだったよ」
舞翔の呟きに士騎は悠然とした微笑を浮かべて答えた。
士騎の余裕はこの技を知ってのことだったのだろう。
舞翔とて知っていたら焦ることは無かったはずだ。
それほどの大技、絶対に自分は相手にしたくない技である。
「グラビースト沈黙かぁ!?」
グラビーストは炎に呑まれ、姿かたちも見えていない。
この状況である。
誰もが炎が消えれば地に落ちたグラビーストの姿が見えて、アジアとBDFの勝利だと思った。
カランとユウロンすらも、技が決まった手応えから多少油断していた。
風が収まり、炎が消える。
「っまずいネ!」
その瞬間、タオレントだけが動いた。
スプリングスを咄嗟に押し退けるも、気付けば地面から跳び上がって来たそれによって、受信機が弾き飛ばされる。
「っユウロン!」
カランが叫ぶ。
けれども、もう遅かった。
「なっ、なんてことだ、なんてことだー! グラビーストは墜ちていなかった、それどころかタオレントを撃墜したぁぁああ!」
DJが叫び実況したのと、タオレントが地面に落ちたのは、ほぼ同時だった。
会場中を地響きのように震わせる歓声が湧き上がる。
タオレントは動かない。
闘技場に今飛んでいるのは、グラビーストとスプリングスの二機。
「決勝進出はBDFチームとアフリカチームに決定だあああ!」
ユウロンは真剣な表情で立ち尽くし、その視線の先にはサイモンが居た。
直後サイモンの体がぐらりと揺れて、それをいつの間にかやって来ていたベンがやけに丁度よく支える。
ユウロンとベンの目が合った。
ベンは微笑んでいる。
けれどもユウロンは、細く開いた目でただじっとアフリカチームの姿を捉えただけだった。
その表情に微塵も笑顔は存在しない。
そしてその横で、愕然としていたカランが悔し気に拳を床に叩きつけた。
「くそ!」
「あらら、王子様がそんな粗野なことして良いアルカ?」
くるり振り返ったユウロンは、いつも通りの胡散臭い笑みを浮かべていた。
その表情を、しゃがんでいたカランはどこか腑抜けた顔で見上げる。
そんな余りに情けないカランの顔に、ユウロンは「げっ」と見るからに嫌そうな顔をしてみせた。
「何アルその女々しい顔は、キモイネ」
「きっ、キモイとは何だ!」
カランは眉を吊り上げ、立ち上がり思わず叫んだが、すぐに気まずそうに視線を外すと言いにくそうにもごもごと呟いた。
「何故俺を庇った?」
「オマエを、というか舞翔のためアル。僕達は舞翔に借りがあるからネ」
ユウロンは平気な顔で軽く口笛を吹きながら舞翔に視線をやった。
すると舞翔も泣きそうな顔でユウロンを見ており、思わずユウロンは眉尻を下げてふっと微笑む。
けれどもすぐに真剣な表情に戻ると、どこか険し気に眉を寄せた。
「だけど、借りを返したつもりがとんでもない死地に送り込んじゃったかもしれないネ」
ユウロンの言葉は誰に聞かれること無く、歓声に紛れて消えた。
グラビーストは確かに燃えていた。
普通ならば沈黙していておかしくない状態だった。
それなのに、グラビーストは飛んだのだ。
あり得ないスピードで、あり得ないコースを。
異常だった。
通常ではありえない。
アフリカチームは、絶対に何かを隠している。
「舞翔、どうか無事で」
ユウロンは祈るように呟いた。
※・※・※・※
次の日、予選リーグ終了に伴い中東スタジアムで華やかなセレモニーが催された。
開会式と同じように全チーム集結し一堂に会する光景は壮観で、舞翔はそれを決勝進出チームのみが登壇するステージ上から見下ろしている。
南アメリカのフリオとエンリケは、目が合うとふりふりと小さく手を振ってくれた。
その横に居たアメリカのマリオンがわざわざフリオを押し退け手を振ったので、エンリケに睨まれ、睨み返したことで喧嘩となり、その横でジェシーがにっこりと微笑んで舞翔にウインクをする。
次に中国チームを見やればルイは無反応だが、ユウロンは投げキッスをして来た。
中央アジアチームはユルが悔し気に涙ぐんでいて、その隣でガンゾリクが舞翔に何かを伝えるように口だけを動かす。おめでとう、と言っているようだ。
中東チームは何故かお辞儀をしてきたし、オセアニアは会場に姿を現さなかった。ボイコットではなく、モレアが式典が苦手だと言って遊びに行ってしまったらしい。
「さぁ! バトルドローン世界大会もいよいよ決勝戦に突入だ! 決勝はトーナメント形式で行われる、泣いても笑っても、残り三試合で世界一が決定するぞ!」
DJの司会に、満員御礼の会場から一斉に歓声が上がる。
次の瞬間、舞翔の立つステージがスポットライトで照らし出された。
その光の眩しさに舞翔は思わず目を眇める。
「決勝進出は右からヨーロッパ、ロシア、アフリカ、そしてBDFの四チームだぁ!」
巨大モニターには今名を出されたチーム全員の写真が映し出される。
その中に自分の写真があることに、舞翔は相変わらず慣れず頬が熱くなった。
それでも、ついにここまできたのだ。
そう思うと、胸がじんわりと熱くなり、思わず拳を握る。
「決戦の地はヨーロッパ、ファントム社の本社があるルーマニアだ!」
そこからも滞りなくDJの進行は続いていく。
舞翔は思っていたよりも長い式典に我慢しきれずちらりと横を伺った。
すぐ隣にはカランが整然と立っており、その隣にはアフリカチーム、そしてその横に少しだけ緊張したようなキリルが見えて、その向こう。
いかにもだるそうに欠伸をしたペトラの奥に、ソゾンは相変わらず姿勢よく、堂々と腕を組んで立っていた。
ラズベリーレッドの髪が舞翔の目の中でチカチカと輝く。洗練された横顔に、涼やかな吊り目は真っ直ぐに前を向いている。
その様子が余りに格好良く、舞翔は耐え切れなくなって俯いた。
心臓が勝手にどきどきと脈打っている。
(本編では絶対見れなかった角度で推しを見れたせいで心臓が痛い!)
舞翔はそう思う事で必死に鼓動を鎮めようとした。
それでも中々落ち着かない脈拍に、自分でも戸惑い口角は笑みを作りながらも、眉間にだけ皺が寄る。
頭の中は、いつの間にかソゾンのことでいっぱいになっていた。
やっと決勝へ行けたとか、決勝で自分はソゾンに勝てるのかとか、勝ったとして、彼を武士のようにベルガの呪縛から救うことが出来るのか、とか、そんなことばかりを考えてしまう。
舞翔はもう一度ソゾンを見た。
その視線が、合うはずの無い視線と重なる。
ソゾンだ。
ソゾンが、明らかに舞翔を見ている。
横顔だった顔が正面を向き、真剣な眼差しで舞翔を見つめている。
「!?」
舞翔は息を呑んだ。
けれども、次の瞬間。
「え?」
舞翔とソゾンの間を断つように、誰かの体がゆらりと揺れる。
そして直後、大きな鈍い音と共にその人物は思い切り転倒したのである。
耳の辺りまでのドレッドヘアー、蒼白した顔面には目の下に丸い点々模様。
荒い呼吸で倒れ込んだのは、サイモンだった。
そこからは舞翔も突然の事に動揺し、何が起こったのか詳細には記憶していない。
けれども会場が騒然となる中、いち早く駆けつけた医療班によってサイモンが担架に乗せられ、医務室へと運ばれていったことだけは確かだ。
その後DJの手腕で式典は駆け足ながらもプログラム通りに終了し、気付けば控室へ続く通路をぞろぞろと歩いていた。
普通ならば雑談などで賑やかであっただろうに、先ほどの騒ぎのせいか聞こえるのは足音ばかり。
皆、何をどう話すべきかと沈黙しているようだった。
舞翔はそんな一団の一番後ろを歩いていた。
前を行くカランをちらりと盗み見れば、平素よりもずっと真剣な顔付きで真っ直ぐに前だけを見つめている。
その視線の先にはベンが居た。
ベンはサイモンが倒れた直後わざとらしく心配そうな表情やしぐさをしていたが、今はけろりとしている。
(心配、してるのかな?)
舞翔は顔を顰めた。
ベンは平然と歩いている。それはそう振る舞おうとしているというよりも、本当に何とも思っていない様子だった。
どうしてそう思うのかと問われれば説明が出来ないが、そんな気がしてならない。
「カラン! 私、ちょっとお手洗いに行ってから戻るね」
「ん? あ、あぁ。気を付けて」
舞翔は咄嗟にカランにそう告げると、一団から抜け出し逆方向へと角を曲がった。
その通路の向こうにあるのはお手洗いだけではない。
舞翔は医務室へと向かっていた。
そうだ、ベンは医務室へ向かおうとしていない。
それが大きな違和感となって舞翔の本能に警鐘を鳴らしていたのかもしれない。
(あんなの、おかしい。サイモンの顔、信じられないくらいに青かった。あんなの異常だ)
医務室へ駆けながら舞翔は更に表情を険しくしていく。
本編でも無かった演出、本編とは違う決勝進出チーム。
アフリカは決勝へ進出しなかった、したのはアジアとBDFのはずだった。
「やっぱり、変だよっ」
走りながら、思わずそう呟いた直後だった。
「!?」
突然後方から腕を引かれたかと思うと、舞翔の体はそのまま無理矢理にすぐ横にあった扉の中へと引きずり込まれた。
どうなる!?舞翔!!




