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第84話 『獣と王子、交錯する思惑』




 控室の空気はどんよりとしていた。


 舞翔は俯き黙り込み、カランも腕を組み無言で表情を険しくしている。


「ま、まあまあ! まだ決勝進出決定戦があるんだし、そんなに思い詰めるなよ」


 武士はそんな二人に明るく言ったが、生返事だけが返って来たことで困ったように眉を顰めた。

 と、そこへバトル直後から姿を消していた士騎が戻って来た。


「士騎! お前、どこへ行っていたんだ?」


 カランは真っ先に士騎へと駆け寄ると、責めるように睨み付ける。


 士騎はそれに力なく「すまない」と苦笑した。


 思っていた反応と違ったからか、カランは顔を顰めると困ったように首を傾げる。


「何かあったのか?」

「いや、アジアのバトルが終わったよ。アジアは負けた。お前達は決勝進出を掛けてアジアとアフリカと三つ巴のバトルをすることになる」

「!」


 俯いていた舞翔は顔を上げ、士騎を見やる。

 その手は心なしか微かに震えているように見え、士騎は眉根を寄せた。


「しかも、バトルは今日の夜だ」

「なっ、んだと?」


 カランから動揺の声が漏れる。


 舞翔もまた、信じられないと言った風に目を見開いた。


 そんな二人を見て、士騎は僅かに苦し気に目を細めたが、直後大きく息を吸うといつも通りの監督の顔に戻る。


「このバトルに勝って、必ず決勝へ行こう!」


 張り上げた声に、舞翔とカランの表情が変わった。


 まるで鼓舞されたように、瞳に輝きが戻る。


 それから舞翔もカランも自分の手を強く握り締めると、大きく頷いた。


(監督の顔を見たらちょっと安心したかも)


 舞翔はいつも通りに戻った士騎に、思ったよりも安堵を感じていた。

 すると安心したせいか、急にお手洗いに行きたくなって、皆に断り席を立つ。


 まだ各代表チームが残っている賑やかなフロアを、舞翔は用を済ませ、控室へと戻るべく歩く。


 すると目の前の部屋からガチャリと誰かが出て来た音がした。


(あそこは確か、アフリカチーム!)


 開いた扉に遮られ誰が出て来たのかは見えなかったが、舞翔は咄嗟に壁際に置かれたソファの陰に身を隠していた。


 それは結果的に舞翔にとっては正解だった。


 扉が閉まり、姿があらわになった人物に身を硬直させる。


 アフリカチームの部屋から出て来たのは、ベルガだった。


 幸いなことに舞翔が居る方とは逆方向へとベルガは歩き去って行く。

 その姿を見た瞬間から、舞翔の心臓が本人の意思に反してばくばくと早鐘を突き始めた。


 それを落ち着かせようと必死に深呼吸をする。


 しかしようやく落ち着いてきたころに、再びアフリカチームの部屋の扉が開き、舞翔の心臓はもう一度跳ね上がった。


「ん? アンタ」

「!」


 しかも今度はまんまと見つかってしまった。


 部屋から出て来たベンは、ソファの影に座り込んでいた舞翔を目敏めざとく見つけると、少しだけ驚いたように目を見開き、すぐに笑顔を浮かべた。


「どーも」


 言いながら歩み寄って来る。


「具合でも悪くなったのかい? そんなとこに蹲って」

「あ、あ、そ、そう! でも、もう大丈夫だから」


 心配そうに眉尻を下げたベンに、舞翔はまともに顔を見る事が出来ず、顔を逸らしながら適当に返事をした。

 それから慌てて立ち上がり、さっさと走り去ろうとした。

 しかし、それはベンに手首を掴まれたことで阻止される。


「まぁまぁ。決勝進出決定戦にはアンタが出るのかい?」


 穏やかで優しい声。

 けれども振り返りベンの顔を見た舞翔は、全身に鳥肌が立った。


 蛇のように自分を見つめるぎょろりとした目、ねっとりとした視線。


 思わず掴まれた手首を払い、舞翔は一歩後退いっぽあとずさる。


「もしかして、怯えてる? はは、取って喰ったりしないがねぇ」


 ベンの目が楽しそうに細まる。


「アンタも次は“あれ”を使うんだろぉ?」


 そしてその口から零れ落ちた言葉に、舞翔は目を瞠った。


「“あれ”?」

「あ、もしかして知らないのかぁ? それは悪いことをしたねぇ」


 困惑に眉を寄せた舞翔を見て、ベンは然も愉快そうに口角を上げると「こっちの話しさ」と完璧に造られた笑顔を浮かべてみせた。

 その手が不意に、舞翔の指先に伸びてきて、絡め取られる。


「っ!」

「決勝進出決定戦は、あんたが出てくれたら嬉しいがねぇ」


 思ったよりも強く掴まれ振り払えなかった手は、ベンの口元へと運ばれていく。


 舞翔は本能的にそれに恐怖を感じ、思い切り後退したのだが、強く握られた手は放してもらえず、逃げられない。


「やっ、やめて!」


 手にベンの唇が触れるか触れないかの、その瞬間。

 思わず目を強く瞑った舞翔の肩を、誰かが後ろから抱き寄せた。


 ふわりと香った良く知った匂いに、ベンに取られていた手を庇うように優しく添えられた大きな手のひら。

 

「今すぐに舞翔から離れろ、下衆が」


 目を開いた舞翔の視界に飛び込んだのは、長いマルベリー色の一束の髪。

 腹の底に響くような低い声は、明確な意思をもってベンを威嚇いかくしていた。


 見上げたそこに、敵意剥き出しでベンを睨むカランの顔がある。


「おや、王子様が登場かい」

「黙れ、離せ」

「やれやれ、話が通じなそうだねぇ?」


 しかしベンは一歩も引くことなく笑顔も崩さなかった。

 相変わらず胡散臭い笑みのまま、舞翔の手を放すとへらへらとカランを挑発するようなお道化た声を出す。


「それで守ってるつもりならとんだお笑いぐさだぜ、王子様」


 ベンの言葉にカランは目を瞠った。


 その動揺を目敏く読み取ったのか、ベンはさも愉快そうにくっくと喉を鳴らす。


「オレっちは用事があるのでこれで失礼するぜぇ」


 けれども意外にも、ベンはそう言ってくるりと背を向け、あっさりと去って行ってしまった。


「カラン、ありがとう」


 その背が見えなくなってから、舞翔はカランを振り返ってそう声を掛けた。

 直後、急にカランに肩を強く掴まれ、驚きの余り舞翔は目をまん丸く見開く。


「カ、カラン?」

「舞翔、俺に運命を預けてはくれないか?」


 戸惑い見上げたその先に、熱のこもった真剣な眼差しを見つけ、舞翔は息を呑んだ。

 カランの金色の瞳は強い意志が宿っているように強く輝いている。


「決勝進出決定戦には俺が出る」


 直後放たれた言葉に、舞翔は今度は「え!?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。



新章突入!!

まだまだ盛り上がります!!

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