第83話 『予選敗退!? どうなる!? BDF!!』
「エレキスト!」
「スプリングス!」
「“グラビースト”!」
「“イヴビースト”!」
アフリカの持ち味はその類まれな機動力だ。
早いうえにダイナミックな動きでバトルを席巻し、相手を翻弄する。
しかし機動力ならばエレキストだって負けてはいない。
それどころか舞翔の正確無比な操作技術を持ってすれば、攻撃を交わし隙を突くことも容易いだろう。
本来ならば相性も良く、舞翔にとっては戦いやすい得意な相手だ。
「っ早い」
しかし。
「おーっと! 舞翔選手、サイモン選手に追い着けず振り払われたぞぉ!?」
同時に飛び出したはずのサイモンのグラビーストとエレキストだったが、エレキストはまるで着いて行くことが出来ず、瞬く間に置いて行かれた。
圧倒的な早さでフィールドを駆けるグラビースト。そのまま草原を移動中のシマウマたちの群れをすり抜け、くるりと反転する。
「まずは君から」
そしてベンと睨み合っていたスプリングスへと、まさに目にもとまらぬ速さで近付く。
「っ“春嵐よ、巻き上がれ!”」
それを迎撃すべくカランがすかさず嵐を起こした。
その風に草原の草が舞い上がり、渦を巻いて嵐となる。
気流の乱れをいち早く察知したベンのイヴビーストは、既にその場を離脱していた。
「頼んだぜぇ、サイモン」
「ワタシは勝つ、絶対に勝つ。勝たなきゃ、勝つんだ」
ベンの呼びかけにサイモンは答えなかった。
どこか見開いたような瞳でぶつぶつと呟いているサイモンに、ベンの口角がにやりと上がる。
直後、グラビーストは嵐の中に突っ込んだかと思うと、暴風の中をまるで波にでも乗るように突き進んでいった。
その速さは風に乗れば乗るほど増していく。
円を描きながら渦の中を滑空する姿は、まさにサバンナを悠々と飛び回るイーグルのようだ。
そしてイーグルは、優秀な狩人でもある。
「っ!?」
直後、カランは今まで感じたことの無い鋭い視線に囚われた。
総身が本能的に震え上がる。
「っスプリングス!」
「まずは、一機」
カランが迎え撃とうと叫んだ時には、もう勝負は決していた。
グラビーストは鷲が爪で獲物を攫うかのごとく、スプリングスに向かって急下降すると同時に、受信機を弾き飛ばし、撃墜せしめたのである。
瞬間、カランに舞翔、ベンチに居た士騎までもが言葉を失った。
舞翔と同じ戦法、いいや、それどころか舞翔を軽く凌駕するほどの早さと正確さだった。
そしてスプリングスは呆気なく地面へと墜ち、沈黙してしまったのだった。
「サイモン選手、早くもカラン選手を撃墜だー! BDFチームは追い詰められて後が無いぞぉ!」
DJの実況に会場が歓喜に包まれる。
観客は今の一瞬ですっかりグラビーストの虜になってしまったらしい。
完全にアウェイとなった会場で、舞翔は人知れずじんわりと手に汗をかきはじめていた。
(嘘だっ、こんなに呆気なくやられるほどカランは弱くない! それに私が知ってるサイモンはあんなに強くなかった!!)
散々分析をした、対策もした、それなのに、実際に相対してみればその強さは桁違い、想像の遥か上を行っていた。
カランの起こした竜巻の中を駆け抜けてみせたグラビースト、あれはただ駆け抜けたのではない。
あの風すらも利用して早さを増幅させていた。
乱気流の中を滑空し進む事なら舞翔にも出来る。
風を読むことならば誰にも負けない、舞翔は自分自身でもそう自負していた。
けれどもサイモンはその上を行っている。
風と戯れるのではない、まるでカランが起こした風を、自らの力として呑み込んでしまったような感覚だ。
舞翔の足元から脳天へ、よく分からない何かがぞくぞくと駆け抜ける。
恐怖とも興奮とも絶望ともいえる、何かが。
「エレキスト!」
思わず叫んで象の群れへと身を隠した。
それはもはや逃げているのだと気付きもせずに。
その姿を見たベンが人知れず目を細め、厭らしくペロリと舌なめずりで微笑んだ。
「ご愁傷様」
その呟きを、カランは聞いた。
ハっとして舞翔を見る。
尋常ではない汗が体から噴き出し、舞翔の瞳孔は開き切っていた。
「舞翔っ」
まるで肉食獣に狙われた草食動物かのようにエレキストは逃げる。
逃げるのに、逃げられている感覚が無い。
何処まで行ってもその刺すような、射抜くような視線から逃げられない。
気付けば何も無い場所まで誘導されていた。
動物も木も無い広い広い草原を、エレキストは飛んで行く。
そしてそこに、どこからか。
「みーつけた」
「っエレキスト!」
悲鳴にも似た声を舞翔が上げた直後、草むらから現れたグラビーストはエレキストに飛び掛かった。
避けようとした。けれども、避けられなかった。
エレキストはいつの間にかグラビーストとイヴビーストに挟撃されていたのである。
いともたやすくエレキストは撃墜された。
成す術も無く、まるで捕食でもされたかのように呆気なく。
受信機を弾かれたエレキストは地面へと墜ちる。
耳が痛くなるほどの沈黙に、舞翔は全身から熱という熱が消え去ったような感覚に襲われた。
「さすがはサイモン選手にベン選手! 鮮やかな挟撃でエレキストを撃墜だー! まさにその動き、百獣の王がごとしー!」
微塵の希望も、そこには存在しなかった。
圧倒的な差をもっての敗北。
映像のサイモンですらこれほどまでに強くは無かったはずだ。
舞翔は膝から崩れ落ち、手を地面に突き項垂れた。
負けた。
その事実だけが脳裏にへばりつく。
頭が真っ白になっていた。
けれども直後、そんな舞翔の肩を誰かが力強く掴み、顔をあげさせられる。
カランだ。
カランが強い瞳で舞翔を見つめ、ハッキリと「まだ終わりじゃない、舞翔!」と鼓舞したのだ。
「これでアフリカチームは五勝四敗でBDFチームに並んだぁ! あとは午後の試合、アジアチームの勝敗によって決勝進出チームが決まるぞぉ!」
DJの声に舞翔はハっとしてカランを見た。
それにカランは無言で頷く。
「アジアチームが勝てば決勝進出はアジアチームと残り一枠、アフリカチームとBDFチームは代表者一名によりこの一枠をかけて再戦だ! アジアチームが負ければ五勝四敗で三チームが並ぶことになる、この場合も三チーム代表一人によって三つ巴のサドンデスバトルをしてもらうぞぉ!」
会場は最高潮の盛り上がりを見せていた。
しかし舞翔は突如ぞくりと血の気が引くような視線を感じ、振り返る。
振り返った先に、サイモンが立っていた。
真顔で、何の感情も無い表情をしてサイモンは舞翔を見下ろしていたのだ。
その事に舞翔は体を強張らせる。
そして気付けば、全身がカタカタと震え出していた。
(どうしてだろう、怖いっ。もう一度戦うのが、怖い!)
アフリカチームとBDFはどちらにしろ再戦をしなければならない。
けれども舞翔はたった一人でアフリカチームに立ち向かう事を恐れている自分に気が付いた。
それは何故なのか分からない。
分からないけれど、とてつもなく嫌な予感が心臓にべっとりとへばりついている。
舞翔のその様子に、カランは気が付いていた。
その震える肩を強く抱き寄せながら、ベンとサイモンを静かに見やる。
視線に気が付いたベンはにっこりと笑ってみせたが、彼の胡散臭さにカランは思わず舌打ちをする。
サイモンは明らかにおかしい、普通ではない。
そして、ベンはそれを分かって止めないでいる。
カランの瞳が鋭く細まる。
そして時を同じくして、BDFのベンチでは士騎がその表情を固く強張らせていた。
「兄ちゃん? どうかしたのか」
「あ、いや。なんでも、ないよ」
武士の指摘に士騎はぎこちなく笑う。
けれども武士はそれ以上は何も聞かずに「そっか」といつも通りに笑ってみせた。
士騎は拳を握り、その手の中に汗を握っている。
「間違いない、彼は」
そして誰にも聞こえないよう口の中で呟くと、士騎は「少し待っていてくれ」とベンチから抜け出し会場を後にした。
※・※・※・※
「サイモンくん!」
控室へと続く通路、サイモンとベンは正面からやって来た士騎に見るからに不審そうな視線を向けた。
「何っすかねぇ?」
ベンはすかさずサイモンの前に立ち塞がると、にっこりと笑って士騎を見上げる。
「今すぐに“それ”をつかうのをやめるんだ。そうでなければ、取り返しのつかないことになる」
「それってーのは何のことっすかねぇ? オレっちにはさっぱり」
「これは真面目な話なんだ! サイモンくん!」
士騎はベンを押し退けサイモンの両肩を半ば無理矢理に掴んだ。
その余りに必死の形相にサイモンはぎょっと目を丸くするが、その視線はすぐにそらされる。
サイモンは何も言わなかった。
代わりのように、ベンが士騎を乱暴に引き剥がす。
「聞いてるぜぇ、これはてめぇも関わってることだっていうじゃぁねぇか」
士騎は目を瞠った。
先ほどまで猫の皮を被っていたベンは敵意を剥き出しに士騎を睨み上げている。
その瞳と表情は凶暴さを絵に描いたようで、思わず一歩後ずさりたくなるのを士騎はぐっと堪えた。
「あの子、震えてたなぁ? 本能的にサイモンに同じものを感じて怖がってるように見えたがねぇ。てめぇだってやることやってるってことだろぉ? あぁ?」
士騎が苦虫を噛み潰したように黙り込むと、ベンは眼球を剥き出し、口角を三日月のように上げて舌をべろりと出しながら続ける。
「てめぇも、ベルガも、本質的なところは同じじゃぁねぇのか? だったらオレっち達の邪魔はしないでもらいたいねぇ」
ぽんと、澄ました表情に戻ったベンは士騎の腕を叩くとサイモンの肩を抱いて歩き去ってしまった。
士騎は彼らを追う事も、その背を見つめる事も出来ずに立ち尽くす。
「……っ舞翔くん」
思い出す。
先程のバトルでの舞翔の怯えた姿、強張った表情を。
士騎の握り締められた拳がだらりと垂れる。
「俺は、なんてことを」
その呟きは、通路の中でやけに冷たく響いた気がした。




