第81話 『怒れる獅子と不穏の兆し』
「じゃあもう遠慮はいらねぇなぁ!?」
アキームが叫び、オプティシャンが砂漠を走る。
舞翔はハッとしたが、もう遅い。
「お前から墜としてやるぜ!」
その瞬間、激しい連撃の嵐が始まった。
オプティシャンの真価はその機体から放つスペクトルでは無い。
この凄まじい機動力と、攻撃性こそが最大の武器。
知ってはいたものの、舞翔はその余りの激しさに圧倒され始める。
舞翔の速さを下手すれば凌駕するほど、オプティシャンの攻撃は、早い。
「っ駄目だ、隙がない」
「舞翔! 上昇しろ!」
カランの声が響いた次の瞬間、砂漠を再び砂嵐が襲った。
言われた通りに上昇しようとした舞翔だったが。
「はは! 連携がまるで取れてねぇなぁ!? 王子様も、同じ技をそのまま使うとかアホ丸出しかよ!」
突如砂の中から現れたオプティシャンによって、ついにエレキストはとどめの一撃をくらってしまった。
それが運悪く、エレキストの受信機を弾き飛ばしてしまったのだ。
「エレキストっ!」
「ぎゃはははは! 楽勝楽勝、歯のクソぐらい大したことないとくらぁ!」
エレキストは制御を失い、真っ逆さまに地面へと墜ちていく。
「なんてことだぁ! エレキストがオプティシャンの攻撃を受けて、呆気なく墜落だぁ!」
DJの実況通り、エレキストは三枚羽に変形することも出来ず、遂に地面へと墜落してしまった。
その光景を目の当たりにし、舞翔は思わず奥歯をぎりりと噛み締める。
完敗だ。
自分のペースに持ち込むことも出来ず、翻弄されたまま終わってしまった。
そして同時に、舞翔の頭はまっ白になる。
この勝負で負ければ、決勝に行ける可能性は限りなくゼロに近い。
けれども舞翔には、スプリングスがオプティシャンに勝てるとは到底思えなかったのだ。
オプティシャンとスプリングスでは明らかに相性が悪すぎる。
機動力のあるオプティシャンの攻撃を、スプリングス単体で避けながら大技を繰り出すなど、どう考えても不可能だ。
「っカラン、ごめんなさいっっ」
それなのに自分は、呆気なく負けてしまった。
悔しさと申し訳なさ、そして絶望で、舞翔の眉間にこれでもかと皺が寄る。
「さーて、次はイケすかねぇインドの王子様を、て、どこだ!?」
けれど、異変は既に起きていた。
アキームが焦ったように声を上ずらせたのを聞いて、舞翔はハっとしてカランを見やる。
そこに居たのは、一匹の飢えた獣であった。
「クソはお前だ、愚か者」
今までに一度たりとも聞いたことの無い、低く唸るようなドスの効いた声。
獲物を捉えた百獣の王が如く、ギラリと閃く鋭い眼光。
そのプレッシャーは、アキームが思わず全身をびりびりと震わせ、頬からたらりと汗を流すほどであった。
そしてそれを間近に見た舞翔も、思わず声にならない悲鳴を上げた。
それほどに、カランは怒髪天を衝いていたのである。
「貴様らには品性が足りないッッッ! 今すぐに地面に頭を垂れ、誠心誠意舞翔に謝罪しろッッこの痴れ者がァッッ!!」
「ひっ、ひぃいぃぃぃいい!」
次の瞬間、砂を巻き上げ地底から現れたスプリングスは、まさに蟻地獄の如く、オプティシャンを砂嵐の中へと引き摺り込んだ。
吹き荒れる強風に制御を奪われたオプティシャンは、地面へと一瞬にして引き摺り落とされる。
「き、決まったぁぁ! カラン選手の大活躍によって勝ったのはBDFチームだぁあ! これでBDFチームは決勝進出へ首の皮一枚繋がったぞぉ!」
会場中が一挙に色めき立った。
そんな中、アキームは膝から崩れ落ちたかと思うと、勢いよく舞翔の方へと顔を向ける。
その挙動に舞翔はびくりとした。
次にハッサンも同じように舞翔の方を向いたかと思うと、二人は同時にタラップの柵から身を乗り出すようにして、舞翔に詰め寄った。
「参りました! 舞翔殿!」
「姉御!」
そして直後その口々から放たれた言葉に、舞翔と、そしてカランまでもが呆気に取られた。
「いや、えっと、倒したのはカランですけど?」
「あんな恐ろしい男を篭絡し従えるとは、舞翔殿はただものではない!」
「男を手玉に取る姉御、かっけぇ! それに、従うなら女性の方がやりがいあるし?」
舞翔は思わず目を点にして現実逃避で虚空を見つめてしまった。
全く意味が分からない。
更に隣ではカランが俯いてプルプルと震え出していた。
本能的に舞翔は“もっと面倒なことになりそう”と少しだけ悟る。
「貴様ら! 舞翔に近付きたいならばこの俺を倒してからにしてもらおうか!?」
「ひっ、ひぃぃぃ!」
案の定くわっとでも音が出そうな勢いでカランが咆えた。
まさに獅子の咆哮のごとくである。
それにすっかり縮こまったハッサンとアキームを少しだけ気の毒に思いつつ、舞翔は未だに肩をいからせ怒っているカランの横顔をちらりと盗み見た。
そして、くすりと笑う。
「! 舞翔?」
「ふふ」
それに気付いたカランは、珍しく少しだけ頬を赤く染めていた。
舞翔は目を細めにっこりと微笑んでおり、その表情のまま「かっこよかったよ、カラン」と言った。
その言葉と、花が綻ぶような笑顔を見た瞬間、カランの胸に溢れんばかりの何かが膨らんでいく。
言葉にするならばきっと“愛しさ”というのだろうそれを、カランは抑える事が出来なかった。
「舞翔!」
「きゃぁ!?」
気付けばカランは舞翔を抱き上げて、嬉しそうにくるくると回る。
その姿がなんとスタジアムの大画面に映し出された。
気付いた舞翔の顔は茹蛸どころの騒ぎではない。
しかしカランはそんなこと知った事ではないようで、いっこうに辞める気配がない。
「お、降ろしてカラン!」
「駄目だ、ハハハ!」
「えぇぇ?」
そのままカランは舞翔をお姫様のように横抱きにして、展望台の階段を降り始めた。
舞翔はいつ落ちるかとビビり散らして、思わず思い切りカランにしがみ付く。
その光景は全世界へと放映されていた。
勿論、このスタジアムの控室にも。
※・※・※・※
静まり返った控え室に、遠くから聞こえる声援と、テレビから流れる歓声が重なり響く。
その音に誘われるように、ソゾンはテレビを振り返った。
そしてテレビ画面に映し出された光景を見た途端、シアン色の瞳孔が収縮する。
「空宮舞翔」
画面の中の舞翔は、さも楽しそうな笑顔でカランに横抱きにされ、その首に手を回していた。
嬉しそうに頬を染め合い抱き締め合う姿は、まるで――。
そこでテレビの電源が切れる。ソゾンの手にはリモコンが握られていた。
その唇は真一文字に噤まれている。
そしてその瞳と眉は。
「おーい、アンタ」
入り口から掛けられた声に顔を向ければ、そこには見慣れない男が立っていた。
少し照りのあるチョコレート色の肌に、ドレッドヘアを後ろでポニーテールのようにひとつに束ねたオールバック。
鋭い瞳に長い下睫毛がどこか色っぽく、眉は太めだが形が良い。耳にはいくつもピアスを付けて、くいっと上がった鼻頭がどこか挑発的だ。
アフリカチーム『落陽の獣』、ベン・コンテである。
「……何の用だ」
ソゾンは冷ややかに返答した。
しかしそんなのお構いなしに、ベンはズカズカと部屋に入って来ると「アンタんとこの監督いるかい?」と実に馴れ馴れしく話しかける。
「今はエフォートの支部へ行っていない」
「ふーん、まぁいっか。悪いけど、これ渡しておいてもらえるかい?」
ベンは一方的にソゾンに資料のような書類とUSBメモリを渡すと、すぐに去って行ってしまった。
「?」
ソゾンは少しだけ不快そうに眉を顰めたが、仕方なく受け取ったものをテーブルに置く。
そして何気なくその資料に目を通し――
「! これは」
その瞳を、見開いた。
不穏な兆し…




