第8話 『噂のドローンバトラー』
「あーやまれ! あーやまれ!」
バトルフィールドに響く子供たちの無邪気な大合唱。
目の前には冷静に沈黙しているのが逆に怖すぎる、推しのソゾン。
こうなったらもうやることはひとつ。
「三十六計逃げるに如かずー!!」
尻尾を撒いて、舞翔は逃げ出した。
「っ待て! 逃がさん!」
ソゾンの声が響き、素早く受信機を付け直したアイブリードが風を切る。
プロペラ音と共に突如目の前に現れたアイブリードに、舞翔は驚き尻餅をつきそうになった。しかし、直後運良くプロペラが停止し、アイブリードはかつんと音を立てて床へと落ちた。
「ラッキー!」
「っくそ」
舞翔は再び走り出す。
「今のって誰? 浦風武士の友達?」「なんで逃げたの?」「普通に強かったよな!」と騒ぐ観客を横目に見れば、なんと動画を撮っている者まで現れた。
舞翔は焦る。その上更にソゾン自身が追いかけて来ている事に気付き、ぴゃっと心臓が縮み上がった。
「これ以上目立つのは本当にダメっ、お願い見逃してー!!」
既に追い着いて来たソゾンから伸びる手をぎりぎりで交わし、舞翔は脱兎のごとく階段を駆け下りた。人生史上最高速度である。
そんな騒ぎの中、武士だけは「すっげぇなぁ、カランにも見せたかったなぁ!」と呑気である。
『ソゾン、ゲイラードのデータは取れたのか?』
と、ふいにソゾンのイヤホンから声がした。
舞翔を追いかけながら、ソゾンはそれに応答し、状況を報告する。
『! その少女がゲイラードを操縦したのか? まさか……』
「今はその少女を追跡しています」
『いや、そこまではいい。もう戻って来い』
通信が切れ、ソゾンは立ち止まった。
遠ざかっていく舞翔の背を見つめながら、先程の敗北を思い出し、強く拳を握り締める。
(手心を加えたつもりは無かった。あの女、いったい何者なんだ?)
「! 貴様は」
と、ふいに聞こえた声にソゾンはちらりと視線を向けた。
そこに居たのはマルベリー色の髪に、金色の瞳を見開いたカランである。
「ヨーロッパ代表が何故ここに? まさか何か企んでいるのではないだろうな?」
言ってぎろりと睨むカランに対し、ソゾンはついと視線を外すと、無視して横を通り過ぎようとした。
しかし、カランの手に持たれた花束を見つけると、いかにも怪訝そうに眉を顰める。
ソゾンは何の感情もこもらない、冷たい視線をカランに向けた。
「世界大会前に随分と余裕そうだな。“王子様”」
それだけ言って、ソゾンは去って行った。
カランの表情はみるみる険しくなり、持っていた花束を強く強く握り締める。
「武士以外に用はなし、か……っ。舐められたものだなっ」
カランの声は悔し気に震えていた。
「その王子様であるために、これ以上俺は負ける訳にはいかないんだ」
顔を上げた金の瞳が、闘志と怒気を孕み怪しく輝いている。
その脳裏には、世界大会予選決勝、武士に敗北した記憶が蘇っていた。
「だからこそ俺は、彼女に勝ちたい。間違いなく世界大会の実力を持つ、舞翔に……!」
カランが拳を握っていると、スーパー浦風からちょうど武士が出て来た。
その姿に、目を瞠る。
「! 武士、お前、その怪我どうしたんだ!?」
垂れ下がった武士の右腕を見つけるや否や、カランは血相を変えて武士へと駆け寄った。
※・※・※・※
朝、舞翔は酷く憂鬱な顔で朝ごはんを食べていた。
「絶対、謝りにいかないと駄目だよね」
罪悪感で胸が締まり、食欲がない。
しかし三都子を心配させまいと、舞翔は黙々と箸を動かした。
と、ふいにキッズケータイが鳴り、見れば絵美からの着信だった。
「もひもひ?」
『あ、舞翔! 良い知らせと悪い知らせどっちから聞く!?』
「え、えぇ? じゃあ、良い方から」
器用に白米を食べながら、舞翔はスピーカーモードで話す。
『なんとー! 昨日あのカラン・シンと街で会って、あんたの住所聞かれちゃったー! あんたのお見舞いにって花束持ってたわよ、まったく隅に置けないんだからっ!』
「っっ!? はぁ!?」
直後、全く良いニュースではなかった内容に、舞翔は食事を噴き出しそうになったのを寸でで堪え、叫んだ。
『教えてないから安心してよ! 個人情報だもんね。スーパー浦風の近所としか言ってないから』
「ほぼ言ってる!!」
舞翔は思わずがくりと両肩を落とす。
しかしまだ“悪いニュース”が残っていた。舞翔は半分死にそうになりながら「それで、悪いニュースは?」と味噌汁を飲みながら問いかける。
『テレビ見てみな! 超ショックだから!』
舞翔は言われ、テレビに視線を向ける。
するとちょうど、テレビ画面にスーパー浦風が映し出され、ニュースキャスターが喋り始めた。
『昨日、突如として現れヨーロッパ代表のソゾン・アルベスクに勝利した謎のドローンバトラーが話題となっています。SNS上では大会のやらせではないか、こんな選手公式戦では見たことが無いなど様々な意見が飛び交い――』
「ぶーーっ!!」
思わず味噌汁を吹き出し、舞翔は咳き込んだ。
「ちょっと大丈夫!? 全く、汚いわねぇ」
激しく咳き込む舞翔の横で、三都子が飛び散った味噌汁を拭き始める。
しかし舞翔はそれどころではない。
テレビで物凄く見慣れた栗色の癖っ毛が揺れている。
なんと昨日のバトルの様子が、舞翔の顔がちょうど見えない画角ではあるが、映し出されていたのである。
「どどどどどどうしようっっ! これ、絶対バレるやつじゃん……!」
舞翔は焦る。モブの癖にニュースにまで、これほもう完全にアニメ終了のお知らせではないか。
「あんた、昨日帰りが遅いと思ったらこれ見てたのね? 推しが生で見れてラッキーだったじゃない」
『え!? 舞翔あれ見てたの? 早退したから見れてないと思って悪いニュースにしちゃった、良かったねぇ〜!』
しかし、母と絵美から放たれた言葉に、舞翔は思わず目が点になる。
「え? もしかして、意外とバレてない?」
『何が? と、もう出掛けなきゃだ。じゃあね!』
「舞翔、早く食べちゃいなさいね」
舞翔は動揺した。絵美も三都子もあまりに普通で、全くバレている様子がない。
「うそ? そんなことってある? 本当に? 服装で気付かない?」
半信半疑のまま、舞翔は食事を終えるとSNSを確認すべく、父の部屋にあるパソコンを起動した。
「どれどれ、って」
小学生ばかりだったからか、バトルの様子を撮影した映像はそんなに数は無いようで、幸いなことに舞翔の顔はSNS上のどこにも見受けられず、正体もバレていないようだ。
しかしやはり「このバトラーは何者だ?」という話題で盛り上がっている様子である。
そしてもうひとつ、大きな話題となっている記事を見つけると、舞翔は思わず息をごくりと呑み込んだ。
『浦風選手、怪我で欠場か。BDFは現在事実確認中とのことで詳細は不明……』
※・※・※・※
「着いた」
その日の昼過ぎ、舞翔は気付けば川を越えた隣町、と言っても徒歩二十分ほどの場所にあるBDF(Battle Drone Federation)協会本部にやって来ていた。
結局舞翔は、スーパー浦風で武士に怪我をさせてしまったことを、三都子に正直に打ち明けた。
三都子は血相を変えてお詫びの菓子折りを買い、舞翔と共にスーパー浦風を訪れ、浦風家両親へと謝罪をした。
浦風家両親は何一つ舞翔を責める事はなく、むしろ息子の行動が誇らしそうに笑っていた。
その優しさが、舞翔には逆に辛かった。
(私、最低だ。怒られなかったことに、ほっとしてる)
そんな舞翔の泣きそうな表情を見てか、武士のご両親が「武士ならBDF協会本部に居るよ」と話を通してくれて、舞翔一人で武士に謝りに来た、という訳である。
「ここで、いいんだよね」
恐る恐る警備員の立つゲートを越え、敷地内のドーム型の建物へと案内される。
自動ドアを抜け中に入れば、たくさん椅子やテーブルが置かれたエントランスに、巨大なガラス張りの向こう、バトルフィールドが広がっているのが見えた。
「ふ、ふぉぉ」
その壮観な光景に舞翔が思わず吐息を漏らしていると、エントランスの一角で、何やら大騒ぎをしている二人組を発見する。
「どうしてお前はそういつも考えなしなんだ!」
「何そんなに焦ってるんだよ、兄ちゃん」
「焦らずにいられるかっ!」
そのうちの一人が武士であることは後ろ姿ですぐに分かった。
腕に三角巾を付けている姿に、舞翔は思わず胸がズキリと痛む。
謝ったって謝り切れない、そう思うと急に怖くなって、舞翔はそれ以上近付くことが出来ず、その場に立ち尽くしてしまった。
「あ、カランから電話だ」
「なに!? 早く戻って来るように言ってくれ! あいつはまったくどこをほっつき回ってるんだか」
「うーん、なんか考えがあるみたいには言ってたけどなぁ」
武士は電話に出た。
その様子を遠目に窺っていると、ふいに武士と居たもう一人の方が舞翔の存在に気が付いた。
「おーい!」
武士によく似た青く光る黒い髪。
背は武士よりもずっと高く、短髪の武士とは真逆で、長髪をポニーテールのように束ねている。
その人物と目が合った瞬間、舞翔は前世で読んだファンブックを思い出した。
浦風士騎。
武士の兄にして、BDFの監督兼コーチを務める主要キャラクターの一人。
『烈風飛電バトルドローン』の原作者お気に入りキャラで、隠し設定は数あれど、本編には全く出し切れなかったという、バトルドローンの開発で功績を残した若き天才、らしいのだが。
「君は、もしかして空宮舞翔ちゃんかい?」
全くそんな凄い人のようには見えない、いかにも人の良さそうな笑顔を浮かべ、士騎は舞翔に向かって大きく手を振った。
舞翔の心臓はその瞬間にドキーンッと高鳴りだす。
「浦風監督にまで知られちゃってるのっ!?」
もう既に帰りたい。
しかし本題はそこではない。
未だ電話をしていて振り返らない武士の後ろ姿を見つめ、舞翔の足が緊張で震える。
(武士、怒ってるかな? 悲しんでる、かな?)
電話を終え、ついに武士が振り返る。
「おーい! 舞翔ー!」
けれども舞翔の心配など露知らず、武士は本当にいつも通りに、快活に笑っていた。
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※2025/5/6 改稿