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第75話 『一件落着!? 残る不穏』




「へ!? あ、あの、違うの! 好きとかじゃなくて、その、そう、ソゾンはね、私の憧れなの。ずっと、ソゾンが居たから私は頑張って来れたんだよ! だから、ソゾンは恩人で、恩人だから、私は恩を返したい」


 急にしどろもどろになりつつも、舞翔は微かに頬を桃色にしてそう言った。


 けれどどこか切なげな眼差しは、言葉以上に彼女の心を語っているように感じられる。


 キリルは舞翔の手に自分の手を伸ばし、優しく握り締めた。


「キリル?」

「オレにとっても、君は恩人だよ。オレも君に恩を返したい。だから、何でも協力する」


 キリルは少しだけ眉をハの字にしながらも、優しく微笑んで見せた。

 彼女の傍に居られるのなら、どんな形だって構わない。


 今はまだ、この気持ちに名前はないけれど。


「だから、もう少し君のそばに居てもいいかな?」


 握った舞翔の手の指先に、自分の指先をそっと絡める。

 舞翔は驚いたように目を見開いたが、すぐに困ったような擽ったそうな絶妙な表情で「キリルってば、甘え上手の猫みたい」と零した。


「いくらでもそばに居ていいよ、私達もう、友達だもん」


 それから満面の笑みを浮かべて言った舞翔に、キリルは自身も目を細めて微笑み返した。


 と、直後キリルの瞳が微かに見開かれる。


 キリルの瞳に映ったのは、遠い街角にひらりと消えていくラズベリーレッドの髪だった。


 遠目でもすぐに分かる、あれはソゾンだ。


 一瞬だけ見えたソゾンの表情は、何の色も無く、無感情だった。


 しかしそれが見間違いではないと分かった瞬間、キリルの胸にどろりとした感情が湧き上がる。


 キリルは頭では無く本能で理解してしまった。


 ソゾンもまた、オセアニア戦で無惨にも敗退した舞翔を追って来ていたのだと。


 ソゾンはベルガの魔の手から彼女を守る為に彼女を拒絶した。


 感情を殺したような顔をしながら、ソゾンが舞翔を嫌っていないことは傍から見れば明白だ。


 本人たちだけが、気付いていない。


 こじれている。


「どうしたの? キリル」

「あ、なんでもない。帰ろうか、舞翔」


 けれどもキリルは咄嗟とっさにそう言いつくろうと、舞翔の手を引いてソゾンが居た方とは別の方向へと歩き出した。


 そんな自分が少しだけ嫌になる。


 ソゾンのことを伝えれば、きっと舞翔はすぐに追いかけて行ってしまうだろう。


 そう思ったら、気付けば嘘を吐いてしまっていた。


(今だけは、もう少しだけ、オレを見ていて欲しい、なんて)


 握った手のぬくもりに、苦しさだけがつのっていく。


 舞翔の方を見れば、目が合って、微笑まれた。


 キリルはその幸せに胸が締め付けられるように痛み、同時に泣きそうなくらいに嬉しい気持ちが溢れ出す。


 切なくて、甘酸っぱいとはまさにこのこと。


 それから二人が手を繋いだままスタジアムへと戻ると、入り口ではカランと士騎、武士の三人が待っていた。


 カランはキリルと舞翔が手を繋いでいるのをいち早く発見すると、額に青筋を浮かべつつ、満面の笑みでキリルの目の前に立つ。


 その時、舞翔には確かにキリルとカランの間にビリリと電撃が走ったのが見えたのである。


 なので頬にたらりと汗を垂らしながら舞翔はそっと二人から後退あとずさる。


 すると背中にどんと衝撃が走った。


 何事かと見上げた先に、不気味なほどに優しい微笑をたたえた士騎が、舞翔を見下ろすように立っていた。


 ダッシュで逃げようとするも、舞翔の首根っこは士騎にがっしりと掴まれ逃げられない。


「舞翔くん」


 士騎の口が開き、舞翔は叱られるのを覚悟して思わずぎゅっと目を瞑った。


 しかし直後発せられた士騎の言葉に、舞翔は拍子抜けする。


「本っ当に、すまなかった!」


 士騎は舞翔に頭頂部が丸見えになるくらい深く頭を下げたのである。


 その行動にその場に居た全員のみならず、周囲に居た無関係の人々までもざわざわと注目し始めてしまった。


 舞翔は見るからにあわあわと焦った。


「やめてください監督!」


 悲鳴に似た声を上げたが、士騎はがんとして頭を下げたまま上げようとはしなかった。


「ベルガが君を狙っていたことは分かっていたんだ、それを君に悟られる前に何とかしようと独断で動いたことが、かえって君を混乱させてしまった」

「!」

「本当に、本当にすまなかった」


 そこまで言って士騎はようやっと顔を上げた。


 とても真剣で、苦し気に眉間を寄せた顔で、舞翔を見ている。


 舞翔は咄嗟にカランを見た。


 カランはその視線に少しぎょっとしてから、気まずそうに頬を掻き、目を泳がせる。


 どうやらカランが士騎に話したらしい。


 それならば過不足なく情報が伝わっているのだろうと、舞翔は思わず深く深く溜息を吐いてしまった。


「す、すまない舞翔! 俺の独断で話したことは、謝る」

「ううん、カランは私を想って話してくれたんだものね。ありがとう」


 舞翔は微笑んだ。

 本当に、これで良かったのだと思ったのだ。


「監督、私の方こそごめんなさい。分かってたのに、変に傷付いちゃっ「舞翔くん」」


 舞翔の言葉を士騎が真剣な眼差しでさえぎった。


「俺は君の才能や特別な力に惹かれたんじゃない。君が積み上げて来た努力に、培った技術に、ドローンを大好きだという気持ちに、とても惹かれた。それは才能や特別なんて簡単な言葉で片付けて良いものでは決してない。他の誰にも奪われはしない、君だけが持つ、君だけの宝物なんだ」


 士騎の瞳はどこまでも真っ直ぐだった。


 それは確かに舞翔の心に突き刺さり、胸を熱く震わせる。


 舞翔の瞳が揺れる。

 

 次の瞬間、気付けば舞翔は士騎に思い切り抱きついていた。


「監督ずるい!! そんなふうに言われたらっ、許しちゃうに決まってるじゃないですか!」

「舞翔くん!? はは、よしよし」


 士騎の大きな掌が頭を撫ぜる。

 そのくすぐったさと温かさに、舞翔は張り詰めていた緊張の糸が切れたように脱力し、自然と表情も笑顔に戻っていた。


 舞翔が士騎に抱きついた瞬間、カランとキリルは激しく動揺していたが、舞翔の安心したように笑う姿にふっと笑顔をこぼす。


 しかしこれとそれとは話が別と、舞翔の体はすぐにカランによって士騎から引き剥がされた。


倫理的りんりてきにアウトだぞ、士騎」

「いや俺からじゃないですけど!?」


 最後に武士が舞翔の隣にやって来て、良かったなとひじでつつかれた。


 舞翔はそれにニシシと笑って答える。すっかり元気を取り戻したようである。


 しかし、だから気付かなかった。

 何故士騎があの時、ベルガに対しあんな風に舞翔を突き放した言い方をしたのか、その本当の意味に。


 士騎は元気に騒ぐ子供達を見つめながら、その瞳を微かに細め、一人静かに息を吐いた。


「絶対に、君を守るよ舞翔くん」


 士騎の呟きは、誰に届くこともなく雑踏の中に消えてしまった。




次回、新章!

ロシアにさよならバイバイで、次の国に移動します。

果たして次はどこの国か!?

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