第7話 『激突!ソゾンVS舞翔』
舞翔は顔を上げ、真っ直ぐにソゾンを見据えた。
その瞳の奥には勝負への渇望が確かにぎらりと輝いている。
ソゾンの表情は、先ほど上がった口角が嘘のように無表情に戻っていた。
「無名の貴様が? いいだろう」
けれどもいうや否や、ソゾンはバトルフィールドへと舞い戻ると瞬く間にスタンバイした。舞翔も慌ててバトルフィールドへと入る。
「空宮、これ」
自分もバトルフィールドに入ると、武士は舞翔に片手でコントローラーを差し出した。
舞翔は緊張と興奮で震える手で、“ゲイラード”のコントローラーを受け取る。
それは少しだけ、いつもよりずっしりと重かった。
「俺がサポートする、頼んだぞ、空宮!」
爽やかに笑ってみせた武士だったが、よく見れば脂汗が滲み、腕も腫れて来ているように見える。
相当痛いに違いない。武士の怪我のためにも、時間はかけられない。
舞翔はスタンバイを終えると、一度深呼吸をして気持ちを落ち着けようと努めた。
それから、前を向く。
バトルフィールドの向こう側、そこにはソゾンがアニメの通り憮然と立っている。まるでテレビの画面を見ているようだった。
――けれどもこれは現実だ。
「それじゃあ、俺が合図を出すぜ!」
準備は整った。
両者向かい合った所で、武士が高らかに告げる。
「いくぞ、“スタンバイ”!」
合図とともに、舞翔とソゾンはそれぞれの愛機を起動する。
黒を基調に青く光る、流線型で三枚羽、ゲイラード。
対するは、赤紫色の無駄の無いシンプルな作りが徹底された、四枚羽――
「“アイブリード”!」
空気を震わせると同時に、痺れるような緊張感を張り巡らせる高い声。
同時にソゾンの目の前に浮かび上がった彼の愛機に、舞翔の気持ちは最高潮に昂る。
「準備はいいな!? それじゃあ……」
ゲイラードもまた、舞翔の目の前まで浮上した。
伴うように舞翔の気持ちもどんどんと昂って、興奮を抑え切れない。
何故だろうか、こんな気持ちは初めてだった。
まるでゲイラードと一つになったように、感覚が冴え渡る。
「“テイクオフ”!」
武士が叫び、ついにソゾンVS舞翔、二人のバトルの火蓋は切られた。
瞬間、会場中からどよめきが起きる。
「おい、ふたつとも消えたぞ!?」
「どこだ!?」
ざわざわと子供たちから驚きの声が上がる。
けれどもソゾンと舞翔には当然、お互いのドローンの姿が見えている。
障害物も何もないシンプルなステージ。
身を隠す場所も無いのだから、小細工など不要。
二つの機体がぶつかり合う音が響き、観客はその時初めて、既に戦いが始まっていたことに気付いた。
「ゲイラードっ!」
一瞬の衝突後、舞翔はすぐにゲイラードを天井ぎりぎりまで上昇させ一度退避した。
普段使っている自身の愛機ではないことで、舞翔は上手く感覚を掴み切れていない。
「その程度か、女!」
ソゾンはそう叫ぶと、逃げられないと言わんばかりにゲイラードを追撃する。
彼が『冷血の吸血鬼』の二つ名を冠された所以である、容赦ない連続攻撃である。
一回ごとのダメージは大したことは無いが、同じ場所を攻撃され続ければいつかは壊れる。しかも反撃の隙を与えないのがこの技の厭らしい所である。
「っ」
やはり強い。舞翔は苦し気に眉を顰める。
前世まで遡っても、今まで闘ってきたどんな相手よりも確かに強い。
舞翔の逃げ道すらも予想して、先回りをして攻撃を加える精度、寸分の誤差も無い攻撃を繰り返し放つ集中力。
それこそがソゾンの強さ、彼の血と汗と努力の賜物。
「ふふふ」
「!?」
気付けば舞翔の口角は緩み、その口元は笑みを作っていた。
突如追い詰められた状態で笑い出した舞翔に、ソゾンは目を瞠り一度アイブリードを退避させる。
舞翔は顔を上げた。
瞳は燦燦と輝いている。
「貴様、何が可笑しい?」
思わずソゾンが零した言葉に、舞翔は「そんなの!」と右手を振りかざした。
同時にゲイラードがアイブリードにアタックする。
「バトルが楽しくって仕方がないに決まってるでしょう!?」
鈍い衝撃音。
その鋭い剣筋のような軌跡に、繰り出した本人である舞翔もまた驚き目を見開く。
エレキストとは全く違うバトルスタイル、そして機体の構造。
まさに武士の持ち味である「侍の居合斬り」のような必殺の一撃。
しかしアイブリードは一瞬怯んだように揺れたものの、すぐさま態勢を整え距離を取った。
操り手が違うからか、ゲイラードの必殺技を発揮しきれなかったらしい。
「バトルが楽しい?」
舞翔の言葉にソゾンは奥歯を噛み締めると同時に、俯いた。
その表情が見えなくなった直後、舞翔の肌が何かを感じぞくりと粟立つ。
はっとして見れば、ソゾンから殺気にも似た激しい怒りが発せられていた。
「笑わせるな!」
舞翔は怯む。
「俺たちは生きるため、全てを賭けて闘っているっ! それを楽しいだと? ならば……」
気付いた時にはアイブリードはゲイラードを捉え、猛攻を加えていた。
ただその技を受け耐えるしか出来ない、逃げ出すことが叶わない連撃。
覚えがあった。
本編の武士はこの状況で居合のような一閃で一矢報いる。
けれどもソゾンは“武士の予想通りの反撃”にカウンターでとどめを刺すのだ。
そのカウンターこそが新技、攻撃が決まったと思わせて“まるで吸血鬼が血を吸うように気流で相手を捉え、逃げられなくしたところを一撃で叩く”。
「“貴様の全て、吸い尽くしてやろう!”」
ソゾンが叫ぶ。
舞翔はその一瞬、不思議と空気の中に居合の太刀筋が視えていた。
これがゲイラードがアニメで駆け抜けた太刀筋。
まるで何かに導かれるように、かつてない感覚が舞翔を包んでいる。
脳内でアドレナリンでも噴出しているのだろうか。
いや、違う。何か幸福にも似た興奮でまるで宙にでも浮いているような気分だった。
全てが見える。
これから起こるであろう何もかもが、記憶だけでなく、実感として感じられる。
「!?」
ゲイラードは居合の道筋を何もせずただ駆け抜けた。
その事にソゾンは驚愕する。
何故ならその道筋はソゾンがわざと作り出した隙だったからだ。
相手がまんまと誘いこまれた所を叩く、その為にわざと作った隙と道筋。
けれども絶対に必殺技を繰り出すと思っていたゲイラードは通り抜けた。
「そうか、そういう技だったんだね!」
舞翔の高らかな声。
気付いた時にはもうアイブリードの真上にゲイラードは“居た”。
その時確かに、ソゾンの瞳は舞翔に奪われた。
何故か羨望の眼差しで自分を見詰める真っ直ぐな瞳。
今、世界で一番自分が幸せだとでも言いたそうな、表情。
「“さぁ、風を奏でよう! ゲイラード!”」
風は吹いた。
確かに彼女から自分に向けて、その尖風は吹き抜ける。
ソゾンは呆然としていたのをはっとして直ぐに気を引き締めたがもう遅い。
カウンターを繰り出そうにも、既に攻撃は終わっていたのだから。
「なん、だと……?」
カチャンと、アイブリードの一部が床に落ちた音が響く。
それが受信機であることに気付いた時にはもう、アイブリードは沈黙し成す術も無く墜落した。
バトルドローンの受信機は、通常のドローンと違い勝敗が決しやすいように外側に付けることを義務付けられている。
しかしだからこそ受信機は破壊されにくい場所に設置してあるのだ。
バトルドローン発祥当時ならまだしも、今この方法で相手を倒そうとするもの、いいや、倒せるものはほぼ存在しない。
それなのに舞翔は正確無比に、受信機だけを弾き飛ばしてみせた。
会場中が静まり返る。
ソゾンは自分の足元に落ちたアイブリードを呆然と見つめていた。
「勝者! 空宮舞翔!」
しかし武士がそう宣言した瞬間、スーパー浦風が割れんばかりの大歓声が湧き上がる。
直後「やったな空宮!」と武士が舞翔に抱き着いて、何処か興奮し夢うつつだった舞翔は、いっきに現実へと引き戻された。
「“武士”! 怪我は!?」
「! へへ、けっこう痛い。でもありがとうな、“舞翔”」
「!」
名を呼び返され、舞翔はついファンとして心の中で使っていた呼び方をしてしまったことに気付き、顔を真っ赤に染めた。
けれども武士はそんなことお構いなしに、ただ本当に嬉しそうにきししと笑った。
「くうぅ! 怪我してなけりゃ、今すぐ俺もお前とバトルするのになぁ!」
「いいから武士は早く帰って病院に行って!?」
そうこうしていると、観客からソゾンに向けて「あーやまれ! あーやまれ!」と大合唱が響き始める。
「あ、そっか。約束」
「ソゾン! 舞翔が勝ったんだ、謝ってくれるよな!?」
そこで舞翔はようやっと、“事の重大さ”に気が付いた。
(待って、私、勝った?)
舞翔はソゾンを振り返った。
落ちたアイブリードを拾い上げる為か、片膝を着いた態勢でソゾンは俯き沈黙している。
その光景を見た瞬間、舞翔の顔からさっと血の気が引いた。
ソゾンは立ち上がる。
それから舞翔の方を向いたその目は、思わず心臓がひゅっと縮こまりそうになるほど怒気を孕み、氷のように凍てついていた。
「貴様っ、いったい何者だ?」
凄まじい形相で自分を睨む“推し”に、舞翔はただ冷や汗をかき黙り込むしかなかった。
――何者かって、私はただのモブなのに……!
(嬉しいけど、モブの私が勝っちゃ駄目じゃん!? このままじゃ、アニメが狂うっ!)
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※2025/5/6 改稿