表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/145

第69話 『潜入! エフォート』




 結論から言えば、ユルとガンゾリクは最高の助っ人だったと言えるだろう。


 舞翔は今、ユルと二人で士騎の足取りを追っていた。

 カランと武士はガンゾリクが上手く引き付けてくれている。


(ユルとガンゾリク、有能過ぎるでしょ!)


 舞翔は今一度、彼らの鮮やかな手腕を思い返して噛み締めるような表情を浮かべた。


 “二人と離れて士騎を追いかけたい”と、あの時舞翔は本当に手短にそれだけしか伝えられなかった。

 カランと武士が早々に舞翔に追いついてきてしまったからだ。


 それでもユルとガンゾリクは舞翔のその一言だけで意図をしっかりと汲み取ってくれた。


 二人は“奇遇だし、せっかくだからバトルドローンスペースでレンタルドローンを使ってバトルをしたい”、と申し出たのである。

 武士は勿論興奮し、やろうやろうと二つ返事だった。


 しかしカランはそうはいかない。

 物凄く訝しんだ瞳で舞翔を見つめて来た。


 その視線から必死に目を逸らしていると、今度はユルが強引に舞翔の手を引きバトルドローンスペースへと連れて行ったのである。


 そこからあれよあれよとガンゾリク対カラン、ユル対舞翔という形でバトルをすることになった。店の狭さから個人戦のみ対応のスペースだった事も運が良かった。或いは、ユルとガンゾリクがそこまで計算していたのかもしれないが。


 そうしてまずカランとガンゾリクのバトルから始めた所で、ユルが再び舞翔の手を引きスペースを抜け出して、今は晴れて士騎が消えて行った道の先を探索中、という経緯いきさつである。


「本当にありがとう、ユル」

「おいらは、恩を返しただけだから」


 ユルは舞翔と目を合わせようとはせず、少しだけ不機嫌そうな顔で視線を逸らした。

 けれども耳が赤くなっているところから照れているのだろうと分かって、舞翔は微笑む。


「でも、監督とベルガはどこに消えたんだろう」


 士騎たちが消えて行った先の道、そこは特に商店などは並んでいない普通の住宅街のようだった。気になる事と言えば、どうも治安が悪い雰囲気だというところだ。

 先程まで舞翔たちが歩いていた表通りと比べると街燈が少なく薄暗い。


 ゴミも多く、人が殆ど歩いていない。


「どこかの家に入ったのなら、さすがに追えないぞ」


 ユルの言う通りである。

 使うつもりのなかった借りまで使って、こうして士騎捜索に付き合ってもらっている訳だが、無駄足だったかもしれない。


 けれどもそれはそれで、どこかほっとしている自分も居て、舞翔は複雑そうに唇をすぼませた。直後。


「!」


 被った帽子から飛び出たボサボサに伸びた長い銀色の髪を、舞翔は見つけた。

 その人は物陰に隠れて何かを覗き見ている様子である。


 そしてその視線の先に。


(居た!)


 士騎とベルガは、立っていた。


 しかもそれを覗いていたのは、思った通りキリルである。


 トレードマークの帽子にマスクの所為で、一見するとかなり不審者に見える。

 舞翔とユルは顔を見合わせ頷き合うと、抜け足差し足、細心の注意を払ってキリルのもとまで近付いた。


 それからキリルの肩を指でちょんちょんとつつく。


「っ!」


 思わず悲鳴を上げそうだったキリルの口をマスクの上から両手で塞ぎ、舞翔は人差し指で「しー!」とジェスチャーをした。


 キリルはそれにしきりに頷いて答える。


 そして直ぐに三人は士騎とベルガの方に視線を向けた。


 何やら口論しているように見える。

 けれども士騎が険しい表情を浮かべると、二人は目の前にあった建物へと入って行ってしまった。


「あそこは、エフォートのロシア支部がある場所なんだ」

「!」


 士騎とベルガが消えたことを確認してから、キリルは言った。


「どうして、監督がエフォートに!?」

「それをどうして貴様が見ていた、ロシア代表」


 つんけんどんなユルの物言いに、キリルは少しだけ呆気に取られたような顔をした。


 けれども直ぐに緊張した表情に戻ると、少しだけ舞翔を気にしたようにちらり、目線を向けて、口籠る。


「キリル、教えて?」


 言いにくいことだろうか、けれども舞翔はどうしても知りたかった。

 だからキリルに乞うようにじっと見つめる。


 その視線にキリルは少しだけ眉間に皺を寄せたけれど、観念したように口を開いた。


「オレはソゾンを追って来たんだ。エフォートの奴等に、まるで連行されるみたいに連れられて行ったから……気になって」

「!!」


 舞翔の顔色が変わった。


 強張り、剣呑さを宿したその表情にキリルは目を細める。

 だから言いたくなかった、などとは口が裂けても言えやしない。


 彼女がソゾンを特別視している事は知っていた。けれどキリルはそのことを余り良く思っていなかった。


 ソゾンはエフォートだ。

 彼女がどう思っていようがその事実は変わらない。

 そしてキリルは、エフォートのことなら嫌というほど知っている。


 だからこそ、真っ直ぐで心清い彼女に関わって欲しくは無かったのに。


「ねぇ、エフォートに侵入出来ないかな!?」


 ユルもキリルも、舞翔が言い出した事に目をこれでもかと見開いた。


「無理に決まってるよ! 絶対にダメだ!」


 間髪入れずキリルが答える。

 しかし、隣に居たユルは違っていた。


「おいらが囮になっている内に、侵入するのはどうだ?」


 キリルは唖然としてユルを振り返った。


 舞翔は見るからに嬉しそうな顔でユルを見つめる。

 ユルは思ったよりも真剣な表情で「それがあなたの望みだろう?」と言った。


「……うん、どうしても、行きたい」


 ユルの眼差しに応えるように、舞翔は目を決して逸らさずに頷いた。

 この様子では、キリルが反対したところで二人だけで決行しかねない勢いだ。


 だからキリルはぐちゃぐちゃに頭をかき混ぜてから、意を決したように渋い表情を浮かべて口を開く。


「分かった、オレが案内する」


 すりこ木で胡麻でも潰しているような声だった。




※・※・※・※




「頼もう! 我が名はユル、中央アジア代表のユルだ!」


 作戦は至ってシンプルである。


 まずはユルが一人、正面から乗り込んで大騒ぎをする。

 その隙にキリルが知っている秘密の通路から、舞翔とキリル二人でエフォート内へ侵入する。

 目的は士騎を見つける事、そしてソゾンの様子を確認する事。


「こっちだよ、舞翔」


 キリルに案内された場所、それは埃だらけでいかにも怪しい雰囲気の通気口だった。


 それを見た途端舞翔の顔がうっと歪む。


 しかし「ほら、今からでもやめていいんだよ」とキリルが嬉しそうに言うので、少しムっとしながら「大丈夫、行こう!」と身を乗り出した。


 キリルは失敗した、とマスクの下で口をへの字にしつつ、自らが先に通気口へと入った。


 少しでも舞翔の負担が減るように、自分の服で掃除するつもりで先へと進んで行く。


 暫く進んだところで、不意に話し声が聞こえて来た。


「キリル?」

「しっ。下の部屋に誰かいるみたいだよ」


 網のかかった穴、光が漏れて来るその場所をキリルは覗き込んだ。


「! 舞翔」


 それから後ろに居る舞翔を招き寄せる。

 二人並ぶとぎゅうぎゅうになるほどの狭い間口である。

 自然と体が密着し、キリルだけがそのことに顔を赤くする。


 しかし舞翔は全く気にしない様子で、網の向こう側を覗き込んだ。


「! 監督と、ベルガ」


 穴からは少し場所が遠いせいで、話し声はボソボソとしか聞こえない。

 けれどもベルガと士騎が何やら張り詰めた空気の中で会話しているのだけは見てとれた。


 部屋の中は何だかよくわからないモニターや機材がたくさん置かれて、舞翔から見て正面の壁一面は全てガラス板になっており、奥にもう一部屋ひとへや続いている。

 実験室のような雰囲気だ。


「違う! あの子はあくまで武士の代理だ!」


 と、急に士騎が声を荒げたのが舞翔の耳に飛び込んだ。


「監督?」


 士騎は自分達に見せたことがない怒りに満ちた形相でベルガを睨んでいた。

 対してベルガは落ち着いた様子で何がしかを士騎に囁く。


 直後、士騎は烈火のごとく叫んだ。


「ふざけるな! 彼女に特別な力や才能なんか無い!」

「!」


 士騎はそれだけ言い捨てると、憤慨した様子で部屋から出て行ってしまった。

 ベルガは笑っている。


「愚かな。彼女の価値が分からないらしい!」


 不意にまるで誰かに聞かせるように張った声と共に、ベルガの視線が動いた。


「そう思わないかい?」


 舞翔の肩がびくりと跳ねる。

 ベルガは明らかに誰かに向かって問いかけた。その視線は、舞翔とキリルが居る通気口へと向けられている。


 その事実にキリルは目を見開くと、慌てて舞翔を守ろうと自身が身を乗り出した。


「さて、それじゃあ」


 けれどもキリルの警戒をよそに、ベルガの視線はあっさりとガラス板の向こうへと戻された。


 その後も二人はベルガの動向を疑り深く凝視したが、二人に気付いたようなそぶりは一切見られない。


 気付かれたと思ったのは自分たちの勘違いだったのだろうか、と舞翔とキリルは顔を見合わせた。


 ベルガは職員たちに指示を出しているだけで、他に何かある訳でもないようである。


「もう、戻ろうか?」

「う、うん」


 キリルの提案に舞翔が頷きかけた、その時。


「何をやっている、起動しろ」


 ベルガの低く重い声がやけによく聞こえた。

 直後、他の職員の声だろうか。「しかし」「これ以上は!」と焦ったような台詞が並ぶ。


「早くやれ」


 嫌な予感がした。

 心臓に纏わり付く不安、爪を立てられているような恐怖。

 気付けば舞翔は反転させようとしていた姿勢を元に戻し、通気口の向こう側を食い入るように見詰めていた。


「舞翔、だめっ」


 それを阻止するように、キリルの手が舞翔の視界を塞ごうとする。

 けれどもその手を押し退けて、舞翔は頬が食い込むくらいに通気口へとへばりついた。

 すると先ほどよりも更に奥、ガラス板の向こう側まで、舞翔の視界に飛び込んで来る。


(あれは、ソゾン!!?)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ