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第62話 『ミッション! 反則させるな!』




 舞翔には重要なミッションが残されていた。

 期限は明日、対ロシア戦まで。

 ミッションは非常にシンプルだ。


――キリルを説得し反則を阻止すること。


(でも、その為にはキリルを捕まえなくちゃいけない)


 舞翔は自室のベッドの上で、足を庇うように座りながらうんうんと唸っていた。


 探しに行こうにも、医務室にて正式に軽い捻挫との診断を受け、湿布をして余り動き回らない様にと釘を刺されてしまったのだ。


 幸い明日のバトルに支障はないようなので、ほっと一安心だったのだが。


(安静にしてたら何も出来ないんだよねぇ)


 舞翔は仕方なく、念の為に借りた松葉杖を使って立ち上がると、事務室へ向かって歩き出した。


 目的は、アレクセイだ。


「キリルが捕まらないならとりあえずアレクセイに色々聞いてみよう!」


 そして運の良い事に、アレクセイは事務室であっさりと捕まった。


「怪我についてお聞きしました。僕達が至らないばっかりに、本当に申し訳ありません」

「い、いいえ! これはあくまで、私の不注意で」


 アレクセイは本当に申し訳なさそうに頭を下げた。


 舞翔は慌てて顔を上げさせようとしたのだが、その顔付きが余りに深刻そうで、困ったように眉を下げる。


 客人を怪我させてしまった事への謝罪、にしては少し様子がおかしくないか?


 そこまで考えて、舞翔はハッとした。


「アレクセイさん、何か、知ってますか?」

「――やはり、聞きますよね」


 アレクセイは苦笑すると、舞翔の耳元で「場所を変えましょう」と囁いた。


 無言で頷き、歩き出すアレクセイに舞翔も続く。

 舞翔を気遣ったゆっくりとした歩調で向かった先は、応接室のような雰囲気で、ソファや簡素な調度品などが置かれた部屋だった。


 中に入り、二人きりでソファに向かい合って座る。


「実は昨夜、消灯時間後にキリルに会ったんです」

「キリルに?」

「えぇ、だからこんな時間に何をしているのか聞いたんです。そうしたら、何かしどろもどろしていて、おかしいと思いました」


 アレクセイはそれを皮切りに、言葉を選びながら訥々《とつとつ》と語り始めた。


 キリルとは、この児童養護センターへキリルが来た時からの関係で、初めの頃は全く誰にも心を開かず大変だったこと。


 けれどもバトルドローンを通して少しずつ距離を縮め、今はキリルが率先して子供たちの面倒を見るくらいに、彼が成長したこと。


 それが、世界大会が始まってからまた心を開いていなかった頃のような表情をすることが増えていて、昨夜もそうだったのだ、ということ。


「そのまま部屋へ帰すのが何だか不安で、一緒にお茶を飲もうと誘ったんです。その時に僕は取り留めのない話をしました。その中に、貴方の話題もあったんです」

「え? 私?」

「えぇ、貴方が山の中でパニックになったことを。だから少し気に掛けておいて欲しいと、そう伝えました」

「!」

「それを聞いた途端に、キリルは慌ててもう眠いからと去って行きました。けれども向かった先は明らかに彼の部屋とは逆方向だったんです」


 舞翔の表情が固まる。


 その変化を、アレクセイは伺うようにじっと見つめていた。


「やはり、足の怪我はキリルが関係しているんですね」

「っち、違います! 絶対、絶対違う!」


 思わず立ち上がり、舞翔は目の前のテーブルに身を乗り出しながら声を荒げた。

 けれどもアレクセイは目を細め、静かに首を横に振る。


「優しい嘘を、吐くんですね」

「う、嘘じゃっ」

「だけど貴方は、嘘が下手ですよ」


 アレクセイは眉尻を下げたとても優しい笑顔を浮かべていた。

 その笑顔に臆するように、舞翔の言葉が詰まる。


「キリル――出ておいで」


 そして直後アレクセイが放った言葉に舞翔は目を見開いた。

 アレクセイは扉を振り返る。

 けれども返事は無く、扉も開かず、舞翔は首を傾げる。


「キリル」


 けれどもう一度アレクセイが少しだけ低い声でそう呼んだ、直後。


 カチャリと扉が開く。


 舞翔は驚いた。

 アレクセイの言う通り、顔を真っ青にして、キリルが入って来たのだから。


 扉を閉め、キリルは部屋に入ってすぐの所で立ち止まると、そのまま立ち竦んだ。


「盗み聞きとは感心しないな」

「っ」

「そんなに気になったかい? 彼女が僕に、何を言うか――」


 キリルの肩がびくりと揺れた。

 舞翔はキリルが居るなんて全く気付いていなかった。

 アレクセイはどこまで分かっていたのだろう。

 分かって、話していたのだろうか。


「聞いただろう、彼女はお前の為に嘘を吐いた」

「ち、違いますアレクセイさん! 本当に、キリルは関係無くて」

「キリル」


 舞翔の言葉をも切って、アレクセイはその名を呼んだ。

 キリルの両手が握り締められる。


「僕は言ったね。一人で解決できることはこの世界で余り多くは無いと」

「アレクセイさん!」

「僕は君のパートナーだ。話してくれると、信じていたのだけれど」


 キリルの瞳が揺れているのが分かった。

 帽子とマスクで殆ど隠された表情だったが、確かに瞳が強張っている。


「キリル?」


 アレクセイがまた名を呼んだ。

 けれどキリルの口は真一文字に結ばれ、固く閉ざされている。


 握り締めた拳は震え、瞳は宙を睨み、まるでその場所に縛られたように動かない――


 その姿を、舞翔は知っている。


 誰も頼れず、誰にも心を開く事が出来ず、ただ耐えるしかなかった、黙り込むしかなかった。

 一歩を踏み出す勇気を出せずに、後悔ばかりが募っていった。


(あれは、前世の私だ)


 気付けば足が痛いのも忘れて、舞翔は立ち上がっていた。

 痛みが走り、それでも堪えて、ふらつきながらキリルに駆け寄る。


 キリルは動揺しながらも、倒れそうになった舞翔の体を咄嗟に支えた。


 その腕に舞翔はしがみつく。


 至近距離でキリルを見つめた舞翔の瞳は、とても苦しそうに細められていた。

 直後、舞翔はアレクセイを振り返る。


「言えないことだって、ありますよっ」


 舞翔が出した声は酷く震えていた。

 アレクセイは冷静に、キリルは至極困惑した様子で舞翔を見やる。


「だって、ずっと独りだったら……誰かに頼っていいなんて、知らないじゃないですか」


 俯き、舞翔は言葉を続けた。


 前世、アニメで見ていた頃、舞翔はキリルが好きでは無かった。

 見ていてとてもイライラした。


 助けを求めればいいのにそれをせず、たった一人で悪い方ばかりに転がり落ちて。

 けれども今になって舞翔は気が付いてしまった。


 キリルは、舞翔だ。


 逃げてしまうところも、誰にも頼れず一人でどうにかしようとするところも。

 一歩踏み出す勇気が出ないのも。


「出来ない人だってっ、居るんですよ!」


 キリルはハッと息を呑むように目を瞠った。

 舞翔には分かる。

 痛いほど、分かってしまう。


 きっと信じてくれるだろう、助けてくれるだろう。優しい人、信頼できる人。

 分かっていても、それでも、どうしても言えない、心を開けない。


 失いたくない、傷つきたくない、大切だからこそ、必要だからこそ。

 どうしようもなく、動けなくなる。


「舞翔、さん」


 そうしていつしか独りになって、孤独になって、何を守っていたのかも、()()()()()()()()


――それが前世の舞翔だ。


 だからこそ分かる。

 救いの手を渇望していたことも、本当は、一歩踏み出してみたかったことも。


 そして舞翔には出来なかったからこそ、キリルには同じわだちを踏んで欲しくない。


「ねぇ、キリル」


 自分の名を呼んだキリルを振り返り、舞翔はもう一度彼の手を取った。

 強く握り締め、その瞳の奥を覗き込むようにじっと見つめる。


 キリルのローズレッドの瞳は水面のように揺れていた。


「信じて何て、もう言わない。あなたをもっと傷付けるかもしれないし、救えるかどうかも分からない」


 そうだ、何一つ確証はないし。確約も無い。

 まして約束など出来ない無責任な要求だ。


「それでも私は、貴方と本気でバトルがしたい! 真正面からぶつかりたい!」


 ローズレッドに、栗色の輝きが映し出される。


 それはキリルにとって余りに綺麗で、眩しくて、そしてとても暖かな、光。


「だからお願い、私にあなたの本当の気持ちを教えてよ!」 

 

 その光は確かに、キリルの中で凍っていた何かを溶かし始めた。


 胸が熱い。


 とてもとても、熱い。


「オレもっ」


 凍らせていた熱望が、欲望が、キリルを腹の底から焚きつける。


「オレも君と、本気のバトルがしたいっ」


 気付けば舞翔に握られた手を強く握り返していた。


「もうこれ以上、逃げ続けたくないっ!」


 それは叫びだった。キリルが初めて心の奥底にあったものを吐き出した、叫び。


 それを聞いて、まるで自分の事のように嬉しそうに微笑む舞翔に、キリルは瞳を奪われる。


 それは紛れも無く、キリルにとっての――


「舞翔っ、オレを助けて」


――救いの光、だった。




2024年、最後の投稿になります!


読んでくださる皆様に、心からの感謝を…


来年も、完結まで頑張ります!!


未来で読んでくださっている皆様にも、御礼申し上げます!



2025/1/18 キリルの一人称を訂正しました。

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