第6話 『私が、バトルする!』
「空宮!」
会場中の視線が、武士のその声で一斉に舞翔へと集まった。
混乱しざわめき出した会場で、今一番困惑しているのは間違いなく舞翔だろう。
「ソゾン、ちょっとタイムな!」
武士はソゾンにそう言い放つと、バトルフォールドから抜け出して舞翔の下へと向かって来る。
どうしよう、どうすればいい?
舞翔が動揺でおたおたしていると、不意に突き刺さるような視線を感じた。
「!!」
見ればソゾンが鋭い殺気と共に舞翔を睨んでいるではないか。
ソゾンのシアン色の瞳の中、確かにそこに、舞翔が映っている。
その事にまるで雷に打たれたような衝撃が走り、舞翔は金縛りにあったように動けなくなった。
「空宮! やっぱりバトルドローンが好きなんだな!」
更に次の瞬間、モーセの海割りよろしく人混みが二つに割れる。
目を輝かせ駆け寄る武士と、冷や汗まみれで真っ青な舞翔。
「空宮!?」
とにかく逃げなければ、逃げたいと、その一心だった。
舞翔は武士に背を向けると、全速力で走り出す。
ソゾンと目が合った瞬間、喜びよりも先にどうしようもない恐怖が舞翔を襲った。
推しを見る事には慣れていた。
けれど、推しに見られる事など未来永劫想像もしていなかった。
今までの勘違いとは訳が違う。
正真正銘、バトルを邪魔した異物として、嫌悪感と共に睨まれたのだ。
舞翔の心臓はきゅっとなって、泣きそうである。
「空宮っ! 危ない!」
だから舞翔が何かに足がひっかかったと、気付いた時にはもう、バランスを崩して前のめりになっていた。
しかも運悪く、そこは階段。
転ぶだけでは済まないことくらい、一瞬で理解出来た。
あ、これはもしかしたらヤバイかも。
舞翔はやけに冷静にそんな事を思い、最早成す術も無く衝撃に備えて目を瞑った。
直後、手首に感じた強い感触。同時に体中が何かに包まれ、どんという衝撃音がしたのに、体にそれほどの痛みは走らない。
周囲から悲鳴が沸き起こり、一階からもざわざわと喧騒が聞こえ出す。
「いっててて」
耳元で聞こえたその声に、舞翔はがばりと体を起こした。
「怪我ないか? 空宮」
目の前で、舞翔を抱えた武士がにへらと笑っていた。
舞翔は武士が庇ってくれたおかげか、体のどこも痛みはない。
いったい何が起こっているのか、舞翔は一瞬理解できなかった。
「おい!? 大丈夫か!?」
「ちょっと転んだだけでーす! けがはないんで大丈夫でーす!」
誰かの声に、武士が答える。
けれども舞翔は違和感を感じ、思わず武士の右腕を掴んでいた。
「っつ!」
「痛いんだよね!?」
武士の顔が苦痛に歪む。
同時に、舞翔の顔からいっきに血の気が引いた。
「っごめんなさい」
ひゅっと喉が引き攣った。
怪我をさせた舞翔への思いやりなのか、武士は何でもない風にしている。
けれどもその腕は、とても動かせるようには見えなかった。
すなわち。
「どうしよう、どうしよう私っ」
武士は今、バトルドローンが、出来ない。
舞翔は頭が真っ白になる。
「おい、いつまで待たせるつもりだ?」
その冷たくとげとげしい声は、文字通り頭上から降りかかった。
普段の舞翔なら間違いなく心躍っていただろう。
けれども今は、まるで死刑宣告のように聞こえる。
踊り場で倒れ込んだ二人を見下ろし、ソゾンは不機嫌そうに顔を顰めていた。
「あー悪い悪い、すぐ行くからっっ」
慌てて立ち上がった武士だったが、案の定痛みで立ち上がれずに、思わずといったふうにしゃがみ込む。
「まさか貴様、怪我をしたのか?」
ソゾンはとても冷たい顔で武士を見下ろしていた。
「そんな女を助けるために?」
凍てついた視線、蔑んだ瞳。
ソゾンの言葉に舞翔の胸が、まるでナイフで抉られたようにズクリと痛んだ。
舞翔の手が震える。
取り返しのつかないことをしてしまった。
今日我慢していれば、河原に行かなければ、記憶なんか、取り戻さなければ――
数々の後悔が頭の中を駆け巡って、けれどもどうすることも出来ずに、目の前の現実に途方に暮れる。
「空宮!」
舞翔は突如右肩をがしりと掴まれ、はっと顔を上げた。
目の前で、武士の真っ直ぐな瞳が舞翔を見ている。
「頼む、俺の代わりにバトルしてくれねぇか?」
武士は笑っているが、その片隅にも苦痛が見て取れた。
きっと相当に痛いに違いない。
それなのに舞翔を気遣うように、武士は笑っている。
そう気付いた瞬間、舞翔の心臓は強く強く、締め付けられた。
「で、できない。私、エレキストを持ってきてない」
「そっか、お前の相棒はエレキストって言うんだな」
武士は何故かとても嬉しそうに頬を緩めた。
舞翔の口から愛機の名前が出て来たことが、まるで心底嬉しいように。
「俺の“ゲイラード”を使ってくれよ」
舞翔は目を瞠る。
「出来ない!」
反射的に声が出ていた。
けれども武士は真剣だった。
「空宮なら出来る」
「で、出来ない! 無理!」
「出来る!」
武士の舞翔の肩を掴む力がぐっと強まる。
見れば武士の瞳はぎらぎらと燃えるような熱を持って、舞翔を捉えていた。
それは紛れもない“嫉妬”と“闘志”の炎。
「空宮がカラスから子猫を助けた時、カラスにも子猫にも一切怪我がなかった」
「!」
「あれは、誰にでもできる技術じゃない。俺にだって出来ない」
その時、確かに武士の熱い眼差しが舞翔の心を震わせた。
それはそう、まるで背中を押されるような感覚。
「おい、勝負しないのならば俺は帰らせてもらう」
しかし、今まで黙って様子を見ていたソゾンだったが、ついに業を煮やして階段を下り始めた。
「っ!」
舞翔は焦る。
武士VSソゾン。世界大会前のこのバトルは、紛れもなく決勝戦での二人の因縁に繋がる最重要シーンだ。
武士はここでソゾンに敗北し、次こそは絶対に勝つのだと決意する。
ソゾンはぎりぎりの勝利に、武士をより強く意識するようになる。
そして決勝戦で、ついに二人は激突し、武士が勝つ!
それが無ければ、アニメのストーリーは破綻する!
「っっわ、私が!」
「?」
気付けば舞翔はソゾンの腕を掴んでいた。
三人の動向を見守っていた観客がざわめく。
ソゾンは怪訝そうに舞翔を振り返った。極めて不快だとでも言いたそうな冷たい視線。
手に冷や汗をにじませながら、舞翔の心の中で思考が渦巻き始めた。
私がやってどうするの?
けれどこのバトルを舞翔は全て記憶している。
今までに誰にも見せたことの無い新技で、ソゾンは武士に勝利した。
今自分が武士の代わりに戦えば、あの熱い展開を、ソゾンの新技を、宇宙一間近で見ることが出来るということでは?
忘れてはいけないが、舞翔は生まれ変わっても好きで居続けるくらい、バトルドローンとソゾンが大好きなのである。
「おい、いつまで黙っている? 用が無いのならば放せ」
呼び止めておきながらいつまでも黙り込む舞翔にしびれを切らし、ソゾンは再び歩き出すため掴まれた手を振り払おうとした、が。
更に強い力で腕を引かれ、ソゾンは僅かに目を見開く。
舞翔は俯いていた。
「見たい、やりたい、やらなきゃ、だけど私はモブで……」
「おい、貴様……、っ!?」
ソゾンの背筋が、突如ぞくりと粟立った。
微かに垣間見えた舞翔の茶色い瞳、その奥に、ぎらりとした闘志が燃えている。
そしてそれに気付いた瞬間、ソゾンの口元は俄かに弧を描いた。
「空宮、頼む! 俺の代わりにソゾンと闘ってくれ!」
その武士の言葉が、最後に舞翔の背中を押した。
“主人公の代わりに”。
大義名分が冠された瞬間、舞翔の心を締め付けていた箍が、音を立てて弾けた。
「私が、バトルする!」
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※2025/5/6 改稿