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第58話 『二人きり、舞翔の告白』



「貴様の部屋はどこだ?」

「あ、そっちの――」


 声を掛けられ、慌てて舞翔はソゾンから身体を離し、場所を伝えた。

 抱き上げられたままではあるが、くっついていたことが急に恥ずかしくなって、見を縮ませる。

 そうして無事、舞翔の部屋までやって来ると、ソゾンは戸惑いなく部屋へと入り、慎重に舞翔をベッドへと下ろしてくれた。


「足を出せ」

「あ、うん」


 そしてそのまま流れるように、舞翔の痛めた足を手に取り、靴を脱がす。


「っ」

「腫れているな」


 するとソゾンは一度舞翔の部屋を出て行ったかと思えば、どこからか氷嚢と包帯を持ってきて、舞翔の足に当てた。


「あ、じ、自分で!」


 しかしソゾンは何を考えているのか、全くの無視である。

 舞翔の顔は気付けば真っ赤に染まっていた。


 ソゾンが足元で跪き、舞翔の傷付いた足を自身の膝に乗せ応急処置をしているのだ。


 恥ずかしくない筈が無い。


 しかし本人はそんなこと何処吹く風で、ピクリとも表情を変えず、真顔でやっているのだから、舞翔も騒ぐに騒げない。

 無言のまま、どれだけの時が経っただろうか。


 舞翔には永遠にも感じられる時間だった。


 一頻ひとしきり冷やし、テーピングが終わった頃、あれだけ痛かった足の痛みはかなりマシになっていた。

 手当が終わると同時にソゾンも立ち上がったので、舞翔は二つの意味でほっと胸を撫で下ろす。


 けれども、甘かった。


 今度は急に、舞翔の頬にソゾンの手のひらが触れたのだ。


「ひぁ!?」

「傷付いている。顔だけではない、全身擦り傷だらけだ」

「だだっだだっだ、大丈夫! あとは自分でっ、やる、からぁ」


 顔が沸騰しているのではないかというくらいに熱かった。


 咄嗟にソゾンの手を掴み頬から離させると、舞翔は俯いて、茹で蛸になった顔を隠す。


 けれどもソゾンの手は、再び舞翔のこめかみに触れる。


「ひぃ!」

「その痣も――」

「あ、こ、これ? これはその、ちょっとした事故で」

「事故?」

「わ、私が勝手に割って入って、手が偶然当たっちゃったの!」


 舞翔は顔を上げられなかった。

 ソゾンの顔が近いのだ、いつの間にか間近に迫っており、至近距離で囁かれ、心臓が痛いほどに跳ね上がっている。


 いったいこの状況は何なのか、死にかけて都合の良い夢でも見ているのか?


 けれどもこっそり抓ってみた太ももは痛かった。


(な、なんでぇ)


 何故だか今、舞翔は猛烈に泣きそうだった。


 キャパオーバーである。推しからの容赦のない優しさの供給に胸がはち切れそうだ。


 それでも舞翔は理性を総動員して、舞い上がりそうな気持ちを脳天から叩きつけるようにして、必死に押さえ付ける。


(ソゾンって最初から人との距離感結構バグってるんだよね! シアトルの倉庫の時も、パーティの中庭の時だって!)


 思い出して、舞翔の顔はいよいよもってボンっとでも音が出そうなほどに真っ赤に破裂した。


(神様、助けて!)


 ソゾンの手のひらが片方、舞翔の頬を包む。

 その手が舞翔の俯けた顔を掬い上げた。


「っ!」


 鋭い瞳が、舞翔を真っ直ぐに見つめている。

 舞翔の顔はいっそ可哀想なほどに赤くとろけて居た。


 困ったように眉を寄せ、情けなく眉尻を下げ、瞳はうるうるに揺れて、唇は微かに震えている。


 その顔を見た瞬間に、ソゾンの瞳孔が収縮した。


 ドクリと音を立てて心臓が一度大きく高鳴り、ソゾンの背筋をぞくぞくとよくわからない本能が駆け抜ける。


 けれども獣じみた欲望を、ソゾンは拳を痛いほどに握り締めることで抑え込むと、静かに舞翔から手を放した。


 ほっとしたような、名残惜しそうな、何とも言えない表情で舞翔はその手をじっと見つめる。


 それから二人の間に沈黙が降りた。


 どちらも話さず、かと言って動くことも無く、お互いに目を合わせる事も無く、ただじっとしていた。


 その沈黙に先に耐え兼ねたのは舞翔である。


「あ、あの。本当に、ありがとう」


 顔を見れず、おずおずと俯いたまま言った。

 返事はない。


「あ、その、ソゾンも私の所為で汚れちゃったよね!? 怪我はない? あの崖を私を抱っこしたまま上がったの、すごかったねぇ!」


 沈黙が痛い。


 舞翔は頭から湯気でも出ているのではないかと言うくらいに恥ずかしそうに一瞬上げた顔を、再び俯けた。


(恥ずかしすぎる!)


 舞翔の心が折れかけた、その時。


「――あの時」

「え?」


 舞翔は顔を上げた。

 途端、自分を見ていたソゾンの視線とバチリと目が合う。

 ソゾンは少しだけ驚いたように目を見開き、それからついと視線を横に外した。


「何故、助けに来たのが俺だと分かった?」


 今度は舞翔が、ただでさえ丸い瞳を更にまん丸く見開いた。

 彼の姿が見える前から、その名を呼んだことを言っているのだろうか。

 ソゾンの視線が、再び舞翔に向けられる。


 表情は無い、ただ真剣に、その瞳は舞翔を見つめていた。

 だから舞翔は少しだけ声を詰まらせながらも、真摯に言葉を選び、口を開く。


「分かってなかった、です」

「?」

「誰かの声が聞こえて、それで――あなただったらいいなって、そう思ったんだと思う」

「な、んだそれは」

「分からないよ! だけど、私にとってあなたは――」


 そこまで言いかけて、舞翔は言葉を切る。


(私にとって、ソゾンは)


 憧れで、推しで、そうだ――救いだった。

 前世でも、そして今も。


「あなたは、私の光。ずっとずっと――」


 ソゾンが息を呑む音が聞こえた。

 舞翔は真っ直ぐにソゾンを見つめ、前世から抱き続けた想いをなぞる。


「私はただ強いからとか、かっこいいからとか、そんな理由であなたに憧れたんじゃない。どんなに孤独でも、どんなに過酷な環境でも、決して挫けず努力を続けるあなただから憧れた。勇気をもらった! 私はあなたが、あなただから好き」


 ソゾンの瞳が見開かれる。

 その瞳孔は僅かに震えているように見えた。


「この気持ちだけは絶対に変わらない。ソゾンは私にとって、ずっと孤高の光なの!」


 直後、ソゾンの表情が急に強張り、俄かに紅潮する。

 吊り目が更にきつく吊り上がり、直後弾かれたように踵を返すと、部屋を出て行ってしまったのだ。


 舞翔はそれを、ただぽかんと見ていることしか出来なかった。


「怒らせちゃった、のかな?」


 そうして気付けばガクリと肩を落とし、舞翔は大きな溜息を吐いていた。


「いやそりゃ急にあんなこと言われたら気持ち悪いに決まってる! 何言っちゃってるの、私は!」


 顔を真っ赤に染め、頭を抱えながら、舞翔は思い出して更に顔が熱くなった。


「何よもう、孤高の光って」


 けれども確かにそうだった。

 そう――だった。


「なんだろ、これ」


 胸が痛い、未だにずっと、ずっと苦しい。

 ソゾンを思い出すだけで締め付けられて、苦しくてたまらないのに、どこか熱くてくすぐったい。


「ソゾン……」


 舞翔はベッドに寝転がった。


 するとようやく気が抜けたのか、急激に眠気が襲ってきて、欠伸を一つ。


 やがてうとうとと瞼が重くなり、舞翔は気付けばそのまま眠りに就いていた。





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