第5話 『邂逅! ソゾンVS武士』
「っな、なんで浦風くんがここに!? 朝の会は!?」
舞翔はベッドの上で後退りながら、何とかバトルを避けようと咄嗟に叫んだ。
「え? あぁ、寝坊しちまってさ! 走ったら校庭でコケて怪我しちまった!」
「いやなんでやねん!」と思わず項垂れた舞翔だったが、次の瞬間、武士の表情がふと真剣なものに変わり、びくりと肩が跳ねる。
「俺、お前とバトルしたい。何で逃げるんだ?」
その眼差しは、舞翔の心が思わず揺れ動きそうになるほど、真っ直ぐだった。
舞翔は武士が持つゲイラードにそっと視線を移す。
「本当は、私だって」
「え?」
けれどもぼそりと呟いてすぐ、舞翔はにっこりと作り笑いを浮かべてみせた。
「私、バトルドローンはもうやめたから!」
武士は目を見開いたが、舞翔のポーカーフェイスは揺るがない。
そう言えば前世でも、本心を殺すのはお茶の子さいさいだったっけ。
「なんでだ!? あんなに上手いのに!」
武士が思わず舞翔に掴みかかりそうになった、丁度その時。
「舞翔! あんた大丈夫!?」
舞翔の母、三都子が現れた。
武士は養護の滝川教諭に教室に戻るよう注意を受け、何か言いたそうにしていたが、無理矢理教室へと戻された。
舞翔は身支度をしてから、三都子と共に保健室を出る。
「やあ、舞翔」
そこに、なんとカランが立っていた。
「っカラン、さん!?」
「カランでいいと言ったろう、舞翔」
にこやかに微笑みながらも、カランの金色の瞳はもの言いたげに細められた。
その視線で彼が保健室での会話を聞いていたのだと悟ると、舞翔はわざとらしく顔を背ける。
「舞翔、お友達? ごめんなさいね。この子今は体調が悪いの」
「お母君ですか? 分かりました、話はいずれ。後で見舞いに花を届けましょう」
三都子の言葉にカランは案外あっさりと身を引いた。不穏な言葉も聞こえたが、今は無視である。
けれども歩き出した舞翔たちに、ひらひらと手を振っている、その笑顔が笑っていない。
見ればカランのもう一方の手にはコントローラーが握られていて、舞翔はぞくりと背に悪寒を感じながらも、急足で学校を出た。
足取りが重く、スーパー浦風に差し掛かった頃。
舞翔の視界にちらりとラズベリーレッドの色が映り込む。
「……へ? ソゾン……?」
思わず変な声が出た。
スーパー浦風の駐車場を、ラズベリーレッドの髪を靡かせ、颯爽と歩いて行く後ろ姿が見える。
「……っ!」
舞翔は息を呑む。
凛と伸びた背筋、堂々とした歩き姿。
後ろ姿だけでもハッキリと分かった。今、紛れもなく目の前に、ソゾンがいる。
けれども舞翔は、まるで隠れるように思わず顔を俯けていた。
「私は、ただのモブなんだから……」
舞翔の手は、いつの間にか服の裾を強く握りしめていた。
遠い背中、遠い憧れ、遠い存在。
手を伸ばしても、決して届かないほど、遥かに。
そんな舞翔の思いなど梅雨知らず、ソゾンはスーパー浦風の中へと消えて行った。
「っ良かった。武士VSソゾン、ちゃんとやりそうじゃん」
なんて事は無いように嘯けば、内側から責め立てるように、心臓がドクドクと音を立てる。
けれども舞翔は首を振ると、少し離れてしまった母の背中を追いかけた。
※・※・※・※
「……はぁ」
空調の利いた自室のベッドに寝転がり、舞翔は思わず重いため息を吐いていた。
モブだから、アニメを壊したくないから。
その一心で避けて来たけれど、舞翔の胸の一番深いところが、ぐつぐつと熱く疼き始めている。
武士やカランと思いっきりバトルがしたい。
ソゾンのバトルを、間近で見たい!
舞翔は拳を握り締め、枕を掴むと、思い切り顔を埋め「うぅ」と唸った。
それでも駄目だと我慢するのは、推しのためだ。
ソゾンは世界大会の決勝戦、武士とバトルをすることでバトルの楽しみを思い出す。
知らずうちに己を厳しく律し続けた果てに、雁字搦めになっていたソゾンの心を、武士が溶かすことでソゾンは成長し、第二部で強い味方となるのだ。
「それを邪魔するなんて、絶対に駄目」
呟き、窓の外の空をぼんやりと眺める。太陽は西に傾き出し、そろそろ夕暮れだ。
「これで無事、金曜日も終わり、かな」
ならばエレキストをクローゼットから出したい。
いや、でも念のため、世界大会が開催されるのを待ってからの方が。
立ち上がり、部屋の中を行ったり来たりしながら舞翔が逡巡していた時だった。
「ちょっと、舞翔!」
突然開いた扉と三都子の声に、舞翔は驚きすぎてちょっと跳ねた。
「唐揚げの粉を買い忘れちゃって、スーパーで買って来てくれない? これからおみつ様のドラマなのよぉ!」
※・※・※・※
「娘の心配より推しリアタイってどういうこと?」
結局三都子の推しへの愛に負け、舞翔は財布を持ってスーパー浦風へと向かっていた。
「なんでこの辺にはスーパーがあそこしかないの……?」
愚痴っていたらご近所ゆえにすぐに着き、緊張と不安で高鳴る鼓動を深呼吸して落ち着けてから、いざ、と店内へ足を踏み込んだ、直後。
「ソゾンが来てるってマジ!?」
突如として背後から舞翔を押し退けるようにして、男子二人が階段を駆け登って行った。同時に二階から普段聞いたことが無い程の歓声が沸き上がる。
バトルフィールドからだ、と悟った瞬間、舞翔の心臓がドクリと一度、大きく脈打った。
「マジだよ! 挑戦した奴等のドローンをのきなみ破壊して、十連勝だって!!」
どこからか現れた子供たちが口々に騒ぎながら二階へと集まっていく。
鼓膜に響くのは、ソゾンのドローン、アイブリードの低い飛行音。
その状況に、舞翔の鼓動は尋常ではない早鐘を突き始めていた。
「武士VSソゾン、これからってこと……?」
そう認識した瞬間、舞翔の体中を、どうしようもない興奮が駆け巡った。
見られる、見たい、武士VSソゾンが、今この上で……!
「駄目、我慢、我慢!」
舞翔は目をぎゅっと瞑った。
もし見に行って、アニメが壊れてしまったら……!
しかしふと、アニメで見た二階フロアを埋め尽くすほどの観客が思い出される。
「あれなら、紛れれば私なんて見えないのでは?」
舞翔の思考は高鳴る鼓動に支配され始めていた。
そもそもモブの自分が少し主人公と関わったくらいで、本編に影響を与えてしまうなんて、そんなことがあるのか? 無いのでは?
そんなの、とんだ思い上がりなのでは?
だってこうして、無事に武士VSソゾンは実現しているじゃないか。
気付けばうずうずする気持ちを抑え切れず、舞翔は階段に足を掛けていた。
だがしかし、その一歩に足が震える。
「駄目よ舞翔、もし万が一、億が一にもアニメ本編に影響したらどうするの!?」
そうなってしまったら、大好きなあの名シーンもバトルも見れなくなって、ソゾンも救われなくなってしまうかも。
しかし!
アニメ屈指の名バトル、『武士VSソゾン』が、今まさに舞翔の目と鼻の先で行われようとしている。
ぶるぶると握り締めた手を震わせながら、舞翔は目を瞑った。
「ちょっと……っ、そうよ、ちょっとだけっっ!」
だってモブだって、いいや、モブだからこそ、せめて一目、推しを拝みたいじゃないか……!
舞翔の足は、気付けば階段を駆け上がっていた。
喧騒が近付き、そこには何度もアニメで観た光景が広がっている。
忘れてはいけないが、空宮舞翔は筋金入りの『烈風飛電バトルドローン』ファンなのである。
「そうよ、台詞だって全部覚えてるっ。武士がこう言ったらバトルの合図!」
「ソゾン! この勝負」
武士の声は、もうハッキリと舞翔の耳に届いていた。
そしてその言葉に合わせて、舞翔も口を開く。
「「俺が勝ったらここにいるみんなに謝れ!」」
気付けば舞翔は人ごみを掻き分け、バトルフィールド目前までやって来ていた。
バトルドローンフィールドの周りには、ドローンを破壊され泣いている子供たちがちらほら蹲っている。
フィールドには武士が毅然として目の前の人物と対峙している。
武士が眉を珍しく険しく寄せて、睨んでいる相手、それこそが!
目の前に広がるアニメ通りの光景に、舞翔は夢の中に居るような気分だった。
全神経を集中し、脳内は待望の推しだけを映し出す。
肩程まであるラズベリーレッドの髪、きつい印象の切れ長な吊り目、まるで絵画のように整った顔。
ソゾン・アルベスク。
舞翔の唯一にして前世からの推しが今、目の前に、間近に、そこに立っていた。
「っ」
涙の香りが鼻腔を擽る。
膝から崩れ落ちそうになるのを何とか堪えて、高鳴り過ぎて痛みすら感じる心臓を片手で押さえる。
アニメでは描かれなかった手と甲の血管まで見えてしまって、思わず卒倒しそうになった。
これはアニメではない、現実にソゾンという人物がそこには居るのだと、言われた気がした。
「来世まで推せる」
その余りの神々しさに舞翔が思わず“手の皺と皺を併せて幸せ”した瞬間。
「空宮?」
それは、起こった。
「え?」
「やっぱり、空宮だ!」
会場がざわめいた。
声の方に思わず視線を向けてしまった舞翔は、その行動を激しく後悔する。
武士の瞳が、はっきりと自分を見詰めている。
「っっ!!」
舞翔は、武士に見つかった。
この、重要で重大な、アニメのシーンの真っ最中に。
お読みいただきありがとうございました!
少しでも気に入って頂けましたら、感想、レビュー、ブクマ、評価など頂けると大変勉強になります。
よければぜひぜひ、お声をお聞かせください!
※2025/1/21 改稿
※2025/5/6 改稿