第49話 『遭遇! 武士とソゾン』
「相変わらず凄いなぁ」
「あ、よお! 舞翔! 帰るところか? だったら一緒に帰ろう!」
舞翔に気付いた武士は、バトルフィールドの皆に別れを告げると、すぐに舞翔の下へとやって来た。
それから舞翔の顔を見て、目をこれでもかというくらいに丸くした。
「お前、どうしたんだよその顔!」
「え?」
言われ近くのショーウィンドウを見てみれば、先程殴られた痕が痣になって浮き出てきていた。
どう言い訳しようかと、しどろもどろ目を泳がせていると、武士が珍しく呆れたように肩を下げ、とても大きな溜息を吐いてみせた。
「舞翔って、けっこう滅茶苦茶だよなぁ」
「それ、武士が言う!?」
「言いたくないなら言わなくていいけど、それ、兄ちゃんもカランも発狂すると思うぞ」
武士の言葉が余りにも想像出来過ぎて、舞翔は考えるのを放棄した。
沈黙が流れる。
見れば武士は本当に珍しく少し険しい顔をしていて、舞翔はドキリとした。
視線を彷徨わせれば、武士の腕の怪我が視界に飛び込む。
まだまだギプスの外れていない、三角巾で吊られた腕。
それを見る度に、どうしたって舞翔の胸は締め付けられる。
「……どうして武士は、もっと私を責めないの? 怒らないの? 私の所為で武士は怪我をして、世界大会だって出られなかったの、に――っ」
はっとして舞翔は口を抑えたが、もう遅い。
それは舞翔が絶対に言うべきではないと今まで黙っていた言葉。
けれどもずっとずっと、どこかで思い続けていたことだった。
その思いは世界大会が進むほど、武士が自分たちの試合に目を輝かせるほど、バトルドローンのためならどこへでも駆けて行ってしまうほど、舞翔の中で膨れ上がっていった。
けれどもそれでも絶対に、聞いてはいけないことだったのに。
「ごめんっ、たけ「なぁ、俺さ」
すぐさま謝ろうとした舞翔の言葉を遮って、武士は余りにもいつも通りにあっけらかんと口を挟んだ。
その反応に、舞翔は困惑して眉を寄せる。
「すっげぇ楽しみにしてるんだぜ! 怪我が治ったら、お前と一番にバトルするの!」
何の曇りもない瞳ではっきりと言い切ってみせた武士に、舞翔は目が眩んだような感覚に襲われた。
「世界大会はやっぱり強い奴がいっぱい居てさ、めちゃくちゃうずうずはしてるぜ! 早く怪我を治して俺もバトルしてぇなって毎日思う。でも別にそれは世界大会じゃなくたって出来るだろ? 俺は強い奴と闘えれば、舞台なんて何処だっていい!」
そう言った武士の瞳は、太陽のように輝いていた。
眩しくて直視できないくらい、その光は強く、鮮烈に舞翔を照らす。
「っ、やっぱり、武士はすごいな」
目を細め、眉尻を垂れ下げ、舞翔は情けなく笑む。
それは羨望の眼差しだっただろうか、それとも武士の強烈な光のせいだったろうか。
どちらにせよ、これが主人公なのだと舞翔は思う。
一緒に居るだけでこんなにも救われる。
ひっくり返っても、ただのモブである自分にはこんなこと、出来やしない。
「眩しいなぁ」
「? まだ西日じゃないぞ」
首を傾げた武士に、舞翔はただ笑った。
そのまま二人、ドローンについてあーだこーだと談議しながら帰路に着く。
そうして暫く歩いていたら、いつの間にかホテルに到着していて、ロビーへと入った途端。
「!?」
舞翔は息を呑んだ。
「? 舞翔」
瞳に飛び込んだラズベリーレッドの髪。
舞翔は反射的に武士の背後に隠れる。
(しまったぁぁぁ! 思わず隠れちゃったよ自意識過剰!!)
そこに居たのは、ソゾンだった。
とにかく頑張るしかないと気を取り直した直後に、この体たらく。
しかしまさかこんなにも早くソゾンに出くわしてしまうだなんて、思っても見なかったのだ。
仕方がないではないか、と心の中で一人ごちる。
「なんだ? かくれんぼか?」
そんな舞翔の心中など露知らず、武士はそこそこのボリュームで声を発した。
直後ソゾンがその声に反応して何とは無しに武士へ視線を向ける。
運悪く、その瞬間に舞翔はソゾンの方を伺うように見てしまっていた。
その所為で、バチリ、目が合う。
(い、いやあああ! 頑張るって決めたけどやっぱり無理! 今日はこれ以上推しに冷たくされたくない! 精神衛生上それだけは!)
舞翔は思わず目が合った後のソゾンの冷たい反応を見たくない、と武士の背中に顔を埋めていた。
「武士っ! このまま私を部屋に連れて行ってお願い!」
視界を絶ったまま、武士の背中に縋り付きあくまで小声で訴える。
「?」
しかし返事がなかった。
それを不思議に思って顔を上げようとした直後、急に首根っこを掴まれたかと思えば、強引に武士の背から引き剝がされた。
「え!?」
「武士ってば、肉体言語に訴えるほど嫌だったの!?」などと驚く舞翔の視界に、その色は容赦なく闖入した。
いつの間にか見慣れてしまったラズベリーレッド。
舞翔はその瞬間誰が自分の首根っこを引っ張ったのか理解した。
した瞬間に、ドクリと痛いほどに心臓が高鳴る。
「お前、その怪我は――」
ソゾンだ。
そのシアン色の瞳は見開かれ、眉は険しく吊り上がり、眉間には皴まで刻まれている。
その唇が紡ぎかけた言葉を遮るように、突如舞翔の視界が誰かの背中で塞がった。
武士が舞翔を守るように立ったのだ。
「舞翔、疲れてるんだ。用があるならわりぃけどまた今度にしてくれるか?」
武士は言いながら、舞翔の痣に触れようと伸ばされたソゾンの腕を掴んだ。
その手の力にソゾンの表情が険しくなる。
武士はいつも通りにあっけらかんとした笑顔を浮かべていた。
けれども確かに、その手はぎりりと明確な力を持って、ソゾンを制したのだ。
「……」
ソゾンは一度武士をじっと見つめたかと思うと、手を振り払い何も言わず去って行ってしまった。
その背中をどこかほっとしながら舞翔は見送る。
けれども微かに、やっぱり胸がチクリと痛んだ。
そんな舞翔を武士は見ていた。
その表情はほんの一瞬、舞翔が気付かないほどのほんの僅かな時間、真剣な様子で舞翔を伺っていた。
「さ、兄ちゃんとカランのとこに行くぞ、舞翔!」
しかし直後、そう言った武士は磊落に笑っていた。
舞翔は途端、死刑宣告を受けたかのように顔面を蒼白させ、逃げ出そうとする。
しかし武士に首根っこを掴まれてしまってそれは叶わない。
「い、いやぁああ! せめて明日にしてぇぇえ!」
「だーめ、手当てしないとだろ」
「ご慈悲をー!」
その後舞翔がどうなったのかは、想像に難くないだろう。
こういう主人公が、大好きです。




