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第46話 『波乱のロビー! 縮まらない距離』




「ど、どうしてですか!?」

「ま、まだ理由までは聞けていない。とにかく! 君達は一度ホテルへ戻ってくれっ」

「それは、この棄権はくつがえらないということか?」


 焦る舞翔と、同じく落ち着かない様子の士騎を見かねたように、カランが口を挟んだ。


 その声色は低く、ことの次第をあまり良いと感じていないことが十分に読み取れる。


「そうだ、もうこちらの不戦勝で正式に手続きが終わっている」

「っそんな!」

「この事で観客たちから不満が出ないとも限らない、だから公式発表前にホテルへ戻っていて欲しい」

「そういうことなら、分かった」


 納得いかない舞翔に対して、カランは実に冷静だった。

 その姿を見て舞翔も思い直したように、自分の気持ちをぐっと堪える。


「分かりました」


 舞翔はまずエレキストを片付けた。

 それからカラン、武士と共にホテルへ向かうべく控室を出ると、選手達で賑わい始めたロビーを、重い気持ちで進む。


「不戦勝、だなんて」


 舞翔は動揺していた。

 本編で、こんな展開は一度たりともなかったからだ。


 中央アジアとのバトルは大草原フィールドで、実に爽快感のあるバトルが展開される。


 相手のドローンの特性もあり、非常にスピード感溢れる、舞翔の得意とするバトルだったはずなのだ。


(楽しみにしてたのに、こんなことって)

「ふざけるなっっ!!」


 その時、ロビーに響き渡るような怒声が耳を劈き、舞翔は驚きに目を見開いた。


「おいらは認めない! どんな状態でも闘う! それが騎馬民族の誇りだ!」

「だから、それは不可能なんだぁよ、ユル」


 突然始まった言い争いに、ロビーの注目が集まっていく。

 舞翔もまた思わず視線を向けていた。


「僕たちのドローンは動かないんだぁよ」

「即席でも良い、何とか動くよう修理をして戦う事は出来るはずだ!」

「それをしたら本当に僕の“ホライマド”も、君の“スティバリィ”も再起不能になってしまうだぁ」

「黙れ! そんなの、やってみなければ分からないだろう!?」


 舞翔は息を呑んだ。


 中央アジアのユルとガンゾリクである。


 今烈火のごとく怒っているのが『鋼鉄の騎馬』を二つ名に持つユル・ドルジだ。

 彼は大会最年少にして、かなり荒い気性の持ち主である。


 小柄な体格で、黒目がちな小動物のような目、鼻は低く所謂はなぺちゃ、太めの眉は神経質に吊り上がり先の方は帽子に隠れて見えなくなっている。


 対して宥めているのが『地平の遊牧民』の二つ名を持つガンゾリク・ダグワ。

 その大きな体のように大らかな性格の持ち主で、非常に理知的な人間である。


 背も高く、がっちりとした体型。細い目に山形の下がり眉、立派な鷲鼻が印象的だ。


 どちらも所謂中央アジアの遊牧民族らしい毛皮のついた帽子に、立て襟の丈が長い上着を帯で巻いた服を着ており、すぐに分かった。


「貴様は誇りを捨てるというのか!? 恥を知れ!」


 ただ呆然と見ているしかなかった舞翔だったが、直後ユルが鈍い音と共にガンゾリクを殴り付けた。


 ガンゾリクの大きな体が床に倒れ込む。


 それを見た舞翔は、考えるよりも先に足が動いていた。


「大丈夫ですか!?」


 無我夢中でガンゾリクを抱え起こせば、急な舞翔の登場にユルの方が驚愕し、目を瞠る。


 ユルは何か言いたげにわなわなと震えた。


 しかし結局何も言わず、その場から逃げるように走り去ってしまった。


「あ、ちょっと!」

「いいんです、助けてくれてありがとうなぁ、舞翔さん」


 ガンゾリクは礼を言うと、服を整えながら立ち上がった。


 そこへ武士とカランも駆け付け、急いで用意して来たのか、カランが水で濡らしたハンカチをガンゾリクに手渡す。


「ありがとう、すまないんだなぁ」


 受け取ったハンカチで頬を冷やしながら、ガンゾリクは苦笑した。


「いいえ、でも」


 舞翔は言葉を切った。


 何故棄権したのか、聞きたかったがどうにも聞いていいものなのか、迷ってしまったのだ。


 しかしそれを察したのか、ガンゾリクが先に口を開いた。


「こちらの勝手で迷惑をかけてしまっただぁ」

「そ、そんなこと!」


 首を振る舞翔にガンゾリクはにっこりと微笑んでから、かすかに視線を床へと落とす。


「実は昨日のヨーロッパ戦で、破壊されたドローンが直しきれてないんだぁな。戦おうと思えば戦えるんだけども、万全じゃないんだぁ。今後の試合を考えれば棄権するべきと僕が提案して、勝手に棄権したんだぁよ。でもユルは、君と戦いたかったから。怒るのも仕方ないんだぁよ」


 その話を聞いて、舞翔の隣に居たカランがこっそりと舞翔を盗み見た。


 “ヨーロッパ”。


 この単語が出てきて、舞翔が反応していない訳が無い、そう思ったのだ。


 案の定、舞翔の表情は凍り付いたように強張っている。

 カランはそんな舞翔の様子に、気付けば眉を寄せ目を細めていた。


「どうして……っそんな」


 舞翔の声は震えている。

 そしてその直後、ロビーの入り口が開き、何者かが入って来た。

 反射的に顔を上げた舞翔の視界に、ラズベリーレッドの髪がゆらりと揺れる。


 ソゾンだ。


 舞翔の瞳が見開かれた。

 同時に隣でカランの体がわななく。


「あいつら……!」


 ソゾンとペトラは涼しい顔で、さも何事も無いように控室へと歩いて行く。

 舞翔はそんなソゾンに、視線を向ける事が出来なかった。

 咄嗟に俯いた舞翔のすぐ横を、ソゾンが通り抜けていく。


「!」


 その時舞翔は、自分に冷たい視線が刺さったのを感じた。

 横切る寸前、ソゾンがひどく冷たい瞳で舞翔を一瞥したのだ。


「っちょっと待って!」


 気付けば舞翔は、縋るように手を伸ばしていた。その手が、届かなくなる寸前に、ソゾンの手首を乱暴に掴む。

 立ち止まったソゾンは、感情の無い表情で舞翔を振り返ると、掴まれた手に緩慢な動作で視線を向けた。


「なんだ?」


 とても低く、威圧感のある声だった。

 舞翔は今までにないソゾンのその態度に、思わず口籠る。


 何か、違う。


 舞翔がこれまで接して来たソゾンとは、決定的に何かが違っていた。


 そのことに怯み、二の句が告げられない。

 すると鋭い目付きを更に鋭くして、ソゾンは舞翔の手を振り払った。


「貴様に構っている暇は無い」


 冷たく吐き捨てられたその言葉、同時に歩き出したその背中。


「ここまでする必要っ、なかったんじゃないかな!?」


 遠ざかる背中に、舞翔は咄嗟に叫んでいた。

 舞翔の表情は切実で、苦し気に歪められている。


「どうしてっ、どうしてここまでするの!?」


 舞翔はエレキストを壊された前夜、ソゾンに掛けられた言葉を思い出す。


 努力は消えて無くならないと、言ってくれたのは誰でも無いソゾンだった。


 それを分かっている人が、他人ひとの努力を踏みにじるようなことを、どうして?


 アニメでだって、ここまではしなかったじゃないか!

 

「っ!」


 振り返ったソゾンは、まるでよく出来た人形のようだった。

 指先まで端正に作られているのに、感情だけは持ち合わせていない、そんな人形。

 その、無感情な瞳。


「あぁ、なんだそんなことか。すまないな、そいつらが弱すぎたようで……手加減が足りなかったかな?」


 目の前に居るのは誰だろうか。

 昨日までと同じ顔で、まるで誰かに言わされたようなセリフを並べる、この人は。


 舞翔は、分からなくなった。

 あんなに偉そうに憧れだと啖呵を切った癖に。

 大好きな憧れが、今、こんなにも遠く感じる。


 舞翔の表情が剣呑に変わった。

 眉を顰め、その瞳には困惑と怒りが同時に灯る。


 そんな舞翔の目を無感情に見つめ返したソゾンは、不意に舞翔の目の前まで歩み寄ったかと思うと、上半身を屈め、唇をわざと舞翔の耳元へと寄せた。


「憧れ、なのではないのか?」


 舞翔にしか聞こえない、囁くような声。


「安い言葉だな」

「!?」


 それだけ言うと、ソゾンはあっさりと去って行ってしまった。

 その背中を追いかける事も出来ずに、舞翔はただ、立ち尽くす。


「舞翔」


 ソゾンが去ってから微動だにしない舞翔に、最初に歩み寄ったのはカランだった。

 優しくその肩に触れようとした瞬間、ふいに舞翔が顔を上げる。


「あはは、ごめんね、私」


 舞翔は目を細め、下がり眉で困ったように笑っていた。

 その表情にカランは眉を顰める。

 武士もガンゾリクも。戸惑ったように言葉を呑んで、気まずい沈黙が流れた。

 それは舞翔が、笑っているのに酷く泣きそうな顔をしていたからだ。


「っっ、ごめんみんな、私お腹がすいちゃったから、先に帰るね!」


 舞翔は焦った様子でひと息に言うと、まるで逃げるように行ってしまった。

 その後を咄嗟に追いかけようとしたカランだったが、肩を誰かに掴まれ止められる。

 武士だ。


「今は一人にしてあげた方がいいんじゃないかな」





楽しくなって来ましたね!!!

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