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第44話 『月夜に光る髪飾り』



 舞翔は自分に覆い被さり、右肩を押さえつけて来るソゾンを、強い視線で見つめ返した。

 それはシアン色の瞳の中にある、ソゾンの本当の感情を探すように。


 真っ直ぐに、臆さず、恐れず、ただじっと、真剣な眼差しで。


「っ、何だその目は? 失望したのか? だがこれがお前が憧れていた者の正体だ! どうだ、ざまあみろっ。貴様の憧れなど、何処にも存在しないだろう!?」


 瞳を微かに震わせ、僅かに舞翔から身を退きながら、ソゾンは確実にたじろいでいた。


 舞翔の視線はソゾンを捉えて離さない。


 その瞳に怯えるように、ソゾンの喉が一瞬引き攣る。

 けれども直ぐにそれを掻き消すように、怒りと共にソゾンの瞳孔どうこうが収縮した。


「俺にどんな夢を見ているか知らないが、勝利にのみ価値があり、結果こそすべてだ! 生き残るためならどんな泥水でもすすってきた! どんな手を使おうと、どれだけこの身が汚れようと、誰を蹴落としても! 俺達のような虫けらが生き残るには、そうするしかないのだからっ!!」


 ひと息にそこまで捲し立てると、ソゾンの体は完全に舞翔から退いていた。

 上半身を起き上がらせ、舞翔の上で自身の顔を片手で覆い隠し。

 その手の隙間から垣間見える瞳は焦点が揺れるほどに見開かれている。

 その表情は台詞とは裏腹に、とても苦しそうで、何かに怯えているようにも見えた。


「貴方は、虫けらなんかじゃないよ」

「!?」


 直後舞翔の口から零れ落ちた言葉。


 その言葉にソゾンが怯んだ、一瞬。


 舞翔はその一瞬で、ソゾンの胸倉を力いっぱいに掴んだ。

 そして。


「形勢逆転! 油断したね、ソゾン」


 気付けばソゾンは、星空を煽ぎ、舞翔に見下ろされていた。

 その時、ソゾンは自分の身に何が起こったのか分からなかった。


 しかし舞翔によって態勢を反転させられたのだと、彼女の瞳の中に映る間抜け面の自分を見て初めて理解する。


 見上げた舞翔は笑っていた。

 まるで悪戯をし返した子供のように、無邪気で楽しそうに、キラキラと輝いて。


「私だって、守られるだけのお姫様なんかじゃない」


 ソゾンを押し倒し、その首根っこを掴みながら、舞翔は憮然と言ってみせた。

 舞翔は何より、とても心外だったのだ。


 目の前にいるのは、自分の人生にとって全てだったと言っても過言ではない、憧れの推しだ。好きで好きでたまらなかった、生まれ変わっても大好きな人だ。


 主人公である武士よりもソゾンを好きになったのは、自分と似た孤独という境遇の中でも、強く真っ直ぐに努力していたから。


 その孤高の強さが、舞翔には眩しかった。

 孤独の中の、一筋の光だった。


 それは絶対に、永遠に、変わることは無い。


 その自分の大切な気持ちまで、こんなことで奪われたくない。

 何よりその強さを、彼の信念を、覚悟を、ソゾン自身の口からおとしめる言葉を聞きたくない。


 そんなことを、言わせたくない。


 髪色と同じ栗色の瞳が、強い眼差しでソゾンを見つめる。

 それから舞翔の小さな口が、少しだけ乱暴に開かれた。


「こんなことで失望なんか、絶対にしないっ! 私の憧れを甘く見ないでよねっ! ゾゾン!!」


 渾身の力を込めて言い放った舞翔は、月光のもと、まるで太陽のように眩しく煌めいていた。


 その姿に、激しい焦燥感がソゾンを襲う。


(何故だ? 何故こいつは折れないんだ? 何故ここまでされて俺を避けようとしない、逃げようとしない? なぜそんな目で俺を見る!)


 舞翔の瞳は熱を帯び、宝物でも見るようにソゾンを見つめていた。


「ふざけるな!」


 その目で見るな、これ以上俺に構うな、そんな怒りにも似た感情がソゾンを襲う。


 けれどもそれと同時に、全く別の想いがソゾンの中で渦巻いていた。


 その気持ちを誤魔化すかのように、ソゾンは力任せに上半身を起き上がらせると、再び形勢逆転、舞翔を押し倒した。

 先ほどと全く同じ態勢だ。同じ、はずなのに。


「!?」


 自分の下に組み敷かれた、舞翔の小さな体を意識した瞬間、ソゾンの鼓動はどくりと大きく高鳴った。


 少しだけ驚愕しながらも、あまりにも無垢に自分を見上げる舞翔の瞳。


 手を伸ばせばすぐに閉じ込めてしまえる、無防備な温もりにソゾンは頭が真っ白になる。


――欲しい。


「っ!!」

「……ソゾン?」


 その瞬間、ソゾンは己の奥底から湧き出したその欲望に、戦慄する。


「舞翔!」


 直後何者かが駆け寄って来る音がして、それがカランであると気付いた時にはもう、ソゾンは頬を殴られ、舞翔の上から地面へと倒れこんでいた。


「見損なったぞ、男の風上にも置けないくず野郎!」


 烈火の如き怒りと共に、カランが叫ぶ。


 それから直ぐにカランは舞翔を抱き上げると、殺意にも似た視線をソゾンへと向けた。


 ソゾンは倒れたまま呆然と動かない。


 いいや、動けない。


 その姿にカランは一度表情を険しく歪ませたが、困惑して眉を下げる舞翔に気付くと、すぐにソゾンに背を向けて舞翔を連れ去って行った。


 誰も居なくなった中庭で、ソゾンは殴られて赤くなった頬に触れる。


「熱い」


 それは痛みで熱くなっていたのか、或いは――。


 未だ早鐘を突く心臓に、ソゾンは表情を険しくしながらも埃を払い、立ち上がる。

 それからふいに、地面で何かがキラリと光ったのが目に留まった。


 歩み寄り、それを拾い上げる。


「これは」


 ラズベリーレッドの花びらに、シアン色のビジューが付いた髪飾り。


 それは確かに舞翔がつけていたものだ。


 気付かないはずがない。

 まるで自分のような色だと、バルコニーで一目見たその瞬間に、気が付いていた。


 そして同時に、その胸元に下げられたネックレスが、彼女を連れ去ったあの男の牽制だということも。


「っはは」


 ソゾンは髪飾りを握り締めると、暗闇の中、一人乾いた笑みを浮かべた。


「面白い。いつまでその憧れが続くかな? 空宮舞翔」


 心を殺す。


 その気持ちに気付いたら、きっと生きてはいけないから。


 生きる為、心を殺して、殺して、殺して――ソゾンの心に唯一残ったもの。


 それは胸をざわめかせる何ものかへの“怒り”、だけだった。





舞翔とソゾン、今後の二人の関係と、カランの反応にご期待ください!

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