第43話 『ぶつかる想い! 舞翔とソゾン』
「やっぱり、ソゾンはソゾンだ」
そう言って、舞翔は微笑んだ。
「…っ!」
しかしソゾンは拳を握り締めると、どこからか湧き上がる怒りに、ぎりりと奥歯を噛み締める。
舞翔の間の抜けた表情に、腹が立った。
その純粋な瞳にどうしようもなく、心がかき乱される。
何も知らない癖に、知ったような口をきくことも。
何もわかっていない癖に、憧れだと警戒心無く近付いてくることも。
今みたいに、平気で話しかけてくることも。
何もかもが、気に入らない。
気に入らない、はずなのに。
ソゾンはBDF対アメリカ戦当日、練習場で舞翔がゲイラードを操る姿を、自然と目で追ってしまっていた。
あの時の彼女はまるでゲイラードを操れておらず、実に哀れで惨めな姿をしていた。
曲がりなりにもスーパー浦風で自分を負かせた実力は、どこへ消えてしまったのか。
その体たらくに腹の底から、言葉にできない苛立ちがふつふつと沸き出していた。
イライラして、それは自身の練習に支障が出そうな程に膨れ上がる。
だから、追いかけた。
そうしたら彼女は、階段の踊り場で情けなくも、ソゾンの名を呟いているではないか。
けれどもソゾンにはすぐに分かった。
彼女は彼女の中にいる、彼女が憧れるソゾンを呼んでいるのだと。
それは自分では無い。
彼女が勝手に作り上げた偶像だ。
腹が立った。
必要なのは彼女の中で作り上げられた偽物の“憧れのソゾン”。
今ここに立っているソゾン《自分》では無い。
だからあの時、ソゾンは気付けば彼女を傷つけ、怒らせるようなことばかりを吐き捨てていた。
何故か?
それはきっと、剥き出しの感情をさらけ出すその時だけ、舞翔の瞳がソゾンを真っ直ぐに映すから。
ソゾンは無意識のうちに、舞翔の心の中を暴こうとしていたのだ。
そして現に、ソゾンは暴いた。
彼女の心を。
けれども結局、彼女を救ったのは傷つけるばかりの冷酷な“吸血鬼"ではない。
彼女を優しく包み込む、春風のような“王子様"。
“仲間ごっこ"が作り出す、甘ったるい世界で舞翔は再起した。
それは非情な世界で足掻き続けるソゾンにとって、あまりにも住む世界が違っていた。
そう思ったら、何故だかとても虚しくなった。
虚しくなった、はずなのに。
(くそっ、何故だ)
アメリカとのバトルの最中、自分を見た彼女のことが。
宣言通り勝利してみせた彼女のことが。
アメリカの悪事の真相を知った彼女のことが。
今目の前で、間抜け面で安心したように笑う彼女のことが。
こんな時だけ、自分を真っ直ぐに見ている彼女のことが。
――どうしてこんなにも、頭から離れないんだ!!
「ふざけるなっっ!!」
何もかもが、全て煩わしい。
※・※・※・※
静寂を切り裂くように響いた怒声に、舞翔の両肩がびくりと跳ねた。
「聞いたのだろう? アメリカに。俺が何をやったのか、お前に何をしたのか!」
舞翔は困惑し、眉を情けなくハの字型にする。
ソゾンは怒りで我を忘れたように、眉尻を吊り上げ舞翔を睨み付けた。
「なぜ平然としていられる!? なぜ笑う!?」
びりびりと空気が揺れる。
空気を伝ってその怒気が直接舞翔にぶつかって来るような感覚だった。
夜の闇に怒りに満ちた瞳が浮かび上がる。
その眼光に、舞翔は無意識で身を強張らせた。
「貴様がこの俺をどう思っているかは知らないが、勝手に貴様の理想を押し付けるなっ!」
ゆらり、気付けばソゾンの体は転んでしゃがんだままだった舞翔に、覆いかぶさるようにして迫っていた。
「っ!?」
そのまま両手首を乱暴に掴まれ、引き上げられたと思った直後、地面に仰向けで押し倒される。
「やっ、やめ」
「――それで抵抗しているつもりか?」
ソゾンの体が完全に舞翔に覆い被さった。
それぞれの手首はソゾンの手によって地面に押しつけられ、その拘束から逃れようと必死に抵抗するも、悲しい程にびくともしない。
暗澹の中で月明かりを背負ったソゾンは、逆光によってその全てを闇に呑まれてしまったようだった。
目の前に居るはずの男の顔が、表情が、何も見えない。
それは闇だ。
闇の中でただひとつ、シアン色の瞳が自分をぎょろりと見つめている。
そう認識した瞬間、舞翔の心に一瞬にして恐怖が沸き上がった。
「震えているな、怖いのか?」
ソゾンの声に、愉悦が混じっているのが分かった。
目の前に居るのは本当にソゾンなのだろうか?
震える舞翔の頭の中で、ふいにマリオンの言葉が蘇る。
『あのタイプの男を信じたら痛い目見るよ?』
あぁそうか、と舞翔は思った。
『冷血の吸血鬼』とはよく言ったもので、月明りを背に舞翔に牙を剥くソゾンは、まさしくこの世の者ではない、恐ろしい化け物のように見える。
こんなソゾンを舞翔は知らない。
舞翔の知るソゾンは、テレビの画面の向こう、決して手の届かない憧れの存在だった。
自分を目の前にして、こんなにも怒りを顕にする姿など、想像したことも無かった。
怖いかと問われれば、怖い。
ほら見ろ痛い目を見ただろうと言われれば、そうだと肯定せざるを得ない。
けれど。
「……怖くなんか、ない」
「っ?」
ぼそり、舞翔は呟くと、その瞳に強い意志を宿し、強烈な眼差しをソゾンに向けた。
「怖くなんかないわ、馬鹿にしないで!」
有りっ丈の強がりをかき集め、叫ぶ。
今目の前に居るソゾンを、舞翔は知らない。
それでも舞翔は、ずっとソゾンを見て来たのだ。
物語の中で闘い、嘆き、怒り、時には苦しみ、そして最後には笑顔を浮かべたソゾンを。
何千回、何万回と、ずっとずっと、見続けて来たのだ。
目の前にいるのは間違いなく“ソゾン”だ。
得体の知れない化け物なんかじゃない。
ここで引いたら自分が抱いて来た彼への憧れも、想いも、全て失ってしまいそうで、怖い。
けれどもそんな舞翔の強がりは、いとも容易く崩されてしまう。
「そうか?」
いつの間にか手首から離れていたソゾンの左手が、舞翔の右肩をぐいと押さえ付けた。
その肩に触れた手の熱さと、強く掴まれた感触に舞翔は思わず表情を歪める。
「こうして押さえ付けられて、抵抗も出来ないのにか?」
ソゾンは瞳を細め、その口元で三日月を作った。
嘲笑っているのだ。
大好きな少し高いソゾンの声、それが自分を小馬鹿にする声色で、舞翔の恐怖と羞恥心を撫ぜるように真上から響く。
「力が無ければ奪われる、自分自身の力で生き残るしかない。俺達はそういう場所で生きて来たんだ。貴様のように常に誰かに守られている、甘ったれには分かるまい」
声が段々と低く、重くなっていく。
気付けばソゾンの表情は、凍り付いたように冷たい無表情に変わっていた。
「敗北は、即ち死だ」
何の感情も籠っていない、空虚な声。
けれどもその声が、何故だか舞翔には助けを求めているように聞こえた。
縋るように、祈るように、それは確かに舞翔の心の中に溶けるように染み込んで、強く強く胸を締め付ける。
(この人は、ずっとこうして生きて来たんだっ)
目の前で自分を見下ろすこの人は。
この、どうしようも無く孤高で、冷酷で、けれども優しさを捨てることも出来ない、この人は。
(だって今も、本当に痛くなるほどは強く掴んでいないんだ)
分かってしまう。
だって舞翔は、ずっとソゾンを見ていたから。
ずっとずっと、見続けて来たから。
だから舞翔は、今この瞬間、強くソゾンを見つめ返した。
このターン、もう少し続きます!




