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第42話 『邂逅! 月下の中庭と吸血鬼』




 舞翔は抜き足差し足忍び足、見事バルコニーから抜け出すことに成功した。

 マリオンとジェシーの討論は、それはもう白熱していた。

 しかし舞翔には、その内容を聞いている余裕などない訳で、あとは勝手にやってくれと半ば投げやりな気持ちで置き去りにして来た。

 未だ賑やかな会場を歩けば、先程舞翔のもとを訪れた大人たちの姿もチラホラ見える。


(ここじゃ落ち着けない)


 今はとにかく、一人になりたい。

 舞翔は給仕が出入りするのに併せて、するりと会場を抜け出した。

 階段を降り、エントランスを見渡せば、出口とは逆にもうひとつ、外へ通じる扉がある。


 どうやら中庭へと通じているらしい。


 何とはなしにそちらへと足を向けた。


 思った通り、中庭はパーティ会場とは対照的にとても静かで、思わずほっと息を吐く。

 綺麗に整えられた植物や木がたくさん植わった西洋風の庭園。照明は無く、ホテルから漏れる光だけで照らされた庭は薄暗く、今の舞翔には非常に都合が良い。


 そこに置かれていたベンチを見つけ腰を下ろすと、舞翔は盛大に大きな溜息を吐いていた。


(まさか今回のドローン破壊も、ベルガの命令だったなんて)


 舞翔はその“初出しょしゅつの情報”に思わず頭を抱えてしまった。

 アニメの往年のファンであり、全てを知り尽くしていると言っても過言ではないと豪語している自分が、全く知らない情報。


(そんなの、もう今後どうなるか分からないってことじゃない!)


 そこなのである。


 舞翔はアニメを見ているが故に、ある程度有利にここまで闘って来れた。

 知っていると言うことはそれだけ有利であることは火を見るより明らかである。


 けれどそれでも今回エレキストを破壊されてしまったのは、まさかソゾンが関わっているなどと、夢にも思わなかったからである。


(よく考えれば、ソゾンが個人的に私を訪ねて来るなんて、あり得ないよね)


 今までも自分からソゾンに会いに行くか、偶然会うかのどちらかだった。

 部屋まで訪ねて来るなんて、空から蛙が降って来るくらいには、あり得ない出来事だと今なら分かる。


(しかもベルガに私がソゾンのこと好きだって思われてるみたいだし!)


 ソゾンを利用して舞翔を誘き出した時点で、絶対にそう思われている。


 好きである事に変わりはないが、あくまでファンとして、憧れとしてである。


 ベルガがどう思っているかは知らないが、そこを勘違いされていたら恥ずかしすぎて穴に入って出てきたくないくらいだ。


(ま、まさか本人にも誤解されてたりしないよね!?)


 舞翔は懊悩した。

 だというのにほいほいと推しカラーの髪飾りをしてしまった自分に後悔が湧き上がる。


 マリオンもこの髪飾りを見て好きだと勘違いしていた節がある。


 バレているではないか!


 だとすると、ソゾンが少しだけぎょっとしていたのは、この髪飾りを見てこいつヤバイと思ったからなのでは?


(ぎゃあああ! 恥ずかしさで死ねる!)


 己の短絡さを舞翔は初めて心底恨んだ。


(待って待って、今はそこじゃないそこじゃない、脱線してる)


 舞翔は深呼吸をして、一度落ち着こうと努めた。


 そう、今は羞恥心で死にそうになっている場合では無いのだ。


 問題は、舞翔の知らない情報がここにきて出て来てしまったことなのだ。


 つまりこれは世に出ていない隠し設定が存在し、それが他にもある可能性があるという、非常に由々しき事態なのである。


 もしこの仮説が本当なら、今後、本編通りに勝ち進んでいくと言う行為がかなり難しくなってくるのではないか?


 舞翔の知らない設定を出されたら、対処のしようがないのだから。


(どうしよう)


 舞翔の小さな肩に、今再び責任が圧し掛かる。


 自分が武士の代わりに世界大会で優勝する、なんて、最初から夢物語だと分かっていた。

 モブである舞翔が主人公の役割を全うできる訳が無い。

 ^_^

 その証拠に、既に本編とは大きくズレが生じてしまっているではないか。


(これから先も、もっと本編とズレていったら?)


 例えば、バトルで負けてしまったら?

 決勝へ、行けなかったら?


 それでも問題なく、この世界は進んでいくのだろう。

 これは現実で、この世界は本物なのだから。


 でもだからこそ、怖くなる。

 ドクドクと心臓が早鐘を突き始め、鼓動の音がやけに耳に付く。


 緊張と不安で早まった脈が、思考をマイナスへマイナスへと落としていく。


(そうしたら、主人公に救われる予定のソゾンはどうなるの?)


 心臓が、ドクリと鳴った。


 もしそうなってしまったら、ソゾンはずっとベルガのもとで利用され続けるのだろうか。


 バトルドローンを心から楽しむことも無く、ずっと感情を凍り付かせたまま、本当の自分を取り戻す事も出来ずに。


(私は知ってる。ソゾンは、優しい)


 舞翔の胸がズキリと痛む。

 ソゾンは基本的に冷酷だし、顔は怖いし、容赦がない。


 それでも世界大会が始まってから、舞翔は何度もソゾンの優しさに触れてしまった。

 普通の少年のように笑うソゾンを見てしまった。


「あれ」


 ふいに舞翔は思い出す。


(どうしてソゾンはアメリカとの試合直前、階段の所に居たんだろう)


 ゲイラードを上手く操れず、一人苦しんでいたあの非常階段に、ソゾンは現れた。


――ジャラリ。


 直後響いた足音。


 それは中庭に敷かれた砂利を誰かが近くで踏みしめた音だろう。


 舞翔は条件反射で顔を上げる。


 そこには表情を少しだけ強張らせたソゾンが、今まさに木陰から出て来たと言った態勢で立っていた。


 ソゾンは舞翔をみとめた途端、大きく舌打ちをすると踵を返す。


「あっ、ま、待って!」


 そんなソゾンを舞翔は思わず立ち上がり、追いかけようとした。


 直後不運にも履きなれないパンプスに石が突っかかり、思い切り転倒する。


 静謐な夜に似つかわしくない鈍い音と、何かが落ちたカチャリという金属音が同時に響き、顔面から倒れ込み地面とキッスする羽目になった舞翔は、余りの情けなさに思わず伏したまま顔を赤くした。


 恥ずかしかった。


 そして自分でも、何故ソゾンを追いかけようとしたのか分からない。

 混乱と羞恥心でしばらく蹲っていたのだが。


(て、せっかくのドレスがぁああ!)


 ドレスのことを思い出した瞬間、上半身をがばりと起き上がらせれば。


「っ!」

「!?」


 ゴンと、凄まじい音と共に後頭部に何かがぶつかった衝撃が走った。


「っっ貴様、何故突然起き上がる?」

「へあ!? ソ、ソゾン!?」


 後頭部の痛みに頭を押さえながら見れば、顔面を手で覆い同じく痛みに堪えているソゾンの姿が視界に飛び込んだ。


 鼻の頭が赤くなっているため、どうやら舞翔の後頭部と衝突したのはソゾンの顔面のようである。


「も、もしかして助けようとしてくれたの?」

「……っ黙れ!」


 まさに憤慨したとでも言いたげに、ソゾンは声を荒げた。


 いつもクールで表情もほとんど変わらないあのソゾンが、眉を吊り上げ怒りに表情を崩している。


 その余りにも現実感の無い光景に、舞翔は目が点になるのではないかというくらいに驚いた。


 それから急に何やらとても可笑しくなってしまって、腹の底からくっくと笑いが込みあげる。


「あっはははは! ソゾンもそんな風に怒るんだ!?」

「貴様っ、くそ!」


 ソゾンの顔が赤いのは、ぶつかったからだけでは無さそうだ。

 こうしていると、歳相応にいつもより少し幼く見えて、舞翔は何だかほっとする。


 けれどもどうしてほっとしたのか、その理由に舞翔は気付いていない。


「やっぱり、ソゾンはソゾンだ」


 気付けば舞翔は微笑んでいた。

 本当に嬉しそうに、とても幸せそうに。

 その笑顔に、ソゾンの瞳孔が収縮する。


「――ける、な」

「え?」

「ふざけるな!!」


 静寂を切り裂くように響いた怒声に、舞翔の両肩がびくりと跳ねた。







物語のパーティの本番は、パーティ会場ではなくパーティの裏側で起きる。

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