第41話 『ベランダに推し』
パーティは実に華やかに行われた。
立食形式で、それぞれのテーブルには豪華な食事やスイーツが並び、ウエイターウエイトレスが常に飲み物を配って回る。
会場もとても豪華で、白を基調にした内装に、豪華なシャンデリアがいくつも天井から垂れさがり、壁一面の窓からは、シアトルの夜景と海が一望のもとに眺められる。
そんな中、舞翔は押し寄せる関係者たちの対応に一人追われていた。
やれスポンサー契約だ、やれ芸能事務所だ、やれメディア関係者だ、やれ記者だ。
代わる代わるやって来る彼等のせいで、舞翔はパーティに来てから、飲み物ひとつ飲めていない。
何も食べずに来たものだから、空腹感もそろそろ限界だ。
しかし助けを呼ぼうにも、武士やカランも別の場所で関係者とあいさつをしていたり、士騎もお偉いがたの相手で大変そうで、とても頼れる状況では無かった。
(こんなの聞いてないよ! もう寄って来ないでよー!)
半ば泣きそうになりながら、舞翔がもう何人目かの名刺を押し付けられそうになっていたその時。
「そんなの真面目に相手する必要ないよ、カモン舞翔」
「へ?」
突然手を引かれ、見ればそれは、なんとマリオンだった。
どこか中性的な黒いレースのパンツドレスを身に纏ったマリオンは、仄かに化粧もしているのか、いつもより唇が紅く映えている。
「あ、ちょっと!」
引かれる侭に、歩き出した舞翔の後方から声がかかったが、これまた何処から現れたジェシーにひと睨みされると、誰も何も言えずに押し黙った。
ジェシーはマリオンとは違い、黒いタキシードに蝶ネクタイと正統派な出で立ちである。
そうして二人に守られるように連れて来られたのは、バルコニーへの入り口だった。
扉をマリオンが勢いよく開け放つと、潮の匂いを含んだ夜風が頬を撫ぜる。
「!」
「オーノー、先客が居たの?」
そのバルコニーに立っていた人物に、舞翔は思わず息を呑んだ。
ソゾンだ。
光沢のあるシルバーのスーツとベストに、髪色に似た紅色のネクタイを几帳面に締めている。
いつも姿勢の良い彼らしく背筋が伸び、そこからすらりと伸びた手足がスーツによく映えて、舞翔は思わず瞳を奪われていた。
何度も前世で見たことがある姿のはずなのに、現実で目の当たりにしたら、あまりに格好よく、背景の夜景も相まって、いっそ神々しさすら感じられる。
だが、瞳を奪われたのは舞翔だけではなかった。
シアン色の瞳もまた、レモンイエローのドレスを映すと、驚いたように見開かれたのだ。
「ソゾン!?」
思わず弾んだ声が出て、恥ずかしさから舞翔は頬を赤くする。
けれどもソゾンはそんな彼女を無視するように、無言でバルコニーから出て行こうとした。
「おいおい、ちょーっと待てよ」
しかしそれはマリオンとジェシーが許さなかった。
まずマリオンがソゾンの目の前に立ち塞がると、態勢を柄悪く屈めながら、ねめつけるように仰ぎ見る。
そんなマリオンにソゾンは一歩も臆することなく、実に冷静に視線を返した。
「退け」
「ノー、嫌だね」
「こちらは君に言いたいことがある」
マリオンの横にジェシーも並ぶ。
二人に行く手を阻まれ、そこでようやくソゾンは表情を不快そうに歪めた。
「俺は貴様らに用はない」
「伝言だけだよぉ、ベルガに伝えてくれない? “僕達はもうエフォートには従わない”」
「!」
それを聞いたソゾンは、微かに目を見開いたように見えた。
「勝手にすればいい」
しかしすぐ二人の横をすり抜けると、ソゾンは扉に手を掛ける。
「……っちょっと待って」
しかし扉にかけた手は、聞こえてきた震える声に、ピタリと動きを止めていた。
振り返らなくても分かる、今のが舞翔の声だと。
ソゾンは無意識のうちに、舞翔の次の言葉に耳をそばだてる。
「それって、どういうこと?」
舞翔の声は明らかに動揺していた。
ソゾンのドアノブを持つ手に力がこもる。
舞翔はソゾンの背を縋るように見つめたが、その背が振り返ることはない。
無言のまま扉を開けると、ソゾンは結局出て行ってしまった。
会場のざわめきが流れ込み、扉が閉まると同時にまた遠ざかる。
訪れた静寂に、舞翔は気付けばへなへなと座り込んでしまっていた。
「舞翔」
「舞翔さん」
左右から声を掛けられ、ハッと顔を上げる。
マリオンとジェシーはよく似た下がり眉で、舞翔を困ったように見つめていた。
それに「あはは、ごめんね」と苦笑しながら立ち上がろうとすると、ジェシーがすかさず手を差し伸べてくれ、舞翔は素直にその手を取って立ち上がった。
「その、今の話って」
「そのまんまだよ、舞翔のエレキストを壊したのはエフォートの指示があったから」
「オレ達のスポンサーはファントム社傘下の企業でね。だからと言って言い訳はしないが、その繋がりでエフォートから指示を受け、君のエレキストを破壊した」
筋は通っている、この期に及んで嘘を吐くというのも考えにくい。
だから二人が話している事は恐らく真実なのだろう。
そんな情報、本編には一度たりとも出て来たことは無かったのに。
だから舞翔は今回の件はアメリカの独断であると信じて疑わなかった。
まさかヨーロッパが関与しているなどとは微塵も考えなかった。
それなのに。
(ただの偶然だと思ってた)
けれどもだとしたら、あの日ソゾンはエレキストが破壊される事を知っていて、舞翔を呼び出した事にならないか?
いいや、そうじゃない。
エレキストを破壊するために、ソゾンが舞翔を誘き出したことにならないか?
そう思ったら、驚くほどにあの日の全てが腑に落ちた。
――腑に落ちて、しまった。
「そう、なんだ」
(そうだよね、そうでもなければソゾンが私に会いに来ることなんて、無いよね)
目を伏せる舞翔に、マリオンとジェシーは顔を見合わせる。
それからふいにジェシーが舞翔の髪飾りをじっと見つめた。
「もしかして君は、あの男の事が好きなのか?」
その突拍子もない質問に、舞翔は明らかに動揺して顔を真っ赤に染め上げる。
「ち、ちがう! 私は、その、ファンで」
「でもさぁ、やめておいたほうがいいんじゃない?」
「へ?」
マリオンの碧眼が真っ直ぐに舞翔を射抜いた。
その瞳に舞翔の心臓がドキリとする。
「君がどう思っているかは知らないけど、あいつは平気で人を蹴落とす奴だよ。そう言う場所で生きて来たんだ、同類だから分かっちゃうんだよねぇ」
マリオンの紅い唇が弧を描き、ゆっくりと細められた瞳は、まるで舞翔の奥底を覗いているようだった。
「君の気持ちも、知ってて呼び出したんだろ? 悪い男だねぇ」
いつの間にか近付いていたマリオンに耳元で囁かれ、舞翔は羞恥心で体中がカっと熱くなった。
けれど、ソゾンではない。
舞翔がソゾンを想う気持ちを利用されたのだとしたら、それは恐らくベルガの差し金だろう。
彼を想い、彼に憧れる気持ちは何も恥じることなど無い。
その筈なのに、何故だか舞翔は居た堪れない気持ちに襲われた。
(私にとってソゾンは憧れなのに、みんなに“好き”だと思われてる!?)
そう思ったら、途端に恥ずかしさから顔が赤く染まる。
「オレ達は君に感化されてしまってね。これからは何にも縛られず、自由にバトルがしたいと思った」
「そうそう、だからさ。あんな奴じゃなくって、僕にしなよ?」
突然、俯いていた舞翔の顔は、マリオンの両手で掬い上げられた。
頬に触れる冷たい手の感触と、目の前で微笑むマリオンの綺麗な顔に、舞翔は一瞬でパニックに陥り、目がぐるぐると回りだす。
「あのタイプの男を信じたら痛い目見るよ? 僕ならどろっどろに甘やかしてあ・げ・る」
マリオンはそう言ってウインクをしてみせた。
その状況に着いて行けず、舞翔がしどろもどろしているのを良い事に、マリオンは頬に口付けをしよう、とした。
「おい、マリオン」
それを止めたのは、ジェシーの手のひらである。
「邪魔しないでよ、ジェシー」
「いいや、今回は断固として邪魔させてもらう」
ジェシーは言いながら舞翔を自分の背に隠し、マリオンの前に立った。
「へぇ? ジェシーが僕の邪魔するなんて初めてじゃない?」
「感化された、って言っただろ?」
マリオンとジェシーが睨み合う。
舞翔は完全に置き去りである。
情報の整理が全くついていない。
だというのに目の前の男どもは自分を無視して喧嘩を始めてしまった、舞翔はそれどころではないというのにだ。
舞翔の頭の中はたったひとり、ソゾンのことでいっぱいである。
兎にも角にも落ち着いて、今は気持ちと思考の整理がしたい。
(よし、逃げよう)
舞翔の辿り着いた結論は、伝家の宝刀、脱兎であった。
そう、逆ハーレムです。




