第35話 『団結! BDFチーム』
「舞翔!」
「! カラン!?」
ソゾンが去った途端、カランがやって来たことに、舞翔は目をまん丸くして驚いた。
駆け寄って来たカランは、急にしゃがみ込んだかと思えば、許可も取らずに舞翔の体を強く抱きしめる。
「ちょっと、カラン!?」
その力の強さに、少しだけ息を詰まらせながら、舞翔は首を傾げた。
カランは離れるつもりが無いらしく、更に強く抱き締めながら、舞翔の耳に口元を寄せる。
「わざと負けたと言うのは本当なのか?」
耳元で囁かれた言葉に、舞翔の全身が反射的に強張った。
それを答えと受け取ると、カランはようやく少しだけ体を離し、至近距離で舞翔を見つめた。
そんなカランを見ることが出来ず、視線から逃げるように舞翔は顔を俯ける。
沈黙が降りた。
けれども先に沈黙を破ったのは、舞翔だった。
顔を上げ、自分を優しく見つめるカランを、覚悟を決めたようにじっと見返すと、ゆっくりと口を開く。
「結果的に勝てたかどうかは分からない、けれど最後に私は諦めた。本当に、ごめんなさいっ」
「……そうか」
舞翔の両肩に添えられたカランの手に力が入る。
舞翔は眉尻を下げると、本当に辛そうな表情で、それでもカランに頭を下げた。
カランは怒っているだろう、どんな叱責も受けるべきだと、覚悟してのことである。
「ずっと元気が無かったのは、それが原因だったんだな」
けれどもカランから発せられた声は、怒りなど微塵も含まない、それどころかまるで子供にでも言い聞かせる様な、とても優しい声色だった。
驚いて思わず顔を上げた舞翔は、今度はカランの表情に目を瞠る。
カランは瞳を細め、眉を下げ、とても優しい表情で舞翔を見つめていたのである。
「なあ、舞翔」
体が少し離れて、気付けばカランの大きな手が舞翔のマメだらけの手を、まるで大切なものを扱うように包み込んでいた。
「あの時君に全てを背負わせてしまったのは、俺の力不足だ」
「っそんなこと、絶対にない!」
反射的に叫んだ舞翔だったが、まるで蜂蜜のように甘い黄色の瞳に、優しい眼差しで見つめられ、思わず言葉を呑む。
その瞳から、目が離せない。
舞翔の心臓が、急に高鳴り出す。
「手、痛かっただろう?」
だから次の瞬間、カランの視線が手に移ったことに、舞翔は心底ほっとした。
あの瞳に見つめられ続けたら、体の芯から熱くなり、林檎のように赤くなってしまいそうだったから。
カランはいつのまにか取り出した包帯で、血の滲んだ舞翔の掌をくるくる巻いて行く。
その間、どこか穏やかな静寂が二人の間に訪れた。
舞翔は何となく落ち着かず、目の前にあるカランの顔を改めてじっと見つめる。
垂れた優しい目元に、長い下睫毛が美人の印象を与えるのに対し、金色の瞳は、瞳孔がくっきりと浮かび上がり、獰猛な肉食獣の雰囲気を醸している。
日によく焼けた黄褐色の肌に、朱色で描かれた額の紋様がよく映えて、柳のように流麗な眉は、長い髪と同じマルベリー色をしている。
そのマルベリー色の髪からはそこはかとなく良い匂いまで漂って来る。
性格のインパクトと押しの強さで、今まであまり意識してこなかったが、改めて見るとこんなにも美しい人に、軽率に抱き締められたり手を引かれたりしていたのか、と舞翔は急に恥ずかしくなった。
ふと、その金色の瞳が再び自分の顔へと向けられる。
真っ直ぐで強い、どこか熱を帯びた眼差し。
瞬間、舞翔の心臓は驚くほどに跳ね上がった。
「舞翔、俺達はチームだ。だから次こそ、正々堂々一緒に勝とう!」
その口から紡がれた言葉に、その力強い眼差しに、舞翔の心は激しく打ち震える。
視界で光がパチパチと弾けるような感覚。
それはきっと、嬉しいという感情だった。
視線を落とせば、血が滲んでいたマメだらけの手に、いつの間にか包帯が巻かれ終えている。
その手のひらに、不意にカランが唇を落とした。
「へ!?」
突然の行為に舞翔の顔が真っ赤に爆発した直後。
「そうだぞ、舞翔!」
「たったたたた武士!?」
舞翔の目の前に、突然さかさまの武士の顔が現れた。
驚きすぎて舞翔の心拍数は爆上がりである。
しかしそのお陰で先程のカランの行動がうやむやになり、舞翔は人知れずほっとした。
(びっくりした、王子様ムーブは心臓に悪いよ!)
そうこうしている内に、武士が隣に座り、舞翔の顔をじっと見つめる。
「俺はお前がバトルドローン大好きなこと知ってる、俺に怪我させたことにずっと責任感じてくれてることも。わざと負けたのだって、お前なりに考えがあったんだろ?」
「!! わざと負けたこと、気付いてたの……?」
武士は返事はせずに、ただにっこりと微笑んだ。
どうやら気付いていたらしい。その事に舞翔と、カランもまた驚いたように目を見開く。
すると直後、舞翔は気が抜けてしまったのか、大きく肩を落としながら思いっきり息を吐いていた。
(武士まで、気付いてたのか。なんだ、そっか)
さすがは主人公というべきか、天然に見えて意外と察しが良いと慄くべきか。
どちらにしろ、それでも何も言わずに変わらずそばに居てくれたことが、舞翔にとっては何よりもありがたかった。
「俺はお前を信じてる。だけどさ、俺達はチームだろ! ひとりで悩んだりするなよ。な」
武士は何てことは無いように、いつも通りに快活に笑った。
その笑顔に導かれるように、気付けば舞翔の表情にも笑顔が戻って、自然と頬が緩むのを感じる。
「うん、ありがとう」
気付けば自然と、口から零れていた。
目を細め微笑んだ舞翔に、武士は満足そうに口角をにっと上げる。
「あ、でも俺の怪我が治ったら絶対一番に俺とバトルしてくれよな! それで今回のことはチャラ!」
「っ、もう。武士だなぁ。でもそれは約束しかねます」
「え!? 何でだ!?」
「何時間も付き合わされそうだから」
「はは、違いないな」
「なんだよ、カランまで~!」
気付けば三人、いつも通りに笑っていた。
舞翔の脳裏に貼り付いていたソゾンの言葉は、いつの間にか影も形も無くなっている。
正しいか間違っていたかで言えば、わざと負ける行為は間違った行為だっただろう。
どんな理由があろうと、それは変わらない事実なのだ。
それでも今は、たった一人で苦しまなくて良い。
手を取って、一緒に悩んでくれる仲間がいる。
それは前世での舞翔には無かった、きっと欲しくてたまらなかった、温もり。
「二人が私のチームメイトで、本当に良かった」
舞翔は気付けば、両手を思い切り広げ、二人を抱き寄せていた。
武士はそれに嬉しそうに笑い、カランは少し照れたように頬を赤く染める。
その様子を通路から見つめていた影があった。
ソゾンである。
「……」
ソゾンは舞翔の様子を見届けるように一瞥すると、静かに去って行った。
舞翔にとって、二人は大切な仲間です。
そうなれたのかな?と思います。




