第33話 『秘策! やぶれかぶれのゲイラードV!』
「まさかこんな卑怯な手を使って来るとは!」
カランの怒声が響く。
士騎と武士の部屋で、BDFの五人は破壊されたエレキストを囲んで、舞翔から一部始終を聞かされたところだった。
「俺もここまでは想定していなかった。本当にすまない、舞翔くん」
全てを聞き終え、士騎はテーブルを挟んで正面に座る舞翔に、深く深く頭を下げた。
「っやめて下さい、監督」
「いいや、何も考えずアメリカの大会公式ホテルを利用し、君一人にエレキストの管理を任せてしまったこと、これは全て監督である俺の責任だ。だからどうか謝らせてくれ」
舞翔は首を振った。
こんな事、予測できる人間はいない。
そう、それこそ自分のようにあらかじめ知っていなければ、どうしようもなかったはずだ。
まぁ、知っていたのに結局どうしようもなかったのだが。
そんな皮肉を考えて、舞翔は深く肩を落とした。
「BDFはバトルドローンを大切な仲間、相棒と考えている。だからヨーロッパやアメリカのようにスペアは用意しない主義だ。それを逆手に取られたな」
本当に悔しそうに士騎は座っている自分の太ももを拳で叩く。
カランは舞翔の傍らに立ったまま、怒りで拳を震わせている。
「士騎、修理は?」
「駄目だ、間に合わない。基盤もやられているんだ、プログラムし直すことを考えても二日は欲しい」
「そう、ですよね」
部屋が静まり返る。
しかしたった一人、暗い雰囲気に呑まれること無く、あっけらかんとしている者が居た。
言わずもがな、武士である。
「舞翔、俺のゲイラードを使えよ」
然も当然のように、武士は言った。
「武士! お前何言って」
「兄ちゃん、もう出来てるんだろ? 俺の“ゲイラードV”」
「!」
舞翔は立ち上がり、真顔で武士を見詰めた。
「舞翔なら、出来るだろ?」
武士は珍しく意味ありげに微笑んでいる。
『ゲイラードV』。
そう、これこそが本編で武士がゲイラードを破壊されても大丈夫だった理由である。
相棒である愛機のパワーアップ!
何らかの理由で愛機が壊されるエピソードは、新機種登場のためにもホビーアニメとしては王道の展開なのだ!
「武士、なんで?」
「世界大会の前から準備してたんだぜ! めちゃくちゃ強いから心配するなよな!」
「そっ、そうじゃなくて!」
舞翔は眉尻を下げ武士をじっと見つめた。
対して武士は分かっていないのか、きょとんと首を傾げている。
「ゲイラードVって、それって、武士だってまだ一緒にバトルしてないんでしょう?」
「まぁ、そりゃそうだ」
「それなのに、借りれないよ!」
これにはカランと士騎も同意見なのか、押し黙ったまま静かに頷いている。
「何言ってるんだよ舞翔。どうせ俺はしばらく飛ばしてやれねぇしさ。それに、舞翔だったらきっとゲイラードも大喜びだ」
武士はやっぱり、微塵も考えを変える気はないらしく、磊落に笑ってみせた。
けれども舞翔はその申し出に素直に頷くことが出来ない。
現状、最早それしか手が無いことは分かっている。
それに実際、一度ゲイラードを借りてソゾンに勝利しているのも確かだ。
けれど。
「武士の言う通り、棄権以外に手があるとしたらそれしかないか」
士騎が呟いた。
「舞翔、俺が全力でお前をサポートする!」
カランもまた覚悟を決めたのか、そう言って自分の胸をどんと叩いてみせる。
「舞翔なら大丈夫!」
武士が純粋で真っ直ぐな眼差しを、舞翔に注ぐ。
そんな三人に囲まれる中、舞翔はひとり胃が痛くなりそうなのを必死に耐えていた。
冷や汗が頬を伝う。
ゲイラードV。
武士のバトルスタイルをより反映させた、居合斬りを模したような、一撃必殺技に特化した性能を持つドローン。
以前のゲイラードならばまだ、エレキストに似た部分もあり扱いやすかった。
しかし“ゲイラードV”は全くの別物だ。
舞翔の風を読み動き回ることで勝機を掴むバトルスタイルと、武士のまるで熟練の武士の如く、攻撃を受け流し続け活路を見出す戦い方では、性能があまりにも真逆すぎる。
「無理です!」
思わず天井を仰いで叫んでいた。
「舞翔くん! 大丈夫だ今すぐ練習場へ行こう!」
「今すぐ行ったって五時間くらいしか練習できないじゃないですか! 正気ですか!?」
「正気な訳が無いだろう! 君も今すぐ正気を捨てるんだ!」
「めちゃくちゃ言ってるこの大人ぁ!!」
気付けば舞翔は士騎に首根っこを掴まれ、練習場へと強制連行となったのだった。
※・※・※・※
朝食はゼリー飲料で済ませ、BDFチームは早朝の起き抜けから、ひたすら舞翔とゲイラードVの調整に全力を投じていた。
カランが相手を務め、もう何十回と仮想バトルを繰り返している。
だがしかし、舞翔はいつもの実力の半分も出し切ることが出来ないまま、時は刻一刻と試合時間に近付いて行く。
「二人とも、一度休憩しよう」
「っいいえ、まだやれます!」
「舞翔、無理は駄目だ」
カランに諭され、舞翔は渋々と練習を中断する。
ゲイラードVは、案の定なかなか舞翔の思うようには飛んでくれなかった。
それどころか拒絶されているような感覚すらある。
それはまるで、お前のような奴に俺を操らせはしない、と言われているようだった。
(どうしてっ、思うように飛んでくれないの!?)
“お前はバトルを愚弄している”。
ソゾンのその言葉が、舞翔の中で再び響く。
「舞翔?」
一人佇む舞翔の肩にカランの手が触れた。
その途端、舞翔ごびくりと肩を跳ね上がらせたのを見て、カランは目を見開く。
振り返った舞翔の瞳は、まるで何かに怯えるように揺れていた。
「あ、私。ちょっと、お手洗いに行ってきます!」
カランが異変を問うより先に、舞翔は逃げるように走り去ってしまった。
その背を追いかけることも出来ず、カランは立ちすくむ。
「カラン」
そこへ士騎がやって来た。
「何だ、士騎」
「分かっていると思うが、今回はお前が頼りだ」
「!」
士騎は真剣だった。
その言葉の意図をカランは十二分に分かっている。
少し冷たいようにも思うが、ゲイラードVを使った舞翔は恐らく負けるだろう。
それほどに、練習での彼女はぼろぼろだった。ゲイラードVをまるで操れていない。
全く慣れない機体だからか、そもそも性能と相性が悪かったのか。
けれどもそれだけではないと、カランは確信していた。
今の彼女は明らかに何かがおかしい。
何か重大な事を見逃しているような、嫌な予感がずっとカランの中にある。
けれどそれが何なのか、分からない。
その時だった。
「!」
不意にヨーロッパチームのソゾンが、練習場を出て行くのが目に入った。
カランは直感で、舞翔を追ったのだと気付く。
ソゾンはこの練習場に現れてから、ずっと舞翔の様子を注視していたのだ。
それは普通なら気付くことが出来ないほど、微かで分かりにくい所作だったが、誰よりも舞翔について敏感なカランにだけは一目瞭然だった。
恐らく彼は何かを知っている、カランの勘がそう告げていた。
「あ、おいカラン!」
「すぐ戻る!」
思い立ったら動かずにはいられない。
気付けばカランも練習場から駆け出していた。
自販機コーナーにも、お手洗いへ通じる通路にも舞翔の姿は無い。
けれども非常階段へ向かう通路にソゾンのラズベリーレッドの髪が消えていくのが遠目に見えた。
カランは追いかける。
追いかけながら、今日の舞翔のことを思い出す。
エレキストをあんな風に破壊され、彼女が一番ショックだったに違いない。
けれども舞翔は嘆く事はせず、ただじっと自分を責めているように見えた。
ゲイラードを代わりに使う事になった時、初めこそ弱音を吐いた彼女だったが、いざ練習場に来てからは、まるで憑りつかれたように練習に没頭していた。
自分を全く省みないその姿は、こちらがセーブしなければ、倒れるまで練習を続けそうなほどに危なっかしい。
「舞翔らしくない」
まだ出会っていくらも経っていないのに、それでもそう感じた。
まるで何かに追い立てられるように、舞翔は苦しんでいる。
それはアジアとのバトルの頃からでは無かったか?
それまでの彼女はカランが瞳を奪われるほど、ただ純粋にバトルに夢中だった。
けれども今は?
「どう……し、よっ」
気付けば非常階段のそばまでカランはやって来ていた。
どこからか聞こえて来たか細い声にハっとする。
やはり舞翔は非常階段に居た。
ソゾンが向かった、非常階段に。
直ぐに行ってあげなければと、カランが足を踏み出した、その時。
「どうしたらいいの? ソゾンっ」
「!」
舞翔の口からその名が出た瞬間、カランの足はまるで何かに掴まれたように動かなくなった。
次回、三角関係!!




