第3話 『一番やっちゃだめなやつ!? 秘密のドローンバトラー!』
舞翔は武士の背後から現れた美少年に、ピシャリと雷が走ったような衝撃を受けた。
仕立ての良い金糸の服に、額には赤い紋様が描かれている、育ちの良いいかにもな風貌。
インドのマハラジャ、“カラン・シン”である。
武士の相棒となって世界大会に出場する、まさに主役級のキャラクターだ。
「驚いたな、そのドローンにはまだ何か秘密がありそうだ。それに」
カランは言いながら、金色の瞳をゆっくりと舞翔へ向ける。
その視線に舞翔は「ひっ」と思わず悲鳴を上げた。
「君の操縦テクニックは、とても素人とは思えない。なぜ世界大会の予選に出なかったんだ?」
カランは一つに結った髪を尻尾のように揺らし、舞翔に一歩近づく。
その見定めるような視線に、舞翔は耐え切れず目を逸らした、先に。
「ドローン、完成したんだな!」
武士が好奇心を絵に描いたような瞳で、キラキラと舞翔を見つめていた。
子猫を優しく抱えたまま、武士は舞翔に駆け寄って来た。
「これはその、まだ試作というか」
無邪気な武士に若干の罪悪感を感じながら、舞翔は全力ですっとぼけた。
顔の毛穴という毛穴から冷や汗が流れ出している気がする。
「すっごいなー空宮! なぁ、俺と」
「こっ、子猫! 衰弱してるし、早く病院に連れて行かなきゃ!」
その先を言わせたらまずい、本能で悟った舞翔は苦し紛れに叫んでいた。
それは嘘ではないし、人道的に正論である。
武士もハっとしたように自分の腕の中の子猫を見やると、「空宮、どうしよう」と少しだけ情けなく眉尻を下げた。
「飼い主も母猫も近くに見当たらないんだよね……病院は近くにあるんだけど、でも、お金が……」
「それなら俺が連れて行こう。金のことなら心配無用だ」
武士と舞翔はほぼ同時に声の方を振り返った。
見ればカランが涼しい顔で挙手をしていた。
「カラン! 良いのか?」
「マハラジャの正当な後継たるもの、小さな命のため当然のことだ」
そう言って爽やかに微笑んだカランの後光に、舞翔は瞳を細めずにはいられなかった。
「さ、さすが女性人気ナンバー1の男っ」
思わず呟いていたが、カランたちには聞こえていなかったようで小首を傾げられた。
けれど、舞翔にとってそのカランの優しさがどれほど胸に響いただろう。
孤独な子猫に自分を重ね、救いの手に心からほっとした。
「本当にありがとう、カランさん!」
舞翔の心からの笑顔にカランは少しだけ驚いたように目を見開いたが、改めて向き直ると、手を胸に宛てて静かに辞儀をした。
「お嬢さん。改めて初めまして。俺はカラン・シンだ。その子猫は責任をもって俺が助ける、安心してくれ」
名乗られてしまったことに、舞翔はぐっと奥歯を噛み締める。
アニメ本編には関わるまい。
それは万が一にもバタフライエフェクトなんかが働いて、アニメの流れがぶち壊しになるのがいやだったからだ。
(なのにどうしてっ! 浦風くんどころか、カラン・シンにまで出会ってるの!?)
唇を噛み、複雑な気持ちで舞翔はカランを見つめた。
と、ふいに彼の穏やかだった金色の瞳に、僅かな冷たさが帯びる。
向けられた刺すような視線に、舞翔はびくりとした。
カランの瞳はまるで警戒するように、舞翔をじっと見つめていた。
「あっ、ありがとうございます! その子をお願いします!」
だから舞翔は慌ててそう発すると、「私は用事を思い出しましたのでこれにて失礼いたします、ごめんください!!」と一息で言い切り、一目散にその場から逃げ出した。
三十六計逃げるに如かず、今はこれ以上の墓穴を掘らないためにも去るのが一番だと判断した。
そんなみるみるうちに遠ざかっていく舞翔の背中を、残された武士とカランはぽかんと見つめていた。
しかしその背中が見えなくなった頃、カランは真剣な瞳で武士の方を向いた。
「とんでもないのを見つけたものだな、武士」
「言いたいことは分かってるぜ! カラン」
武士は満面の笑みを浮かべ、カランはどこか複雑そうに眉間に皴を寄せる。
「彼女の実力、そこいらのドローンバトラーとは比較にならないぞ」
「くうぅぅ、まさかこんなに近くにあんなにすごい奴がいたなんて!」
武士は心底嬉しそうに歯を食いしばった。
しかしカランは対照的に、深刻そうに顔を顰める。
その表情には影が差し、瞳は物憂げに伏せられた。
「後継として、恥じない努力を続けてきたつもりだったが……まさか」
「ん? どした?」
いつの間にか握り締められていたカランの拳は、武士の視線と同時にぱっと開かれた。
直後カランの口角がにやりと上がる。
「彼女、名は?」
「ん? あぁ、空宮舞翔っていうんだぜ。俺のクラスメイト」
「空宮舞翔、か。ぜひ手合わせ願いたいものだな」
カランは舞翔の去った方を意味深に見つめた。
それから二人は夕焼けの中、近くにあるという動物病院へと歩き出す。
そしてその一連を、アイブリードのカメラは収めていた。
「あの女……」
『我々の目的は世界大会での優勝だ。それ以外は全て捨ておけ。分かっているな?』
「……はい」
ソゾンは小さく頷きながら、その視線は自然と舞翔の背を追っていた。
※・※・※・※
「ただいまぁ」
「おかえりなさい、って、なに? そんなしょぼくれた顔して」
帰宅した舞翔を迎えた母、三都子は明らかにぎょっとした顔をしてみせた。
「また倒れたりしないでちょうだいよ? 水分はちゃんと摂ったの? まったく」
舞翔は「気を付けるよ」とだけ言って、二階の自室へと引っ込む。
「あんまり心配かけないようにしないとなぁ」
エレキストを机に置きながら、舞翔は溜息を吐いた。
前世では親を早くに亡くしたせいか、記憶が戻ってからの舞翔はどうも両親に弱い。
まぁ結果として、前世では孤独を紛らわすためバトルドローンに傾倒し、世界大会準優勝という実力を得たのだが。
「見られたかな……見られた、よねぇ」
どかりとベッドに座り、舞翔は両手で顔を覆いながら仰向けに倒れ込んだ。
「はぁぁぁぁぁ」
出るのは溜息だけだった。
舞翔は自分でも、自分の感情がよく分からなくなる。
大人になっても一人暮らしの部屋で見続けた、自分の人生の全てと言っても過言ではなかった、『烈風飛電バトルドローン』。
そしてその中でも、ソゾンは特別だった。
ルーマニアのいわゆるストリートチルドレンと呼ばれる存在だった彼は、子供たちを束ねるリーダーをしていた所を、“エフォート”に拾われる。
エフォートとは表向きこそバトルドローンのエリート教育施設だが、裏では身寄りのない孤児たちを集め、人道に反する過酷な訓練を課す、冷酷非道な無法組織だ。
ソゾンはそんな生い立ちながら、努力することを決して辞めず、挫けず、ただ真っ直ぐ突き進み頂点に立ち続けた。
その姿勢、精神力が親を失った直後の舞翔に勇気と希望を与えてくれたのだ。
――前世の舞翔にとってソゾンは、『烈風飛電バトルドローン』は、救いだった。
「私はその、モブなんだ」
名前どころか、姿だって見たことが無い。良いところ、背景にぼやけて描かれた程度のモブだろう。
「前世でも今世でもモブって……まぁ、そうだよね」
舞翔は前世の世界大会決勝を思い出し、思わずため息を吐いた。
何者かになりたくて、けれども結局準優勝で終わった、あの時のこと。
「私は結局、モブなんだよ」
ぽそり、零すように呟いた。
そんな自分が、主人公やその相棒に関わって良いはずがない。
ましてや、本編で武士に救われる予定の、ソゾンにだって。
「ソゾンと武士のバトルはめちゃくちゃ見たい! めちゃくちゃ見たいけどっ」
舞翔はベッドの上で膝を抱えた。
武士とカランに存在を認識された今、これ以上の危険は冒せない。
舞翔は覚悟を決めると、よしと大きく頷きエレキストへ向かった。
「ごめんね、エレキスト」
舞翔はエレキストをボックスに納めると、クローゼットの奥深くへとしまい、苦渋の表情を浮かべた。しかしこれで物理的にバトルは封印出来る。
あとは絵美の影でこっそり登校し、休み時間は図書室にでも隠れて、武士を避ければ。
「世界大会が始まれば浦風くんは私どころじゃなくなるはず。勝負は世界大会が始まる週末までの平日、明日明後日の二日間」
世界大会が始まり、アニメ本編が全て終わってしまえば、後は自由である。
それなら武士がバトルしたいと言うのならばいくらでも相手が出来る。
だがしかし、今は駄目だ。
ちょうど本編が始まったばかり、世界大会直前の今が狂えば、全てが狂う。
「浦風くんとこれ以上関わらないよう、逃げ切ってみせる。モブとして!」
舞翔はぎゅっと拳を握り締めた。
しかし武士だけでなく、カランの怪しげな眼差しも思い出し、胸がざわつく。
「舞翔ー! 早くお風呂入っちゃいなさーい!」
「ええい、モブの意地を見せてやる!」
階下から響く三都子の声を聞きながら、舞翔は武士もカランも振り切ってみせる、と心に誓った。
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※2024/12/30 改稿
※2025/2/16 改稿
※2025/5/6 改稿




