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第28話 『揺れる心! ユウロンの瞳』




 長い三つ編みがふわりと地面に向かって落ちて、糸目の隙間からぎろりと小さな瞳が覗く。


「女の子に乱暴してはダメ、誰にも教わらなかったカ? ソゾン」


 気付けば目の前にユウロンが立ち、いつの間に現れたのかルイもまた舞翔のすぐ横に立っていた。


「何のつもりだ?」

「それはこちらの台詞アル。女の子に何してるんだ、オマエ」


 ユウロンは静かに、けれど決して怯むことなくソゾンの前に立ちはだかる。


 それを邪険そうにしながらも、ソゾンはあくまで舞翔だけをぎらりと睨み直した。


 決して逃がさないとでも言いたげな鋭い眼差しが、再び舞翔をす。

 けれど自分はその視線に応える事は出来ないだろうと、舞翔は悟った。


 純粋なる勝負への熱望、渇望。


 物語をなぞっている以上、彼の求めるそれを舞翔は与えられない。


 それはきっと武士が持っていたものなのだ。

 そしてそれこそが、ソゾンから舞翔が奪ってしまったもの。


(本当、馬鹿みたいだ)


 大好きだった、何より大切だった『烈風飛電バトルドローン』。


 今それを、誰でも無い自分自身が、こんな中途半端な想いで壊している。


 舞翔の表情が曇る。


 俯き、眉間に皴を寄せ、力なく口角を上げた表情は、まるで自嘲しているようにも見えた。


 その反応にソゾンの中で怒りとも取れる感情が沸き起こる。

 それを察知したユウロンとルイが一斉に身構えた。


「おい、空宮舞翔!」


 名を呼ばれ、舞翔は顔を上げる。


 ユウロンとルイは舞翔を自分の背に隠すように動いた。

 けれどそんな二人などまるで見えていないように、ソゾンの視線は舞翔から決して外れない。


 シアン色の瞳の中には、ただ一人、舞翔だけが映っている。


 その事に気付いた瞬間、舞翔の心臓が掴まれたように収縮した。


「負けた方が良い勝負など、存在しない!」

「!」


 ソゾンは真っ直ぐに、ただ舞翔だけを見つめて言った。


 それは舞翔の問いへの明確な返答である。


 シアン色の瞳は揺るがない。


 けれどもだからこそ、舞翔は思わず目を逸らしてしまった。


 僅かな沈黙。


 視線を向ける事が出来ず、舞翔はただ耳をそばだてることしか出来ない。


 ソゾンなら、きっとそう言うだろうと何処かで分かっていた。

 けれども聞きたくなかった、と。

 舞翔はそう、思ってしまったのだ。


 ソゾンはそんな彼女を責めるように、鋭い視線で一瞥する。


 それに反応してルイが舞翔を隠すように動いたことで、今度こそソゾンから舞翔の姿は見えなくなってしまった。


 そのことに、ソゾンはまた苛立ちを覚える。 

 これ以上誰かに守られる彼女の情けない姿を見ていたら、怒りでどうにかなってしまいそうだ。


 けれどもその怒りの正体をソゾンは知らない。


 掴めないことへの焦燥感、分からないから焦慮しょうりょに駆られる。

 それは怒りというよりは、むしろ――


「チッ」


 舌打ちが響く。その音に舞翔はびくりと肩を跳ね上げた。

 直後ソゾンが踵を返しその場から離れていく足音が響く。


 その音が完全に消えてから、ユウロンが舞翔を心配そうに振り返った。


「大丈夫ネ? 舞翔」

「あ、りがとう。でも、どうして?」

「屋上から君が絡まれてるのが見えたアル。その後、ソゾンと連れ立って歩き出したのも。悪いとは思ったけど、ヨーロッパチームはあまり良い噂を聞かないネ、だから、その」

「倉庫の上から様子を見させてもらっていた」

「!」


 少しだけ言い淀んだユウロンの代わりのようにルイが言った。


 それだけで舞翔は悟る。


 聞かれたのだろう、わざと負けた話を。

 舞翔とユウロンの瞳がかち合う。


「わざと負けたって、本当アルか?」


 下がり眉に、悲しそうに寄せられた眉間。


 舞翔の胸は、ユウロンのその表情に、確かにズキリと痛んだ。


「……それは」


 言葉が出ない。

 わざと負けた訳ではない、そう言うのは簡単だろう。


 何故なら舞翔は諦めただけで、わざと負けたとまではいかないバトルだったのだから。


 けれど諦めなかったら、どうなっていたのだろう。


 それはもう、誰にも分らない。


「貴方に追い詰められて、撃墜されたのは本当だよ。だけど私はあの時、風を探すことを諦めた」

「!」

「ごめんなさいっ、本当に、ごめんなさい!」


 両手で服を握り締めながら、舞翔は深く頭を下げた。


 長い沈黙が降りる。


 舞翔はその間もずっと頭を下げる事をやめなかった。


 ユウロンが拳を握り締める。


 それを見て、舞翔はどんな罵倒も怒りも受けようと覚悟を決めた。 

 けれど。


「顔、上げて欲しいネ。舞翔」


 拳は開かれ、その手は優しく舞翔の頬に触れた。

 顔を上げたそこにあったのは、ユウロンのいつも通りの笑顔だった。


 その事に舞翔が目を見開いて驚いていると、ユウロンは「舞翔は深く考え過ぎだヨ」と少しだけ困ったように笑った。


「勝てたし、ぼくは全然怒ってないヨ。常に正々堂々全力で、なんてぼくだって無理アル」


 ユウロンは言いながら舞翔の背をとんとんと叩いた。


「それに君に本気を出してもらえなかったとしたら、それはぼくの力不足アル」

「っそんなこと!」

「“遊び”と言ったこと、謝るヨ」


 舞翔の目の前でユウロンが頭を下げている。


 その光景に一瞬呼吸を止めた舞翔だったが、すぐに「やめてよ!」とユウロンの肩に手を添えた。


 その手を、ユウロンががしりと掴む。


「!?」

「面白いアルなぁ」


 気付けばユウロンの両手は舞翔の手を捕らえるように握り締めていた。


 先程よりも近い距離でユウロンは舞翔を見つめる。


「君のその目、全然遊びの目じゃないアル」


 まるで鷲のような目だった。


 刺すように見開かれた瞳に舞翔は思わず全身が硬直する。


 直後だった、ルイの手がユウロンの手を掴み舞翔から引き剥がしたのは。


 それからまるでユウロンから守るように、舞翔の前にルイが立った。


「ユウロン」

「あー、ごめんネ。また悪い癖が出ちゃったヨ」


 先ほどの様子が嘘のように、次の瞬間にはユウロンはまるっきりいつも通りの胡散臭い笑みを浮かべていた。


「舞翔、送るから一緒に帰るネ」


 三人はその後、特に勝負の話はしないまま、いつものユウロンの軽口に舞翔が受け答える形でホテルまで戻って来た。


 ロビーへ入るとソファに座っていたカランが隣に座っていた武士を引っ掴み、血相を変えて舞翔に駆け寄って来る。


「舞翔! 武士がどういう訳か一人で帰って来たから心配していたんだ! 無事で良かった!」

「あ、心配かけちゃったみたいだね、ごめんね」


 カランは舞翔を見て心底安心したように大きく安堵の息を吐く。それから背後に立つユウロンとルイを威嚇するように睨み付けた。


「送ってくれたこと、感謝する」

「感謝してる態度じゃないアルね~!」


 ユウロンがカランをおちょくるように笑ったため、カランからブチっと堪忍袋の緒が切れた音がして、大討論へと発展してしまった。


 舞翔はその様子を、一人ハラハラしながら見守っていた。


 わざと負けたことを、ユウロンやルイがカランと武士にバラしはしまいかと、そんなことばかりが頭を支配していたのである。


 そんなさもしい自分が嫌になるが、それでも不安は胸から出て行ってはくれない。


「ユウロンも俺も、他言したりはしない。だから心配するな」


 が、ふいに背後からそう囁かれ舞翔は振り返った。

 ルイである。


 直後くしゃりと、まるで子供でも撫でるように少しだけ乱暴に舞翔は頭を撫ぜられる。


 そのことに舞翔は少し目を見開いて驚いたが、ルイの平然とした顔を見て、アニメの設定を思い出す。


 確かルイには弟や妹がたくさんいて、親代わりのようによく面倒を見ていた筈だ。

 だから弟や妹たちと同じ感覚で撫ぜられたのだろう。


 そう思うと少し情けなくなり、舞翔は思わず苦笑してしまった。


 前世の記憶がある自分の方が、中身はずっと大人だというのに。


「おーい、舞翔」


 と、今度は武士が舞翔のもとへとやって来る。


「元気ないけど大丈夫か? そうだ、一緒にさっき俺が見に行ったバトルフィールドに行くか? すっげぇ楽しそうだったぜ!」


 武士は相変わらず笑顔を弾けさせている。


 結局また心配をかけてしまっているらしいと、舞翔は慌てて笑顔を作り直した。


 けれども直後、武士の三角巾で固定された腕が視界に飛び込み、思わず目を細める。


「大丈夫だよ武士、ありがとう」

(武士はいつも変わらないけど、きっと誰よりもバトルドローンがやりたいはずだ。世界大会にだって、出たくて仕方ないはずだ)


 だからこそ、舞翔は益々何も言えなくなる。


 わざと負けたことが、こんなにも重荷になるなどと思ってもいなかった。


 いいや、本当は分かっていたのかもしれない。

 それでも物語のことを思えば、勝つわけにはいかなかった。


(物語通りに、進めなきゃ)


 だってそのために、自分は今ここに居るのだから。

 舞翔は改めて決意する。


「舞翔?」


 そんな舞翔を、カランがじっと見ていた事には気付かずに。

いつもお読みいただきありがとうございます!


これからも頑張って更新していきます。

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