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第24話 『苦しみの舞翔! すれ違いの非常階段』



 舞翔が目覚めたのはとっぷりと夜も更けてすっかり月が昇った頃だった。


 ぐっすりと眠っていたからか、しばらくは夢うつつで天井を見上げていた。


「舞翔くん!」

「舞翔!」


 するとそこに様子を見に来た士騎とカランがカーテンを開けて現れた。


 ベッド毎にカーテンで仕切られた部屋、舞翔はすぐにここが救護室だと気付く。


 そこから芋づる式に、試合直後に限界が来て倒れたことを思い出し、思わず怒られると身構えたのだが。


「無事でよかった!」

「無理をさせてすまなかった!」


 カランにはがばりと抱き着かれ、士騎には頭を下げられ、舞翔は混乱した。


「舞翔起きたのか、よく眠れたか?」


 そんな二人の後ろから、いつも通りのあっけらかんとした様子で武士が登場する。


 そのいつも通り過ぎるところが、今の舞翔には逆にありがたかった。


「えっと、こちらこそ心配をかけてすみませんでした。よく眠れたのか妙にすっきりしてます」


 言いながら、カランの手伝いもありつつ上半身を起き上がらせた舞翔は、少しだけ力なく笑った。


 負けてしまった、その事を誰も責めてはくれない。


 つまり、わざと負けたという事は誰にもバレていないのだろう。


 その事に少しだけほっとしながらも、胸の奥で確かにつきりと痛みを感じる。


「今日はもう帰ろうか。日本のスタジアムとも今日でお別れだからね、控室を片付けているところだったんだ。あと少しで終わるから、お前たちは先に外に出ていてくれ」


 そう言い残し、士騎は少しだけ慌てたように救護室を出て行った。


 片付けくらい手伝うのにとは思いつつ、舞翔は途中から参戦しても勝手がわからず邪魔になってしまうかもとも思い、素直に士騎の言葉に従う事にした。


 ベッドを出るとカランが当然のように手を差し伸べてくる。


 しかし舞翔はその手をどうしても掴むことに抵抗を感じてしまった。


「大丈夫だよカラン、ありがとう」


 だから苦笑しながらそう伝えれば、カランは眉を下げた表情で何かを言いかけて、ハっとしたように「そうか」と手を引っ込め微笑んだ。


「俺は士騎を手伝って来る。悪いが武士、舞翔を頼めるか?」

「ん? あぁいいぜ」


 カランはそれだけ言うと、まるで逃げるように士騎を追いかけて行ってしまった。


 そのどこかよそよそしい態度に、舞翔は手を断ったのは良くなかっただろうかと少し後悔する。けれども今の自分が彼の好意に甘える事はどうしても許せなかった。


「それじゃあ行こうぜ、舞翔」

「うん」


 立ち上がり、ベットサイドに置かれたエレキストのボックスに気付く。


 誰かが回収しておいてくれたのだろう。士騎だろうか。


 ボックスを持って、武士と二人スタジアムの外へと歩き出す。


 控室のフロアを通り抜ければ、BDFと同じく片付けをしているチームが多いのか、夜だというのにいつもより少し慌ただしかった。


「舞翔! 大丈夫さ?」


 途中、撤収準備中らしいフリオとエンリケに声を掛けられる。


「倒れたって聞いたさね」

「歩けてるなら大丈夫そうだけど」


 何やら異様に心配そうにしているフリオに対し、エンリケは至って平常だったが、別れ際に「これ」と飴玉を渡された。


「元気がない時は甘いものでもなめるといいよ」


 エンリケはそっけなくそう言った。


 舞翔はそれを見て驚いた顔をしたが、エンリケが真面目な様子で自分を見ていることに気付くと、思わず苦笑する。


 今の自分は元気が無いように見えているのか、いいや、それもそうか。


「ありがとう」

「別に、余ってただけだし」

「さっきわざわざ買ってたさね?」

「っ、フリオ」


 そんな二人のやり取りに少しだけ元気をもらい、くすりと笑いながら舞翔は飴玉を受け取った。


 二人と別れ、舞翔と武士はスタジアムの外に出る。


 少しの星と満月が、空で煌々と輝いている、昼間の喧騒が嘘のように静かな夜だった。


「なぁ舞翔」


 ふいに武士に声を掛けられ舞翔はドキリとした。


 振り返れば、まるで全てを見透かしたような瞳が真っ直ぐに舞翔を捉えている。


 武士はいつもの笑顔が嘘のように、真面目な顔で舞翔を見ていた。


「あのさ」


 舞翔の胸がざわりと波立つ。

 武士は何を言おうとしている?


 まさか武士にはわざと負けたことがバレているのか?


 途端に怖くなった舞翔は思わず武士の視線から目を逸らしてしまった。


 どうしよう、どう答えたらいい?


 鼓動が早まる。


「俺、ちょっとトイレ行ってきていいか!? さっきジュース飲みすぎちまったみたいで!」


 だがしかし、次の瞬間耳に飛び込んだ言葉に舞翔はずっこけた。


 顔を上げれば、武士が本当に切羽詰まった顔をしていた。


「早く行って来て!」

「ごめん! すぐ戻って来るからなー!」


 答えを聞くや否や、武士はスタジアムへと引き返して行った。


「もういっそごゆっくりだよ」


 舞翔は思わず溜息を吐きながら、けれども少しだけ軽くなった気持ちに「敵わないなぁ」と力なく笑う。


 辺りはいよいよ静かになった。


 夏の夜はまだ暑いが、今日は不思議と夜風が気持ちよく苦にならない。


 舞翔はスタジアムの非常階段の下に移動すると、そこに静かに座り込んだ。


 それから改めて、舞翔はエレキストのボックスを開けた。


 プロペラがひとつ壊され、トライ仕様になる前の傷付いた姿がどこか痛々しい。


 またメンテナンスしなければ、思いながら舞翔は指先でエレキストに触れた。 


「これで、良かったんだよね」


 そこで、ぼそりと。


「だってこの試合は、負けないといけなかったんだから」


 エレキストは何も言ってはくれない。


 そんなこと当たり前なのに、何故だか無性に寂しくなり、舞翔はそっとエレキストをしまった。

 ぼんやりと宙を眺めていると、記憶の底から暗闇が浮上してくる。


 舞翔は慌てて、それをかき消そうと首を振った。


 しかし一度思い出されたものを、無理矢理に押し込む事は出来ない。


 更に無情にも、一番思い出したくないものがまるで昨日の事のように、舞翔の脳裏に蘇る。


『どうして、お姉さん』


 少年が、悲しそうな顔で舞翔を見ている。


「っ!」


 たったそれだけの記憶だ。


 観衆はみな興奮の波に呑まれ、誕生したばかりの世界チャンピオンに惜しみない称賛が降り注ぐ。それなのに、彼はたった一人喜びの渦の中で舞翔を見詰めて悲しそうに眉を下げた。


 健闘の握手をしようとした、舞翔に向かって。


「違うっ、私は間違ってない、私が勝ったって誰も喜ばなかった! だからっ」


 頭を抱え、ぶつぶつとまるで呪文のように唱え続ける。


 間違っていない、負けるしかなかった、仕方なかった、あれが正しかった。


 けれども言い訳を並べれば並べるほど、舞翔の胸の底から憧れが舞翔を責め立てる。


(ソゾンだったら、きっとわざと負けたりしなかった)


 そうだ。


 舞翔の心を支え続けた彼は、手を抜く事など決して許さなかっただろう。

 自分がどうであれ、それこそ相手がどうであれ、努力を怠らない、決して諦めない。


 冷徹で、だからこそ彼は孤高で眩しくて、決して折れない舞翔の憧れ――。


 と、不意に。


(え?)


 コツンと、何かが頭に当たって地面に落ちた音がした。


 とても小さく感触も軽い“何か”。


 月明りに照らされキラリと光るそれを、舞翔は何とは無しに摘まみ上げる。


(これって!)


 気付いた瞬間に頭上を見上げた。

 非常階段には人影が無い。けれども確かにこれはそこから落ちて来た。


(これは、エレキストのネジだ!)


 その瞬間、どこかで扉が開いて閉じる軋んだ音が闇夜に響く。


「誰か、いた?」


 全身から血の気が引いて行く。


 居たとしたらいつから居たのか、少なくとも舞翔がこの場所に来た時から扉が開く音や階段を上り下りする音は聞こえなかった。


 だとしたら、()()()()()()()()そこに誰かいたことになる。


 つまりそれは舞翔の呟きを聞かれていたという事だ。


「おーい! 舞翔ー!」


 それを確かめようと、非常階段を駆け上ろうとした舞翔の背に、武士の声が飛んで来る。


 舞翔は踏み出しかけた足をびくりと元に戻すと、早鐘を打つ心臓を誤魔化しながら振り返った。


「おかえり、早かったね」

「兄ちゃんとカランも終わったみたいだし、帰ろうぜ!」


 舞翔は後ろ髪引かれる気持ちではあったが、その場は取り繕うしかないと武士の下へと駆けて行った。


 誰も居なくなった非常階段に、再びキィと乾いた音がして、次いで誰かがカツンと鉄の床を踏んだ音が響く。


 ラズベリーレッドの髪が風に揺れる。


 シアン色の涼やかな瞳は歩き去っていく舞翔の背をただじっと見つめた。


「わざと負けた、だと?」


 常から険しい表情を、眉間に皺を寄せ更に険しくしたソゾンは、手摺に乗せていた手をぎりりと強く握り締めた。


 ふざけている。


 けれども同時に、彼女が直後に発した震える声が耳に纏わりついて離れない。


(勝っても誰も喜ばない?)


 吐くほど甘い思考回路にはらわたが煮えくり返りそうなのに、それよりもソゾンの思考を占めるのは、「何故そんなことを」という気持ちだった。


 分からない、理解できない、意味が分からない。


 舞翔を想起し考えるほどに不愉快なのに、それよりも疑問の声がざわめき始める。


 アジア戦、彼女の動きにずっと違和感を感じていた。


 そのほんの少しの引っかかりが、胸の中でざわめいておさまらない。


 今も彼女が救護室から出て来るのを見て、この非常階段へ追いかけてきてしまうほどに、その本能をソゾンは止める事が出来ない。


「くそっ」


 ソゾンは吐き捨てるように零すと、自身の控室へ戻るべく扉に手を掛けた。

 


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