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第21話 『舞翔の決意と見知らぬ気持ち』



 太陽は南天した。

 いよいよ世界大会予選、二回戦。

 アジアとの対決である。

 BDFチームは気合も十分、既にスタジアムにベンチ入りしていた。

 相手チームどころか、まだ観客もまばらである。


「っし! いきましょう!」

「コラァ! 子供がこんなもの飲んじゃいけません!」


 舞翔が気合を入れて栄養ドリンクを飲もうと掴んだ瞬間、思い切り士騎に止められてしまった。


 確かにそれは大人でも効き目が強いであろう、覚醒に特化した栄養ドリンクである。


 自分が大人でも子供が飲むのはどうかと思うが、しかしまさか士騎がこんなにも小うるさいとは思わなかった。


 隠れて飲めばよかったと、舞翔は思わず舌打ちする。


「こら! 隠れて飲もうとしてるな!? 駄目だぞ、全く君は!」


 擬音をつけるならプンスカとでも出ていそうな怒り方である。


 しかし舞翔は栄養ドリンクでも飲まないとやっていられない状態だった。


 成人していたらお酒を煽りたい気分だ。


 仕方なくお気に入りの炭酸を一気飲みして、咳き込んだ。


「舞翔、大丈夫か?」

「だ、だいじょうぶふっ」

「あぁもう、そんなに緊張しなくても大丈夫だから! 勝てる、勝てるから!」


 しかしBDFチームは全員ずっとそわそわしていた。


 カランはむせた舞翔の背を擦りながら、その顔をじっと見つめる。


 彼女の様子は昨日からおかしかった、けれど顕著におかしくなったのは、ソゾンの試合を見た後からだ。


 突然控室から飛び出して行った舞翔を、全員で探していたが、スタジアム外を探していたカランは発見者にはなれなかった。


 後で武士にどこで彼女を見つけたかだけこっそり聞いてみれば、スタジアムからの通路で舞翔は立ち竦んでいたという。


 つまり、状況からして、ソゾンに会いに行ったということだ。


「ソゾン・アルベスク、か」

「っひ、はい?」

「何でもないぞ。咳はがまんするな、舞翔」


 カランは引き続き舞翔の背中をさすりながら、頭の中では舞翔とソゾン二人の関係について考え始める。


 世界大会前に舞翔はソゾンとバトルし勝利した。その映像はカランも見た。


 そして開会式、嫌味を言い放たれたのに対して舞翔は真っ直ぐソゾンに言い返した。


 だからどちらかと言えば仲が悪いものと思っていたのだ。


 しかし。


(二人の間に、何かあったのか?)


 南アメリカとの対戦後、舞翔はソゾンにありがとうと言った。

 あの時、あの瞬間の彼女の、きらきらとした笑顔をカランは忘れられない。


 その笑顔が、喜びが、自分では無くソゾンに向けられていたことが、釈然としなかった。


 そして今も、彼女はソゾンが負けたことにひどく動揺しているように見える。


(……?)


 何故だろうか、カランは胸でゆらゆらとくすぶる炎のような気持ちに疑問を抱く。


 舞翔は大切なパートナーであり、勝利の女神だ。

 尊敬と敬意と親愛をもって接しているつもりである。

 それではこの不満にも似た気持ちは何なのか。


「舞翔はソゾンをどう思っているんだ?」


 気付けばカランの口からはそんな台詞がこぼれていた。知りたい、分からない、そう思ったら聞かずにはいられない。


 垂れ目がちな目元で金色の瞳が真っ直ぐに舞翔を捉えている。


 その脈絡のない問いに舞翔は思わず驚愕で目を見開いた。


「どうって、ななななんで?」


 明らかに動揺した舞翔にカランは少しだけ眉を顰める。

 それから何故か急に舞翔にずいと顔を近づけた。


「へあ!?」

「教えてくれ、どう思っているんだ?」


 その声色と視線は至極真面目だった。

 だから舞翔は焦りながらもきちんと答えなければと言葉を探す。


「ソゾン、は」


 探し出す。


 自分も、相手も、一番納得できる答えを。


「憧れ、だったの。ファンだったんだよ!」


 これは間違っていない。その通りの事実だ。

 けれど何故だか口触りの良すぎる違和感がある。


 それは何故?


「だ、だからって本人に近付きたいとか痛いことは考えてないよ!?」


 けれども舞翔はその違和感に気付かないふりをして、ハの字眉で苦笑した。


 そう、調子に乗り過ぎていたのだ。


 ただのモブの癖に、一度バトルをして名前を憶えてもらえたくらいで舞い上がって。


 会話までして、知らずに思い上がってしまっていたのだ。


 だから自分から話しかけに行くなどという愚行を平気でやってのけた。


「もうこの話はおしまい! ほら、そろそろ試合始まるし!」


 改めて考え直すといちファンとしての自分の行動が痛すぎて、急にたまれない気持ちになり、舞翔は無理矢理に会話を終わらせようと敵側のベンチを指差した。


 そこには中国の拳法家が着ているような、揃いの黒い表演服の二人組が、いつの間にやらベンチ入りしており、指を差した舞翔に気付いたようで一人がひらひらと手を振った。


「え、うそ、この距離で見えたの?」


 スタジアムは広い。相手のベンチなど本当に豆粒ほどにしか見えない。


 それなのにこちらの様子に気付くとは、と舞翔は小さく悲鳴を上げてしまった。


 手を振ったのはユウロンである。


 泣きぼくろに糸目といういかにも胡散臭い見た目にたがわず胡散臭い性格の持ち主だ。

 ふわふわした印象の黒髪を後ろで太く長い一本の三つ編みにしており、もみあげ部分は太めの束がぴょんと跳ねたように飛び出している。

 気になる二つ名は『静寂の道士どうし』。常ににこにこ笑顔を浮かべているが、その笑顔が怖いと巷では有名だ。


 そして彼の横でベンチに瞑想するように座っているのがこん ルイ。

 背丈はユウロンより少し高いくらいで、細身のユウロンに対してルイは非情に武骨で胸板の厚いがっしりとした体躯をしている。

 すっきりとした一重にチャコールグレーの瞳と太い眉、鼻筋に白いテープが貼ってある。サイドは刈り上げ、上部は少し長めの毛を流したような髪型が特徴的だ。いかにも武人然とした彼の二つ名は『音速のけん』。


 二人のいかにも中国拳法をやっていそうな見た目と服装に舞翔はごくりと喉を鳴らす。


 いや、ファンブックでは実際に彼らは武術の達人だと書かれていた。


 そんな凄い奴らがバトルドローンをやっているのがホビーアニメのお約束である。


「二人とも、時間だよ」


 士騎が言う。


 気付けば会場も観客で満員となっており、ほどなくして大会DJがスタジアムに現れた。


 舞翔の緊張はいっきに高まり、何だか指先が冷たくなっていく気がして、小さく深呼吸をする。


(大丈夫、やれる。私なら)


 DJの掛け声と耳が痛くなりそうな歓声が、舞翔の胸を微かに震わせた。






次回、アジアチーム!

癖のある二人組がまたまた登場です!

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