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第20話 『綻びは広がり』





 控室のベンチに強制的に寝かされながら、舞翔はモニターに映し出される試合を見ようとしていた。


「駄目だ、君は少しでも目を閉じて体を休めておきなさい」


 しかしそれも士騎が遮ってしまった。


 無理矢理アイマスクを付けられて、タオルケットまで掛けられ、封印でもされているような心持ちである。


 とは言え疲れているのは本当だし、これ以上抵抗する方が疲れてしまいそうで、舞翔は大人しく士騎の指示に従う事にした。


(楽しみにしていたヨーロッパ対ロシア戦だったのになぁ。アニメではえがかれないんだよなぁ。まぁ、ヨーロッパは全勝で決勝行きだから結果は分かってるんだけど)


 舞翔に気を遣ってか、ボリュームはかなり小さく微かにしか音が聞こえない。


 武士やカランもいつもと違って静かに見ているようで、試合が始まったことは息遣いで分かったが、あとは興奮しているであろう「う」やら「おぉ」やらしか聞こえてこない。


(いや逆に気になって眠れないんですけど!)


 どうせならラジオのように解説してほしい、などと至極わがままなことを考えていた時。


『おーっと! これはどうしたことか、ソゾン選手押されているぞー!?』


 DJが発したその名前だけは、まるで耳に直接放り込まれたように聞こえてしまった。


「舞翔!?」

「こら、舞翔くん!」


 ガバリとタオルケットを投げ捨て、アイマスクも乱暴に外して、舞翔は気付けばモニターの前で呆然と立ち尽くしていた。


 モニターの中では、アイブリードが二機に同時に激しい攻撃を受けている。


 既にパートナーのペトラはソゾンを庇って撃墜されてしまったらしい。


(ロシアは確かに強い、公式ガイドブックでも決勝候補として紹介されてた。だけど、こんなに一方的にやられることなんて)


『アイブリード持ちこたえたー! ぎりぎりの所でキリル選手のアイフェリーを墜としたぞー!』


 まさにぎりぎりの攻防だった。


 舞翔が起きて来たことなど一瞬にして有耶無耶になり、その場に居た全員がモニターに釘付けになる。


 一対一、まだ余力を残した相手に対してアイブリードは既にぼろぼろだ。


 勝敗は火を見るより明らかなように思われた。


 そして事実、そうだった。


『勝者、ロシアチーム!』


 アイブリードは競り負けて、プロペラが外れ墜落した。


 控室は静まり返る。


 それは余りにもヨーロッパらしくない敗北だった。


 舞翔の鼓動が暴れ出す。


(嘘だ、あり得ない)


 ヨーロッパは絶対王者だ、アニメ本編でもそう言う風に描かれていた。


 あんなにボロボロになって負けるなんて()()()()()


 予選は全勝でリーグ突破、文句なしの決勝進出優勝候補。


「舞翔くん!?」


 気が付けば舞翔は駆け出していた。


 いったい何があったのか、どうしてこんな事になったのか。


 何より、モニター越しで観たソゾンの呆然とした顔が目に焼き付いて離れない。


(どうして、何で!?)


 舞翔の知っているソゾンは、勝利にひたむきで常に真っ直ぐに前を見ていた。


(こんなの、こんなのって!)


 どんな困難からも絶対に逃げたりしない強い瞳が好きだった。


 それは主人公の最後の敵として立ちはだかった時もそうだ。


 揺れない、曲がらない。


 だから憧れていた、ずっと。


 あんな魂が抜けたように愕然とする様を、舞翔は見たことが無かったのだ。


(ソゾン!)


 スタジアムから控室へと続く道。


 その真っ直ぐに伸びた通路で、舞翔はこちらへ向かって歩いて来るソゾンを見つけた。


 言葉が出てこない、けれども視線だけは真っ直ぐにソゾンを見つめる。


 彼の瞳はとても冷たく、まるで氷のようだった。


 その表情はぴくりとも動かない。


 視線は合わなかった。


 気付けば舞翔のすぐ横を、ソゾンは無言で通り過ぎようとしていた。


 風が揺らいで、ラズベリーレッドの髪がするりと舞翔の後方へと靡いて消える。


 舞翔はそんなソゾンを目で追うように振り返り、その背を苦し気に見つめた。


 ソゾンは振り返らない。


 何故だかそれだけの、そんなことが、舞翔の胸を強く強く締め付ける。


(私の所為だ)


 胸を握り締める。


(私が物語を変えたから……!)


「お嬢さん」


 頭上から突如降って来た声に舞翔の体がびくりと跳ねた。


 振り向いたそこに、ベルガは胡散臭い笑顔を浮かべて立っていた。


「ソゾンを心配してくれたのかな? ありがとう」


 優しく耳障りの良い声、けれども何かを含んだような、気持ちの悪い声。


 ベルガは警戒の色を示した舞翔の瞳をじっと見つめて、その細く小さな肩に手を添える。


「またいつでも遊びに来ると良い。エフォートは君を歓迎しているよ」


 耳元で囁かれ、全身が嫌悪感で震え上がった。


 硬直し、体が動かない。


 ベルガはそんな舞翔を気にする様子も無く、それだけ言い残すと歩き去って行った。


 一人取り残された舞翔は、ただ俯き不安げに内向きになった自分の足元を見つめる事しか出来ない。


 ただ怖くなった。


 自分の存在が物語に影響していくことが。


 何かを変えてしまう事が。


「舞翔!」


 武士の声がして、舞翔はハっとする。


 それから気を取り直すように両手で頬を叩くと、「ごめんね、急に」といつも通りの笑顔を浮かべて振り返る。


 武士は心配そうにそんな舞翔を見やったが、いつも通りに笑っている舞翔にそれ以上は何も言い出せずに、自分も「驚いたぞ」といつも通りに笑う。


(ごめんね、武士)


 彼を怪我させてしまった以上、世界大会の出場を了承してしまった以上、逃げ出すわけにはいかない。


 とは言え全てを物語通りに進めることは不可能だ、武士のセリフや行動を一言一句、一挙手一投足、踏襲とうしゅうすることなど不可能に近い。


(だって私は主人公じゃないモブだもの。武士のような度胸も明るさも私には無い)


 けれど、ならばせめて、せめて勝敗だけでも物語通りに進めなければ。


 舞翔は震えそうな手を鼓舞するように拳を握った。


(そうだ、本編通りの勝敗にすれば、きっと本編通りにいってくれる……!)


 その握り締められた拳を、武士はじっと見ていた。




さてはて、次回…アジア戦です!


アジアチームもお楽しみに!


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