第2話 『主人公、浦風武士』
舞翔は保健室の白いカーテンに囲まれたベッドで目覚めると、倒れる直前を思い出し、頭を抱えた。
「モブのくせに、なにやっちゃってるのよ、私ぃ」
あの後結局ソゾンはどうなったのか、知りたいような、怖くて知りたくないような気持ちに、舞翔は顔をぐしゃっと顰める。
これ以上アニメの流れが変わってしまったらどうしよう、と布団を深く被りなおし、舞翔は不安な気持ちでぎゅっと目を瞑った。
舞翔の前世は『烈風飛電バトルドローン』のことなら全て知っている、と豪語できるヲタクだった。
だからこそ、目立たないようモブに徹し、アニメの展開を見守ることに全力を尽くしたい!
「それに、アニメの展開が変わっちゃったら、ソゾンは……」
舞翔は俯き、眉間に皺を寄せる。
ソゾンは舞翔にとって、前世でも一番の推しだった。
彼の生い立ちは壮絶で、前世の舞翔は共通点のあるその生い立ちに共鳴し、決して折れない彼の強さに憧れた。
そしてそれは今世でも続いており、彼の強さには今も憧れている。
「もう、魂レベルで好きじゃん……」
ため息交じりに舞翔が呟いた、直後。
「空宮のドローン、あれってさ!」
「もうっ、だから知らないって! 本人に聞いてよね!」
と、聞き覚えのある声に、舞翔はさっと顔を青くした。
「空宮! 起きたか!?」
シャっとカーテンが開く音がして、咄嗟に布団の中に頭をひっこめる。
「舞翔、もう大丈夫?」
絵美の声に、心の中で謝りながら舞翔は寝たふりを決め込んだ。
「もう、舞翔ってば。倒れるほど徹夜でドローン弄ることないのに」
「へぇ! 徹夜で!?」
舞翔は心の中で「やめてぇぇぇ!」と叫んだ。
今すぐに絵美の口を塞ぎたかったが、武士の前で目覚めたら絡まれること間違いなしのため、断念する。
浦風武士を徹底的に避け、これ以上アニメへ干渉しないようにしなければ、と舞翔は拳をぐっと握った。
手始めに図面を捨てて、ドローンはクローゼットの奥にしまおうか、でも埃っぽいしなぁ、などと考える。だがバレれば、先ほどソゾンと武士の邂逅シーンを台無しにしてしまったように、またアニメを壊してしまうかもしれないのだ!
舞翔はとにかく、二人が帰るまで寝たふりを突き通した。
その後、迎えに来た三都子に「寝不足からの軽い熱中症ですって! ちゃんと寝て、水分もとりなさい!」と養護の滝川教諭に怒られながらも、無事帰宅。
そして次の日、舞翔は武士の恐ろしさを痛感することになる。
「おはよう舞翔、てちょっと武士!」
「空宮! 待ってたんだ、この図面さぁ!」
登校してすぐ、教室で迎えてくれた絵美を押し退け、武士は舞翔の前に躍り出た。
その手にある図面に、よりによって浦風くんが拾ってたんかい、と独り言ちり、舞翔は引き笑いを浮かべる。
というか、遅刻ギリギリ常習犯の浦風武士が自分より早く投稿している事に舞翔は背筋がぞっとした。
「ありがとう。でもこれ、私には難しいから諦めようと思ってて」
「本当か!? じゃあ俺、手伝うぜ! 俺だけじゃない、兄ちゃんも、カランだって頼めば手伝ってくれるはずだぜ!」
武士の顔が近い。舞翔は思わず顔を背け、目を閉じた。
完全に返答を間違えたパターンである。武士の興味を削ぐどころか、アニメの主要キャラクターの名前が再び二人も上がってしまった。
彼らとまで関わるなんて、絶対に御免被りたい。そこまでいけば完全にモブではなくなってしまう。
「ほ、ほら。こういうのは自分で頑張りたいからさ!」
「あぁ、そっか。その気持ち、俺も分かるぜ! じゃあ、困ったらいつでも頼ってくれよな!」
絶対に頼らないけどね、と舞翔はこっそり呟く。
次の日から、武士は隙あらば絡んできたが、舞翔は頑なに交わし続けた。
※・※・※・※
「さすが主人公っ、ぜんっぜん諦めない!!」
数日後、帰宅した舞翔は勉強机に拳を振り下ろし、痛みにちょっと悶えながら、ここ数日の出来事に思わず唇を噛み締めた。
「こちとら本気で武士VSソゾンが見たいしアニメを壊したくないのに! 自分が原因でアニメ消滅なんて、死んでも死にきれないっ!」
深く溜息を吐いてから、舞翔は目の前にあるそれを見つめ、「こうなったらやっぱりちゃんと隠さなきゃ」と呟く。
「せっかく完成したのになぁ」
黒地に黄色のラインが入った流線型のボディに、四つのプロペラが付いたドローン。
「前世ぶりだね、“エレキスト”」
そう、それはちゃっかり完成させていた、例の図面の、舞翔のバトルドローン。
今世でも記憶が戻る前からこれに似たようなものを目指していたのだから、三つ子の魂百までどころか来世まで、などと舞翔は思う。
何はともあれ、記憶が蘇った事で見事に完成することが出来た。最も標準的なモデルに特殊な改造を加えた、正真正銘オリジナルのドローン。
「会いたかったよぉ、エレキスト。やっぱり貴方に会いたい気持ちは、モブだからって抑えられなかったよ」
舞翔は言いながら、愛しそうにエレキストのボディを撫でた。
「あぁっ、本当なら今すぐにでも試験飛行してあげたいのにぃ!」
舞翔は立ち上がると、後ろにあったベッドに顔面からダイブした。
「…………いっそ、行っちゃう?」
不意に顔を上げると、舞翔はエレキストを見た。
「今日も暑いし、河川敷なら誰もいないよね?」
半ば譫言の様に呟きながら、テキパキとエレキストとゴーグル、コントローラーをボックスに収め、舞翔はすっくと立ち上がった。
「浦風くんちは真逆にあるし、バレないバレない! 隠す前に、せめて一回は飛ばしたい!」
そう言って、舞翔は家から飛び出した。
前世で早くに両親を亡くし、親戚に引き取られた舞翔にとって、エレキストはただ愛機というだけでなく、たった一人の家族だった。
早く青空の中を自由に飛ばしてあげたいし、風と躍らせてあげたい。
「いっておいで。エレキスト!」
そんな彼女が我慢できるはずがなかったのである。
河川敷に着き、遠くにバトラーらしき声とドローンの衝突音が響いたが、見渡した範囲に人影が無いのを確認し、舞翔はすぐにエレキストを空へと放った。
コントロール用のゴーグルをつけ、ヌンチャクのようなコントローラーを両手に持ち、夢中になって雲一つない快晴の空を泳がせる。
「……あれは」
そんな舞翔の姿を、橋の日陰からシアン色の鋭い瞳が捉えた。
ラズベリーレッドの髪が風に舞う、ソゾンである。
『ソゾン、どうした』
と、ソゾンが耳に付けたイヤホンから低い男の声が漏れた。
「いえ、何でもありません」
『ぼうっとしていないで、引き続きもっと“ゲイラード”のデータを収集しろ』
「……はい」
通信が切れ、ソゾンは瞳を微かに細めると、最後にもう一度だけ円らな目を輝かせる舞翔に視線を向けた。
栗色の癖毛の下で、その表情は楽しそうに笑う。
「ヘラヘラと、バトルドローンを遊びとしか考えていない間抜け面。反吐が出る」
不快げに吐き捨てたソゾンが、次に目を向けた先にはゲイラードが飛んでいた。
橋を挟んで真逆に、武士は来ていたのだ。
そんなことも露知らず、舞翔は瞳を輝かせ、エレキストを操っている。
「“さぁ、風を奏でよう! エレキスト!”」
エレキストは上空に吹く風を捉え、高く舞い上がった。
その時、眩しい日差しの中、目の前を飛ぶカラスの足が何かを掴んでいることに気付く。
ドローンと視線を共有出来るゴーグル越しに、舞翔は目を凝らした。
「!? 子猫!?」
それはぐったりとした子猫だった。
そう認識した瞬間、舞翔の表情が変わる。
周囲には親猫も飼い主も見当たらない。その姿に、前世の孤独だった自分が重なった。
「っ、わたしが絶対に助ける。エレキスト!」
真っ直ぐな瞳は瞬きもせず、唇は真一文字に引き結ばれる。
手元は小刻みにスティックを弾き、カラスの攻撃をかわす。
一撃、カラスの足が思い切りエレキストに入った直後、エレキストのプロペラのアームが奇妙な動きをした。
直後、エレキストは旋回し、その細いプロペラでカラスの足を絡め取り、弾く。
そのたったの一発で、子猫は見事解放され、地面に向かって真っ逆さまに落ちていった。
「てっ、やばい!」
舞翔は焦った。
子猫の落下先には、誰も居ないのである。
運悪くコンクリートの道路目がけて、子猫は落ちていく。
舞翔は必死で走ったが、とても間に合いそうにない。
「っ誰か、助けて!」
最悪の事態が頭をよぎり、思わずそう叫んだ、直後。
「はーいよ!」
その声と共に、誰かが滑り込む様にして子猫の体を受け止めた。
自分が怪我する事も厭わず、コンクリートに向かって何の躊躇いも無くダイブしたその人物に、舞翔は目玉を引ん剝く。
カラスの羽のように青く光る短髪に、眩しい笑顔を浮かべた人物。
「子猫は無事だぞ、空宮!」
喜びよりも先に舞翔の頬肉が引き攣った。
そこに居たのは、今最も避けていた相手。
「浦風くん!? いったいどこから!?」
武士は子猫を抱きながら、舞翔のもとに戻って来たエレキストに目を輝かせる。
舞翔は咄嗟にエレキストを隠そうとしたが、一瞬プロペラアームが広がってしまった。
武士の瞳が輝く。
「なぁ、それってさぁ!」
「みっ、見られた……!!」
舞翔はよろりと後退った。
このままでは武士VSソゾンが見られなくなってしまうどころか、アニメが壊れてしまう!
「見たか、カラン!」
舞翔の焦りをよそに、武士が興奮した様子で叫んだ。
「あぁ、見ていたとも」
彼の視線の先には、マルベリー色の長い髪を一つに結び、黄褐色の肌をした美少年が、信じられないように目を瞠り、舞翔を見つめていた。
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※2025/2/16 改稿
※2025/5/6 改稿