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第18話 『冷たい指先』


 世界大会が開幕してから日本での試合は順調に進み、残すところあと三試合となった。


 そのうちの一試合であるBDF対アジアを明日に控え、舞翔は練習場でエレキストのメンテナンスにいそしんでいた。


「この前みたいに途中でプロペラが外れるなんてことにならないようにしないと」

「あれは凄かったよなぁ! くぅー! まさかあの状況で四枚羽クアッド三枚羽トライ仕様に変形させるなんてさ! 俺すげぇ興奮したぜ!」


 舞翔に付き合って一緒に来ていた武士は、言いながら自由になる左手で拳を作り、ぷるぷる震えている。


 思い出してまた興奮しているようである。


「改造自体は武士と会った河原の時には出来てたんだよね。でも滞空時間の関係で実用は難しくて。カランの助けが無かったら無理だったよ」


 舞翔は苦笑する。

 それから試合後、自分がしてしまった数々の黒歴史を思い出し、人知れず恥ずかしそうに頬を染めた。


 気持ちがたかぶっていたとはいえ、青少年であるフリオとエンリケに無断で抱き着くなんて、思い出すだに信じられない。


(いや、私も青少年だけども)


 控室にてカランにも、むやみに異性に抱き着くものではない、と説教されてしまった始末だ。


 しかもテレビニュースで例の抱き着いたシーンが映像付きで何度も美談として報道され、それが流れるたびに舞翔は顔が茹蛸ゆでだこのように赤くなった。


(羞恥プレイすぎる!)


 しかし舞翔が何より恥ずかしいと感じていたのは、ソゾンとのことであった。


(私ってば、まるでマブダチみたいに話しかけに行っちゃって、あぁぁぁ!)


 案の定思い切り押し退けられ、迷惑そうな顔をされてしまったことがフラッシュバックし、舞翔はその場で懊悩おうのうした。


 時間が経つにつれて冷静さを取り戻し、それ以来舞翔は定期的に発狂している。


 距離感を間違えまくった痛い女と思われたに違いない。


 恥ずかしすぎて穴があったら入りたい、穴が無くてもどうにかしたいくらいである。


(あれ以来一週間、ヨーロッパチームに全然会わないし。避けられてる? いやいや自意識過剰!)


 そんなことをぐるぐると考えていた時である。


「何を悩んでるさね、舞翔」


 ずしりと、急に右肩に重みを感じ舞翔は振り向く。


 そこには片腕を舞翔の肩に預け、爽やかに白い歯を出して笑っているフリオが立っていた。


「フリオ!」

「ぼ、僕も居るよ」


 その後ろからぬっと現れたのはエンリケである。


「明日のアジア戦で悩んでるさな?」

「え、あ、うんうんそうそう」

「絶対嘘でしょ」


 エンリケに見透かされうっと喉を詰まらせた舞翔だったが、フリオとの距離にハっとしたような顔をすると、大袈裟に後退あとずさり武士の横へと逃げた。


 そんな舞翔の行動に武士は完全に頭上にハテナを浮かべ、フリオはどこか楽しそうににやにやし、エンリケは呆れたように息を吐く。


「あの時は自分から抱き着いて来たさな?」

「その節はすいませんでした忘れてください!」

「凄い垂直に頭下げてるね」


 フリオとエンリケからは舞翔のつむじが丸見えである。


 恥ずかしそうに真っ赤になって「うぅ」と顔をしわしわにしている舞翔に、フリオは何やら上機嫌だ。


 エンリケはその事に少しムッとしながら、その気持ちがどちらに向けられたものなのかが分からず、思わず顔を顰める。


 二人の発する雰囲気は、まさに二つ名通りの陰と陽になっていた。


 その様子を察し、今度は舞翔が首を傾げる。


「俺達は開幕早々アジアチームとの対戦だったさね」

「見たぜ! 負けちまってたよな!」

「君にはデリカシーってものがないのかな?」


 エンリケは疲れたように溜息を吐き、それから「強かったよ」とだけ呟いた。


「コンビネーションもさることながら、彼らの動きは分かっていても追い切れるものじゃなかったさな。あれぞまさに東洋の妙技、って感じさ」

「でも少しだけ、エレキストのトライ仕様の時と動きが似てたかもね」


 それだけ言い残し、自分達の練習があるからと南アメリカチームは去って行った。


 そこへカランと士騎が「アジア戦の映像用意出来たぞ」と二人を呼びにやって来る。


 と、ふいにカランが舞翔の側に寄って来たかと思えば、くんくんと匂いを嗅いできた。


 舞翔はぎょっとする。


「え!? 私汗臭い!?」

「他の男の匂いがするな」

「は?」


 カランは「俺が離れている隙に」と呟くと、舞翔の手を握りニッコリと笑った。


「行こうか舞翔」

「一人で歩けるよ!?」


 それから抗議も虚しく、手を放してもらえないまま、舞翔は控室へと連行された。


 その後ろ姿を士騎は少しだけ困ったように見つめ、深い溜息を吐く。


「仲良いよなぁ、二人!」

「仲が良いだけなら問題ないんだけどなぁ」


 何も分かっていない風に自分を見上げる弟に、士騎は「みんながお前みたいだったら良いんだが」と思わず遠くを見つめた。


 まだまだ幼く純真無垢な弟である。


 皆がこうであったなら、人間関係で悩むこともないのだろうに。


 士騎が思い出していたのは、ヨーロッパチームのソゾンの顔である。


 舞翔は気が付いていないようだが、士騎はこの一週間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のを()()()目撃していたのである。


(人でも殺しそうな目なんだよなぁ、何をしちゃったんだ舞翔くん)


 しかし考えた所で答えは出ない、士騎は無理矢理気持ちを切り替える事にした。


「とにかく、俺達も行こう。アジア戦の作戦会議だ」




※・※・※・※




「っくぅー! すっげぇなぁ!」

「生で観たかったねぇ!」

「やはり速いな、前に見た時よりも技に磨きがかかっている」


 アジアの試合映像を見終わり、武士、舞翔、カランの三人は三者三様に口を開いた。


 皆、決勝候補と言われているアジアの動きに感嘆している。


「速さならば舞翔くんも負けていないと俺は思う。しかし問題はこの速さで正確無比な攻撃を二機同時に繰り出してくることと――」

「攻防一体、か。俺のスプリングスは不利だな」


 カランが呟く。


 舞翔のエレキストは機動力に優れ、避けて避けて隙を突くアジアと似たバトルスタイルである。


 対してカランのスプリングスは、大技を繰り出す為にどちらかと言えば動きはやや大振りだ。


 隙の無い相手であれば、それだけ技を繰り出しにくい。


「問題はそれだけじゃない。彼等はエレキストのスピードに恐らくついて来れるだろう」

「? それの何が問題なんですか?」


 士騎の言葉に舞翔がきょとんと目を瞬かせる。


「問題だよ。エレキストは風に乗った直後のトップスピードで敵の受信機を取り外す正確無比な動きを繰り出すのが強みだ」

「な、なんか面と向かって分析されるとむずむずします」


 舞翔は自分の技を正確に分析されたことで、頬が赤くなるのを両手で隠す。


「元々バトルドローンの受信機が、通常のドローンと違って外側に付けられているのは、より勝敗が着きやすいようにと工夫した結果なんだ。けれども受信機単体を狙って攻撃するというのは、言うは易しで、実際に出来るものは極端に少ない。何せ規定は外側というだけだから、皆こぞって攻撃されにくい場所に付けているしね。だからプロペラを狙う方が一般的だし、そうでなければ大技や複数回の攻撃でダメージを重ねていくのがセオリーだ」

「俺はプロペラを狙うタイプだぜ」

「俺は大技か」


 舞翔は淡々とホワイトボードを使って説明する士騎を見て、初めて監督らしいところを見たと感動する。


 そんな考えが顔に出ていたのだろう、じとりと睨まれてしまった。


 真面目に聞けと言うことだろう。


「いいかい舞翔くん、彼等は君のスピードについて来れる」

「?」

「君が受信機を狙う瞬間、避ける事が出来るということだ」

「!」


 控室が静まり返る。


 士騎のいつもより真剣な声色と、武士が話に着いて来れずに黙っているということもあっただろう。


 けれども、それだけではない。


 舞翔は士騎のその言葉で突如思い出してしまったのだ。


 アニメ本編、士騎は同じように武士の必殺技が相手には通用しないことを告げた。


 しかし武士はそのことをきちんと理解できておらず、ろくな対策もしないまま試合に突入、そして。


(そうだ、この試合、BDFは負ける)


 舞翔の顔からさっと血の気が引いて行く。


 この試合、本編通りに進めるというのなら“負けなければならない”ということだ。


(わざと負ける?)


 胸がざわつく。


(いやいやそんな!)


 今までだってアニメの本編通りにいかないことばかりだった。


 勝敗のひとつやふたつ違った所で、なんの不都合があるだろう。


 まして南アメリカ戦だってギリギリのところで勝利したのだ。


 本編通りに勝つだの負けるだの、調整している余裕などある訳が無い。


(要は決勝に行けばいいんだし、とにかくしっかり対策をするべき、だよね)


 この時、舞翔は本編の勝敗についてそれ以上深く考える事は無かった。


 なんだかんだバトルが楽しいと感じていたし、やるなら全力で立ち向かい、勝ちたい。


 ドローンバトラーとして当然の渇望である。

 

(そうだよ、私はもう、二度とわざと負けるようなことは)


 舞翔は無意識に拳を握り締めていた。


 そんな舞翔の心の内に気付く事無く、士騎の話は対アジア戦の対策へと入っていく。


 ふと舞翔に視線を投げたカランだけが、少しの違和感を感じ舞翔の拳を見つめた。


 しかし、今までの戦い方が通用しないことへの緊張であろうと予想したカランは、勝つために士騎の話に集中する事を選択した。


 自分が強くなればいい、舞翔が安心出来るように今よりもっと。


 だから舞翔の指先が人知れず冷たくなっている事に、誰一人として気付くことは無かった。


 それは、当の本人すらも。




舞翔の見過ごされた違和感。

決勝候補、強敵アジア!

波乱の予感、満載で、物語は進みます。


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