第17話 『前代未聞の大技』
「おっとー! これは舞翔選手、まさかのトラブルだー!」
誰もがその瞬間、エレキストは終わったと思った。
フリオもエンリケも、エレキストの撃墜を確信したに違いない。
けれどもカランだけが気が付いていた。
舞翔の瞳の炎が、まだ消えていないことに。
そして思い出す。
舞翔のエレキストの、“あの改造"を!
「舞翔、まさか……!」
あと少しでシャドマイナーを叩き落せると言うところで、スプリングスが信じられない動きに出た。
舞翔のエレキストを助けに向かったのである。
「な、馬鹿なの?」
「はは! こんな時まで王子様さね!」
エンリケの驚きと、フリオの嘲笑の声が聞こえる。
けれどもカランに一切の迷いは無かった。
「カラン!?」
「春嵐よ、巻き上がれ!」
スプリングスがエレキストの下へ回り込み、直後出力を調整した必殺技でエレキストを吹き上げる。
墜落するものと思われたエレキストは、その風のおかげでほんの一瞬生きながらえた。
「はは! そんなことしたってもうエレキストは飛べないさな!」
「待って、フリオ!」
それは次の瞬間である。
「こ、これは!! これはまさかだーっ! 舞翔選手のエレキスト、いつの間にか三枚羽に変化しているぞー!?」
大会DJのその言葉と共に、会場中がどっと驚嘆に包まれた。
スプリングスがエレキストを助けなければ恐らく“変形”は間に合わず墜落していた事だろう。
けれども間に合った。
エレキストは四枚羽から三枚羽のバランスに支柱を変化させていたのである。
「これはとんでもない技が飛び出したぞー! 前代未聞の大技だー!」
プロペラを破壊して相手を落とすのはドローンバトルの定石である。
ひとつでもプロペラが破壊されれば、ドローンは反トルクと呼ばれる、回転力の反作用を相殺する拮抗が崩れ、とどのつまりはバランスを失い、墜落する。
しかしエレキストは変形することでそのバランスを取ってみせた。
プロペラを支える支柱を動かせるよう改造していたのだが、だからと言って普通に出来る事ではない。
舞翔の前世からの経験と執念が結実させた、まさに、職人芸。
「へぇ、すごいね」
けれども喜びは長くは続かない。
「! 舞翔!」
何とか持ちこたえてエレキストが再び舞い上がった直後、シャドマイナーは既にエレキストをロックオンしていた。
ハンマーの如し一撃は、既に無情にも振り下ろされている。
最早ここまでと、舞翔が諦めかけた瞬間である。
「!?」
スプリングスに弾かれて、エレキストは密林の中へと消える。
同時に鈍い音が響き渡り、スプリングスのプロペラが弾け飛んだ。
「カラン!」
舞翔の悲痛な叫びが響き、スプリングスは墜落した。
会場が静まり返り、直後割れんばかりの歓声が轟く。
「油断禁物、だよ」
「よくやったさ、エンリケ!」
「あとはお姫様だけだよ、フリオ」
ライシャートとシャドマイナーは勝利を確信したように、どこか悠々とホバリングする。
舞翔はエレキストを密林の中で走らせながら、カランを振り返った。
俯いて表情が見えない。
舞翔の顔からさっと血の気が引いて行く。
(私の、せいで)
いつものメンテナンスを怠った所為で、プロペラの不備に気付けなかった。
恐らく練習をし過ぎて部品が摩耗してしまったか、ネジが緩んでいたか。
こんな初歩的なミスを世界大会で犯すなんて、あり得ないことだった。
あと少しでカランがシャドマイナーを落とせるところだったのに!
「ご、ごめ」
発した声が震えていた。
張り詰めた空気に、喉が詰まる。
(やっぱり、私に主人公の代わりなんて)
情けなさと後悔と、不甲斐なさと申し訳なさ。
何もかもがぐちゃぐちゃに頭の中で混ざり合い、目の前が真っ暗になりそうだった。
その時。
「舞翔!」
顔を上げたカランの瞳は、舞翔をまっすぐに捉えていた。
その真っ直ぐな視線に圧倒され、舞翔は息を呑む。
「君は君のまま、自由に飛ぶんだ! 俺は勝手に君を守った、俺が守りたかったからだ!」
「っ!」
カランの言葉が舞翔の胸を打つ。
その途端、嘘のように絶望で閉ざされかけた視界が光に溢れ、拓けた気がした。
ソゾンの言葉が蘇る。
『動きを読まれた所為で負けたのならば、動きを読まれていても勝てるようにすればいい』
その瞬間、舞翔の思考の奥で確かに何かが閃いた。
見える。
勝利への道筋が。
あとはやるかやらないかだけ、それならば。
舞翔は前を向く。
「っはは、最高の王子様さね! だが、俺とエンリケの絆はそんなものに負けたりしないのさ!」
フリオが叫び、ライシャートが動く。
それに追随するようにシャドマイナーも動き出す。
「僕達はたった二人だった。たった二人で、ここまで来たんだ」
木々の合間を器用にすり抜けるエレキストに、南アメリカの二機が挟撃するべく迫り来る。
「たった一人では無理だったさ、エンリケがいたから俺は!」
初めに追い付いたのはライシャートだった。
正確にエレキストの位置を掴み、並走するようにぴったりとくっついて離れない。
誘導されている。
緩く飛ぶ方向を限定され、恐らくシャドマイナーでとどめを刺すべくまるで網の漁のようにエレキストは追い詰められている。
「ねぇ、フリオ」
「?」
しかしその状況で、舞翔は異様なほどに冷静だった。
「“もう海は克服できたの?”」
「!!」
次の瞬間、ライシャートの追跡を撒くべく、エレキストがまるで軽業師のようにぐるりと旋回する。
四枚羽の時の倍以上のスピードで、どこか一点に向かって直進するエレキストを、ライシャートは反射的に追いかけた。
しかし。
「なっ!」
そこはアマゾン川の河口。
フリオはその先にあるはずのない大海を見て、思わずライシャートの動きを止める。
(頬の傷は、荒れた海で難破した船の破片に当たったから。その事故以来、フリオは海が怖くて漁に出れなくなった。大好きな祖父を失ったから)
アマゾン川の河口、実際ステージであるそこに海はないのに、フリオの手は震えている。
(卑怯かもしれない、だけど利用させてもらう)
全身を震わせ、動けなくなったライシャートにエレキストが牙を剥く。
しかし、それを阻んだのはシャドマイナーだ。
その頑健な機体に弾かれてエレキストはいったん引き下がる。
「君、思っていたより最低だね」
「……」
シャドマイナーからは明らかに怒気が発せられていた。
エンリケのいつもよりずっと低い声が、舞翔の背筋をぞくりとさせる。
「“偽物の太陽は今も眩しい?” エンリケ」
けれども舞翔は不敵に唱える、彼等の柔らかい部分を突く言葉を。
内心では心臓をバクバクさせながら、それでも舞翔は気持ちを奮い立たせて微笑む。
「っ!」
エンリケが逆上したのが分かった。
(鉱山にずっと引きこもって働いていた引っ込み思案のエンリケにとって、フリオの明るさは太陽だった)
エレキストは急上昇する。
舞翔は二人の絆を知っている。
この情報は前世のファンブックだけではない、この大会の公式ガイドブックにも紹介されていた有名なエピソードだ。
二人はお互いの傷を舐め合うように、周囲の猛反対を受けながらバトルドローンに傾倒していく。
二人は親友、二人はいつも一緒だった。
苦しい時も、辛い時も、いつだって。
「羨ましいね」
ぽそりと、誰にも聞こえないほどの声で舞翔は呟く。
「フリオ! 同時に叩くよ!」
「っ、すまんさエンリケ、やるさ!」
高く高く飛んで行くエレキストを、ライシャートとシャドマイナーが追い詰める。
いくら舞翔とて二機に挟まれ逃げ切ることは難しい。
かと言って攻撃をして各個撃破する隙など、この二機には存在しない。
だから勝つためには、二人を挑発するしかなかった。
その挑発が、舞翔に勝機を運ぶのだから。
「終わりさ! お姫様!」
「絶対に叩きのめす」
最早逃げ場はない、完全に追い詰められ二機が同時にエレキストへと牙を剥いた、その瞬間。
「さぁ、風を奏でようエレキスト!」
舞翔の声が高らかにこだまする。
「!?」
「な!」
直後アマゾンに強烈なスコール直前の風が吹き荒れた。
それは舞翔のエレキストの方から、神風のように吹きすさぶ。
「酷い事を言ってごめんね、ふたりとも」
その時、フリオとエンリケは同時に理解した。
舞翔にのせられ怒りで余裕を失っていたことに。
その所為で、スコールの予兆に気付けなかった。
「だけどそれでもっ、私は勝たないといけないから!」
静やかなる獰猛な一撃が、二機の間をすり抜けながら撫でるように過ぎ去った。
直後ライシャートとシャドマイナーの受信機が外れ、無情にも密林の中へと消え去る。
二機が、墜ちる。
「っっ勝者、BDF! ピンチから鮮やかに、舞翔選手が二機同時に撃墜だー!」
DJの興奮した声が響いて、会場中を歓喜が包み込んだ。
舞翔は荒くなった呼吸を整えながら、カランを振り返る。
「勝ったよ、カラン!」
少しだけ泣きそうな、それは彼女らしい年相応の笑みだった。
カランはそんな舞翔を少しだけ目を細めて眩しそうに見つめる。
「あぁ、信じてたぞ、舞翔!」
それから舞翔は、今度は呆然自失としているフリオとエンリケの方を振り返った。
そして次の瞬間、タラップからタラップへと飛び移る。
「!?」
「フリオ、エンリケ!」
気付けば二人は、舞翔に抱き締められていた。
「な!?」
「っっ!!」
さすが親友というべきか、同時に顔を真っ赤に染めたフリオとエンリケに舞翔は気付いていない。
「酷いこと言ってごめんなさい! 本当にごめんなさい! 二人ともすごく強かったよ、最高で最強のコンビだった!」
舞翔は抱き締める力を強くしながら、夢中で口走った。
例え勝つためだとしても、アニメファンとしてこの二人の友情も大好きだった。
そんな二人の心を利用するために、酷い事を言った罪悪感で、とにかく二人に謝りたい一心だった。
完全に勝利の興奮からの勢いである。
舞翔としては、闘った後に友情を深める握手のような感覚だった。
「また絶対、バトルしようね!」
それくらい、最高のバトルだった。
舞翔の体が二人から離れる。
完全に空気に呑まれてしまったフリオとエンリケだったが、そこでようやく自分達を見つめて笑う舞翔の顔を間近で見た。
にかっと、少しだけ頬を赤くしながら、本当に楽しそうに目を細めて微笑む舞翔。
その笑顔にフリオが呆けたことにエンリケは気付いていた。
けれども同時にエンリケも、彼女の笑顔に心奪われてしまった。
「舞翔!」
しかし次の瞬間、いつの間にかこちらに移動していたカランが舞翔を自分の方へと引き寄せた。
むぎゅっと音が出そうなくらいに舞翔の顔を自身の胸に押し付けて、フリオとエンリケを睨み付ける。
「勘違いするなよお前達」
「ちょ、カラン、苦しいから離して」
カランの過保護な行動にいつの間にか慣れてしまったのか、舞翔は特段気にする様子も無く訴えると、カランの胸元から顔を上げた。
するとフリオとエンリケは息の合った動きで同時に舞翔から目を逸らす。
その行動に謝罪を拒絶されたと思った舞翔は、がーんとでも音が鳴っていそうな程にショックを受ける。
「最高の勝負だったぜ! BDFチーム、南アメリカチームに大きな拍手をー!」
四人は展望台から降りると、観客からの拍手や激励を浴びながらそれぞれのベンチへと向かう。
その途中、フリオとエンリケはBDFに視線を向けた。
悲し気に項垂れている舞翔の背をカランが「気にするな」とさすっている。
「フリオ?」
フリオは舞翔の下へと駆け寄った。
突然目の前にフリオが立ちはだかったものだから、舞翔は驚きカランは咄嗟に庇うように前に立つ。
後からエンリケもやって来て、四人は改めて向かい合うように立った。
「良いコンビだったさ、俺達の次くらいに」
「!」
フリオは白い歯を見せてにかっと笑う。
その後ろでエンリケも、少しだけ呆れたように微笑んだ。
鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした舞翔とカランだったが、二人顔を見合わせると、こちらもにっこり満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう!」
「もう“即席”とは言わせないぞ」
そう言って、四人が拳を突き合わせた瞬間。
スタジアムは今日一番の熱狂に包まれた。
※・※・※・※
「まずは一勝、おめでとう二人とも!」
「二人とも格好良かったぜ!」
控室への帰り道。
まだ勝利の興奮冷めやらぬまま、BDFの四人は賑やかに廊下を歩いていた。
「どうなることかと思ったが、良いバトルになったな」
少しだけ鼻高々《はなたかだか》に言うカラン。
その横で、舞翔は少しだけ顔を高揚させていた。
変なスイッチが入ってしまったのか、先程から鼓動が早鐘を打ったまま戻らないのである。
前世ではありえなかったバトルフィールドに、常識を逸した強さを持つ強敵たちの存在。
それらが今更実感となって押し寄せて、ここが本当に大好きなアニメ『烈風飛電バトルドローン』の世界であることを思い知らされる。
しかしそれがとんでもなく楽しかった、それが舞翔の本音だった。
あくまでこれは武士への償いで、主人公としての役割を果たさなければならないのに。
(すごく、すごく楽しかった!)
と、ふいに舞翔の瞳に鮮やかなラズベリーレッドが映り込む。
無意識で視線を向ければ、そこはヨーロッパチームの控室の前。
そしてそこに、何ともタイミング良くソゾンが立っていたのである。
その後ろ姿を認識した瞬間、考えるよりも先に舞翔の足は動き出していた。
「ソゾン!」
その時の舞翔には紛れも無くソゾンしか見えていなかっただろう。
背後ではカランと士騎が、目が飛び出るのではないかというくらい驚いて、舞翔を制止しようとしたのに、全く気付かない。
ソゾンの隣にはパートナーのペトラも居たし、何なら彼等の後方には監督であるベルガも立っていた。
声に気付き僅かに振り返ったソゾンだったが、ハっとしたように目を見開くと、直ぐに舞翔から視線を背ける。
「私、昨日の貴方の言葉を思い出して勝てたの! だから、ありがとう!」
けれど興奮していた舞翔は半ば無理矢理ソゾンの前方へと回り込むと、本当に嬉しそうに瞳を輝かせて微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間、ソゾンの瞳が収縮し、直後眉間に皺が寄る。
(この女は、何を言っている?)
そんなことで、何故こんなにも嬉しそうにしているのか。
ソゾンには理解できない、彼女のこの行動も笑顔の意味も。
そんな中、ソゾンはベルガの刺すような視線に気が付いた。
他チームと慣れ合っていることを咎めているのだろうか、それとも先程の舞翔の発言がどういう意味かと責めているのか。
チラリとベルガを伺い見たソゾンは、けれどもその視線が自分に向いていないことに驚愕する。
その視線は、舞翔を捉えていた。
そう理解した瞬間、ソゾンの心臓をざらりとした感触が駆け抜ける。
嫌な、予感がした。
「邪魔だ、どけ」
だからソゾンは条件反射で、舞翔を押し退け歩き出していた。
それはまるでベルガから彼女を自分の背に隠すような行動であったが、ソゾン本人も恐らく分かっていなかっただろう。
それに気が付いたのは恐らくベルガ、たった一人だ。
しかしベルガは士騎が自分を睨んでいるのに気が付いて、あっさりと歩き出す。
「舞翔くん!」
士騎はすぐに舞翔を自分の背に隠すようにして立つと、去っていくベルガを警戒するように睨み付けた。
カランもまた、同じように視線を鋭くしてヨーロッパチームを睨んでおり、突如として流れたその緊迫した空気に舞翔は戸惑ったように眉を下げる。
(わ、私、やっちゃったかも?)
舞翔は遠ざかっていくソゾンの背をただ見つめた。
けれどもその背が振り返ることは決して無く、ヨーロッパチームはそのまま何も言わず立ち去ってしまった。
(寂しい、なんて……思い上がりだよね)
アニメ本編でも、この時点でBDFチームとヨーロッパチームは犬猿に近い仲だった。
だから特段それ以上気にすることもなく、舞翔は進み出した皆に続いて歩き出す。
(今日もソゾンはソゾンって感じだったなぁ)
そんな呑気なことを考えながら。
第一回戦、見事勝利です!
が、ここからさらに波乱の展開が巻き起こります。
始まったばかりの世界大会、ソゾンと舞翔の関係に変化はあるのか?
乞うご期待です!
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