エピローグ『その後②』
ソゾンとマカレナは聞こえて来た二つの声に、一斉に顔を顰めた。
そんな二人に舞翔はこういう所だけは気が合うんだな、と一瞬考えてから聞こえて来た声の方を振り返る。
舞翔だって、それが誰なのかなんて顔を見なくても分かっている。
「そのデート、俺も行く!!」「そのバトル、俺も入れてくれよ!!」
カランと武士はほぼ同時にそう叫びながら舞翔たちの下へと駆け寄って来た。
二人とも清々しいほど己の欲望に忠実である。
そんな二人を舞翔は嬉しそうに出迎えた。
「武士、さっきぶり! カランは一か月ぶりくらい? また日本で仕事かな?」
「何を言うんだ舞翔、君に会いに来たに決まっているじゃないか」
「! も、もう、カランはっ」
ウインクしながら言うカランに、舞翔は少しだけ頬を赤らめる。
それを見ていたソゾンはあからさまに不機嫌そうにカランを睨み付けた。
その視線にカランは「全く、器の小さい男だ」などと眉をハの字に寄せて呆れ顔である。
「舞翔!」
と、そこへ更に新しく誰かの声が響いたかと思った直後、舞翔は何者かに背後から抱き着かれた。
長い銀色の髪がふわりと揺れて、それが誰なのかはすぐに分かった。
「キリル!?」
「久しぶりだね! 舞翔」
驚いている舞翔をよそに、キリルはそのまま舞翔を強く抱きしめる。
しかしそれはすぐにソゾンによって引き剥がされた。
キリルはムっとソゾンを睨み、ソゾンはしれっとその視線を無視して舞翔を自身の背後に隠す。
「嫉妬深い男は嫌われるんじゃない?」
「男として不用意に女性に触れるのはマナー違反ではないのか?」
キリルとソゾンの間には俄かに暗雲が立ち込め始める。
せっかく集まったのだからみんな仲良くすればいいのに、どうしてこうすぐ喧嘩腰になってしまうのか、と舞翔は思わずため息を吐いた。
仕方なく話題を変えようと舞翔は自分からキリルに歩み寄る。
「キリルは、どうしてここに?」
「舞翔!」
話しかけられたキリルは見るからに嬉しそうに目を輝かせた。
その美貌に思わず舞翔は「うっ」と目を眇める。
無邪気に自分を慕ってくれる姿は正直言って舞翔とて可愛いと思う。
しかし背後からひしひしと伝わって来る重苦しいプレッシャーに、舞翔は必死で平常心を装う。
視線が痛い、主にソゾンの。
「エフォートについての調査でBDFに呼ばれて来たんだけど、舞翔の声が聞こえてさ。来ちゃった」
小首を傾げ上目遣いで自分を見上げるキリルに、舞翔は再び言葉を詰まらせる。
出会った頃からは考えられないほど、最近会うキリルは自分の容姿を分かっているような仕草をするようになった。
そして舞翔はそれにまんまと騙される。
「氷の妖精、恐るべしっ」
「恐るべし、ではない」
このままでは何でも言う事を聞いてしまいそうだ、と目を瞑り苦悶する舞翔の顔を、不意に誰かが後ろから強引に掴み上げた。
真上を向かされた舞翔の視界に飛び込んだのは、逆さまのソゾンの顔。
シアン色の瞳が不機嫌そうに細まって、それでもその瞳は穴が開きそうな程に舞翔を真っ直ぐに見つめている。
ラズベリーレッドの髪が頬に触れ、くすぐったさに舞翔の瞳はチカチカと眩む。
直後、空前絶後の勢いで舞翔の顔が真っ赤に沸騰した。
「あああわたわたわたわたししししししっ」
「まずい、舞翔が壊れた!」
「男の嫉妬は見苦しいよ、ソゾン!」
スクラッチを始めた舞翔にカランが叫び、キリルが抗議の声を上げる。
しかしソゾンはパっと舞翔の顔から手を離すと悪びれも無くフンと顔を背けた。
「まったくネ~、愛する女は自由にさせてあげるのが男の甲斐性ってもんアル」
「ガッデム! ちょっと推されてるからって調子にのるんじゃねぇよ吸血鬼野郎!」
「まだ勝負は着いていないんだ、勝った気でいられるのはいただけないな」
「ユ、ユウロンにマリオンにジェシー!?」
そこに更に中国チームとアメリカチームが現れて、舞翔とソゾンの間に割り込んだ。
場は更に混沌と化し、収拾がつかないほど大騒ぎである。
「おぉ、今日は賑やかだな!」
それを見た武士が本当に呑気な声を出した。
自分だけは我関せず、「それより早くバトルしようぜ」などと全くブレないところは流石である。
「騒ぎが収まって、色々とまた始まっているんだよ。中国とアメリカには親善試合で来日してもらったんだ」
と、そこへ先程去ったはずの士騎が少しだけ困り眉で部屋へと入って来た。
「想定より物凄く早く来日して来たから驚いたよ」とぼそりと愚痴を呟いている。
「来月にはアフリカと南アメリカ、再来月には中央アジアが来日予定だよ。来年にはまた大会が開かれるからね、その調整とエキシビジョンマッチを予定してる」
「監督!」
舞翔はてんやわんやの大騒ぎに発展している男子達を置いて、士騎の下へと駆け寄った。
同じく武士も寄ってきて、「兄ちゃん今の本当か!?」と見るからに嬉しそうに瞳を見開く。
「あぁ、本当だ」
「くぅー! 楽しみだな、舞翔!」
「うん、そうだね!」
舞翔もまた、武士と同じく満面の笑みで頷いた。
きゃっきゃと喜ぶ二人に、士騎は思わずふっと笑みを零す。
「なんだか最近、二人ちょっと似てきたな」
士騎は何とはなしにそう呟いた。ドサクサに紛れて「妹が出来たみたいで兄ちゃんちょっと嬉しい」などとも口走っている。
それを聞いた舞翔の瞳が、みるみるうちに驚きで見開かれた。
「そ、そんな、似てないよ!」
「いや、似てるぞ。バトルドローン馬鹿でバトルドローンのことになると何も見えなくなるところなんてそっくりだ」
「そうそう」
舞翔は思わず否定したが、いち早く騒ぎから離脱して来たカランに追い打ちを掛けられ、さらに相槌を打つ士騎を見て、考え込むように俯く。
「私が、武士に似てる?」
それから舞翔は武士をじっと見つめた。
武士は相変わらずよく分かっていないように首を傾げつつ、ニカっと爽やかに笑う。
それを見た途端、舞翔の胸に急に風が吹き抜けた――ような気がした。
(もしかしたら、そうなのかもしれない。だって今の私は以前よりもずっと純粋にバトルドローンを大好きでいられる。モブとか主人公とか、勝つ理由とか負ける言い訳とか、そういうの抜きで純粋にバトルドローンが楽しくって仕方がない)
誰よりも何よりも眩しくて、この世界の象徴でもある“主人公”。
(だけど、武士は武士で、私は私だ)
舞翔は不意に武士を見つめながらふっと微笑んだ。
目を細め、優しく、嬉しそうに、けれども何処か、泣きそうな顔で。
「!」
その舞翔の表情をソゾンは見てしまった。瞬間、胸がざわりと騒ぎ出す。
気付けば足が勝手に動き出し、舞翔の手を縋るように掴み取っていた。
突然手を握られ、舞翔は驚きに目を丸くする。
振り返ったそこに、ソゾンのシアン色の瞳がゆらりと揺れていた。
水面のようなそこに、やがて真っ直ぐに舞翔が映し出される。
そして舞翔は、彼の瞳の中の自分と目が合った。
(あぁ、あれは)
あれは自分だ。
ずっと暗い部屋でたった一人蹲っていた頃の。
その自分が、不意にふわりと微笑んだような――気がした。
(なんだ、あなたはそこに居たんだね)
舞翔はツンと香った涙の香りをぐっと呑み込む。
(ソゾンはずっと“私”を見てくれていた。だから私は、前世だとか今だとか関係なく、ただ私でいられたんだ)
いつからかずっと、舞翔の胸の中にはソゾンが居た。
それは前世から。
きっと心の一番柔らかな場所に、彼はずっと居てくれた。
舞翔の瞳が刹那、ほんの一瞬、涙をたたえて細められる。
それを見たソゾンは、見開いた瞳を収縮させた。
(ここは大好きだったアニメの世界だとか、私はその世界ではモブだとか、今はそんなのどうでもいい。だって前世から今でもソゾンは私の憧れで、いつだって私を救ってくれるヒーローで、私はこの人の前では、ただ正直でいたいんだ)
舞翔はまるでかき抱くようにして、ソゾンの手を両手で引き寄せた。
「ソゾン!」
真剣な瞳でソゾンをじっと見つめる。
舞翔のその突然の行動に、ソゾンの心臓は大きく脈打った。
「私、ソゾンが大好き!」
そして舞翔の口から飛び出した言葉に、ソゾンの時間が停止する。
「な、なぜ急に!?」「あの鈍感な舞翔が何故!?」「いや待て、まだ落ちがあるかもしれない!」
周囲の男どもが騒然とし始めたのに対し、ソゾンは一向に動かないまま固まっている。
しかし体までは本心を隠し切れ無いようで、ソゾンの耳はみるみるうちに朱色を帯びていった。
「だってソゾンは私のヒーローだもの! 世界で一番のファンは私だよ、これだけは絶対に誰にも譲れない!!」
けれども直後、鼻息荒く舞翔の口から飛び出したその続きに、ソゾンの肩から思わずズルリと白衣がずり落ちる。
舞翔は何故だか得意げだった。
背後からは「良かった!」「いつもの舞翔だ!」「まだいける!」などとガヤが聞こえて来る。
ソゾンは暫く呆気に取られて動けないで居たのだが、目の前で舞翔が「ん?」と小首を傾げたのを見た途端、急に胸に温かなものが溢れ出し、気付けば自然と笑みが零れていた。
「お前は、変わらないな」
思えばずっと、舞翔は自分にそう伝え続けてくれていた。
それがソゾンが抱く想いと同じであるかは、まだ分からない――けれど。
ソゾンは繋いでいた舞翔の手を引き寄せた。
そして。
「そのままずっと、俺を好きでいてくれ」
愛しい少女の手の甲に、口付ける。
そのまま覗くように視線だけで舞翔を見やれば、思った通り真っ赤な顔でぷるぷると震えている。
ソゾンはそんな舞翔に追い打ちをかけるように、今度は掌、次に手首へと唇を落とした。
そして唇を押し当てたまま、挑発的に口角を上げ、まるで狩人のような瞳を舞翔に向ける。
彼の名はソゾン・アルベスク。
肩程まであるラズベリーレッドの髪。きつい印象の切れ長な吊り目から覗く、透き通るようなシアン色の瞳。流れるような輪郭に、一本筋の通った鼻梁。
まさに眉目秀麗が代名詞、世界が認めた美青年!
それが今、舞翔だけを一心に見つめている。
「……っっ!!」
その事実に舞翔は眩暈がして、全身をよく分からない気持ちに火照らせながら、気付けば緊張が限界を超えピシリと石になってしまった。
狼に遭遇した兎の気持ちとはこういうものだろうか、などと良く分からない考えが一瞬頭をよぎる。
「ファ、ファンサの鬼ですか……っ?」
苦し紛れに舞翔の口から飛び出したのは、そんなよく分からない言葉で。
「こんな事はお前にしかしない」
それに対して不服そうにソゾンは眉間に皺を寄せた。
しかし真っ赤になってあわあわと、もうどうしようもないと言った様子の舞翔を視界に収めると、満足そうに微笑む。
「さて」
そして次に、ソゾンはゆらりと背後で控える有象無象を振り返った。
顔に“冷血の吸血鬼”たらん、凶悪な笑みを貼り付けて!
「貴様ら、舞翔と闘いたいならば全員俺を倒してからにしてもらおうか?」
そして放たれた台詞と強烈なプレッシャーに思わずその場に居た男勢は一斉に息を呑んだ。
しかしそんな事で怖気づく者など、この場には存在しない。
「バトルか!? やろうぜ!!」
「望むところだ!!」
「絶対に負けない!」
わっと直ぐに場が沸き立ったかと思うと、誰からともなく一斉に走り出した。
「え、待って? それだと私は?」
一目散にバトルフィールドに駆けて行く皆の背中を見送りながら、舞翔は情けなく眉を下げて呆然とする。
しかしその場にソゾンだけが残っていた。
そして舞翔を振り返ったかと思うと、当たり前のように舞翔の前に手が差し伸べられる。
「舞翔、行こう」
ソゾンは微笑んだ。
ふっと――まるで春の雪のように、優しく。
「! うん」
だから舞翔は戸惑いなくその手を取って、満面の笑みを浮かべて言った。
「絶対に、負けないんだから!」
※・※・※・※
私、空宮舞翔。
ホビーアニメに転生して、なんやかんやで主人公の代わりに世界大会に出場して、更にラスボスとバトルまでしちゃったけど、ごくごく平凡なただのモブです。
そう、ただのモブ。
それなのに!
本当に本当にほんっっっとうに大変だったんだから!
でも何とかバトルに勝って、今もこうして大好きなバトルドローンを続けてる。
そ、それと、その、大好きな推しとも……距離が縮まったり、なんか、して?
本当に、驚くことがたくさんあったけど、相変わらず私は自分のことをモブだと思ってる。
だけどね、今は知ってるんだ。
絵美も、高橋先生も滝川先生も、お母さんやお父さん、絡んできた不良や、孤児院の子供達。バトルフィールドに集まるたくさんのバトラー、そして、私。
――アニメにとっては、みんな背景にしかならないモブかもしれないけど。
「モブにだって名前があって人生がある! だから何も遠慮する必要はないんだってこと!」
おっと、声に出ちゃった。
「舞翔?」
ソゾンが不思議そうにこっちを見てる。
危ない危ない。モノローグは声に出しちゃ駄目だよね!
「舞翔ー!」「早くお前も来いよー!」「バトルしようぜ!」
おっと、みんなが呼んでる。
もう行かなくちゃ。
……。
…………。
あー、えー、あー。
ごほん。
ちなみに、これは内緒の話なんだけど!
私、みんなの好意にはちゃんと気付いてます。
全力で小学生らしく気付いてないふりをしています。
だって! だってさぁ!
それ以外にどう対処すればいいっていうの!?
恋愛経験なんて皆無だし、推し以外好きになったことないんだよ!?
あぁ、本当に、もう!
――ホビーアニメのしかもモブに、逆ハーレム要素なんて入れないでよ、神様!!
ホビーアニメに転生したけど私はモブです!~なのにどうして逆ハーレムになるの!?~
~TRUE FIN~
さてはて…めちゃくちゃ長いエピローグになりましたが、ツンツンを極めた推しのソゾンのデレを、ここに、全て、詰め込みました。
本当にありがとうございました。
さてはて…!ここからは真面目に…笑
何とかかんとか、己の趣味を詰め込んだ作品、書き切ることができました。
そしてこうして完結まで更新出来たのは、読んでくださる皆様がいらっしゃったからこそで、それだけでなくブックマークやリアクション、感想などなど……
更新して反応があるたびに、もっと頑張ろう!さぁがんばろう!と、己を鼓舞することができた…そんな一年になったように思います。
今まで何作か挙げて来た中で、一番読んで頂けたのではないか、と感じています。
ほんのすこしでも、皆さんを楽しませることができていたのなら、本当に本当に嬉しく思います。
そして舞翔やソゾン、武士やカラン、士騎……登場したキャラクターを、もしも好きになって頂けていたのなら、これほど嬉しいことはありません。
ここまで読んでくださり、本当に本当にありがとうございました!!
番外編などは今のところ考えていませんが、もしこういうのが知りたい、読みたいなどありましたらお気軽にお伝えください!
出来る限り答えていきたいと思います!
最後になりますが…お読みいただき、本当にありがとうございました!!
現在は次回作
『東の魔女は使い魔を募集中!〜没落令嬢は逃走中〜』
を、鋭意製作中です。
こちらの進捗は活動報告でしていきたいと思います!
またお会いできましたら、その時はまたどうぞ、覗きに来てやってくださいませ。
以上、ひゃくえんらいたでした!
本当に、ありがとうございました!!




