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エピローグ『その後①』

ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!


そして、これは本編後のちょっとした日常でございます。


本編に比べて、めちゃくちゃ甘いです。

このために本編を書き上げたと言っても過言ではない激甘になっています。


こちら、苦手な方はお気をつけください…!




「こんにちはー!」


 BDF本部のエントランスに、今日も元気な声が響く。


「もう放課後か」

「もはや舞翔ちゃんが来たらおやつの時間ってイメージだよなぁ」


 そんな会話を交わしながら、職員たちは脇目も振らず駆けて行く舞翔を微笑ましそうに見送る。

 舞翔は一目散にとある部屋の前まで来ると、思い切り扉を開け放った。


「ソゾン!」


 そこには眼鏡をかけ白衣を着たソゾンが、何やら立ったまま資料を読み込んでいた。


「舞翔、もうそんな時間か」


 ソゾンは舞翔に気付くと、眼鏡を白衣のポケットにしまいながら顔を上げた。


「おやつ持って来たから休憩にしよう!」

「あぁ、そうしよう」


 それから舞翔は慣れた手付きで研究室の丸テーブルにおやつを並べると、お茶を入れるべく給湯室へと向かう。

 それに当たり前のようにソゾンも続き、二人並んで和気あいあいとお茶を用意する姿は、今やすっかり研究室の名物である。

 準備が終わり、二人はテーブルでお茶を飲みながら談笑を始めた。

 と、その光景を見つけた士騎が、少し離れた場所から寄って来た。


「舞翔くん、いらっしゃい」

「士騎監督! 今日もお邪魔してます」

「はは、こう毎日おやつを持って来るとまるで通い妻みたいだぐあぁ!」


 士騎は右足の爪先を抱えながら飛び跳ねた。

 舞翔は何事かと困惑する。

 すると士騎がくわっと目を見開きソゾンを睨んだ。

 どうやら犯人はソゾンのようだ。

 しかしソゾンはしれっとした顔で紅茶を啜っている。


「まったく! おじさんは退散しますよ、くすん」


 士騎は見るからに拗ねたように唇を尖らし去って行った。

 その情けない背中を見送りながら、舞翔はちらりとソゾンを見やる。


(うぅ、通い妻って! 変に意識しちゃうよ)


 士騎の言葉を思い出し想像してしまった舞翔は、思わず頬を赤らめたのを誤魔化すようにお茶を啜った。


「っつい!」


 それがいけなかった。慌てて飲んだものだから、思い切り舌を火傷してしまったのだ。

 痛みにたまらず舞翔が無防備に舌を出して苦しんでいると、不意にソゾンの方からガタガタと激しい音が聞こえて来た。

 驚いて見やれば、ソゾンは何故だか椅子を倒して立ち上がっていた。


「ソゾン?」

「……舞翔」


 俯き、少し低い声を出したソゾンに舞翔は眉を顰める。

 直後思い切りソゾンに鼻をつままれ、舞翔は目を白黒させた。


「お前は危なっかしすぎる」

「にゃ、にゃに!?」


 次の瞬間、どこから出したのかソゾンのすらっとした指が舞翔の口に氷を放り込んだ。

 どうやらソゾンの水筒から取り出したらしい。

 その冷たさに痛みが和らぎ舞翔は一瞬ほっとするも、すぐにソゾンの手ずから氷を食べさせられたことに気付き、顔を茹で蛸のように赤く染め上げる。


「あ、ありがとう」


 それでも律儀にお礼を言う舞翔を、ソゾンはじとりとした目で見やった。

 今、この場に居るのが自分だけで本当に良かったとソゾンは思う。

 それから先程の舞翔のペロリと出された小さな舌を思い出し、思わず片手で顔を覆った。

 あんな所、他の奴らに見られでもしてはたまらない。

 全員の目を潰して回ってしまうかもしれない。

 そんな物騒なことを考えながら俯いていたからだろうか、責められているとでも思ったのか、舞翔は見るからにしゅんと肩を窄めた。


「うぅ、そんなに怒らないで。やっぱり毎日来るの迷惑だった?」


 いじいじと、指先をいじりながら歯切れ悪く言った舞翔にソゾンは目を瞠った。

 頬を少し膨らませいじける舞翔も可愛いが、しかしこのまま見当違いの勘違いをされたままでは困る。

 だからソゾンは舞翔の手に自身の手を添えると、ずいと顔を近づけた。


「な!?」

「舞翔」


 互いの前髪が触れるほどの近距離で、ソゾンは舞翔をじっと見つめる。

 それだけで舞翔は既にパニックで、顔から湯気でも出そうなくらいに上気させ、見るからにあわあわと狼狽している。

 そんな舞翔を逃がさないように、重ねた手を改めて強く握り締めると、ソゾンは口を開いた。


「逆だ、俺は可能ならずっとお前のそばにいたいと思っている」


 強い眼差しで、聞き間違えなど出来ないように、ハッキリと。

 告げた矢先に舞翔の顔はボンと音を立てて爆発した。

 その様子をソゾンは然も満足そうに少し口角を上げて見つめる。

 そしてそんなソゾンを、舞翔は恨めしそうに目くじらを立て見やった。


「なんか、ソゾン性格が変わったよね」

「そうか?」


 ソゾンは笑顔で舞翔の頭をくしゃりと撫でると、元の位置に体を戻した。

 すると舞翔が何やら名残惜しそうに自分の手を目で追っていることにソゾンは気付く。

 だからもう一度、手を伸ばし頭を撫ぜてやれば、舞翔は少しだけ驚いたように目を見開いてから、嬉しそうにはにかんだ。

 それを満足そうに眺め、ソゾンはぼそりと呟く。


「何せなりふり構っていられない」

「? 何? 何の話?」

「こちらの話だ」


 聞こえなかったのか、首を傾げる舞翔にソゾンは少しだけ眉尻を下げ苦笑した。

 彼女に言い寄るやからは多い。

 だというのに舞翔は未だにそういった事には無頓着なのだ。

 長期戦は覚悟しているものの、内心ソゾンも気が気ではない。

 だからといって、彼女を諦めるつもりは毛頭ないのだが。


「それより舞翔、菓子が終わったらまたバトルしていくだろう?」

「っ! うん、もちろん! 今度は絶対に私が勝つわ!」


 話題を変えると、舞翔は見るからに瞳を輝かせて食いついてきた。

 そんな少女にソゾンは見るからに優しい眼差しを送る。

 今はこうして舞翔と共に居られるだけで、ソゾンは幸せなのだ。


「今のところ93勝92敗5引き分けで俺の勝ちだな」

「うう、今日は負けないんだから!」

「どうだろうな」


 そんな他愛の無い会話をしていると、ソゾンは不意に舞翔の口元に菓子くずが付いているのに気が付いた。


「舞翔」


 それはほとんど無意識だった。

 手を伸ばし、親指で舞翔の口元を拭ってやる。


「菓子くずが付いていたぞ」


 そして本当に他意も無く、ソゾンはそう報告したのだが。


「あ、ありが、とう」

「!!」


 舞翔は眉を寄せ、頬を朱色に染め上げて、ふるふると睫毛を震わせながら、恥ずかしそうに少しだけ唇を窄めて、言った。

 そんな舞翔にソゾンの心臓に激しい衝撃が走る。

 もう何も考えられなくなるほど、ソゾンの目には舞翔の表情が焼き付いて離れない。

 そんな瞳を収縮させ真顔のまま固まってしまったソゾンに、舞翔は困惑する。


「ソゾン?」

「あ、あぁ、すまない」

「え? あ、ううん」


 見ればポーカーフェイスのソゾンの耳が微かに赤くなっている。

 それを見つけた舞翔もまた耳まで赤くして、二人して恥ずかしそうに俯いてしまった。

 沈黙が流れる。

 その沈黙に、ふるふると震える影がひとつ。


「だーーー! じれったいなぁもうもう!!!」


 どこからか飛び出してきたのは、招かれざる闖入者、マカレナである。


「マ、マカレナ!?」


 それにまず驚いて反応したのは舞翔だった。


「舞翔! 会いたかったよ!」

「ひぃ」

「いだだだだだだだだだだだだだ!!」


 すかさず舞翔に飛びかかったマカレナだったが、舞翔が怯え、それを守るように立ちはだかったソゾンに思い切り顔面を掴まれる。

 ソゾンの腕には何本も筋が浮かんでおり、かなり本気で掴んでいるのが丸分かりである。

 舞翔はソゾンの背に身を隠しながら、ソゾンの手から逃れようともがいているマカレナに「急にどうしたの?」と一応問いかけてやった。


「うぅ、いたた。もう、舞翔ってばつれないなぁ。君とバトルしに来たに決まってるだろ! だろ!」


 何とか解放されたマカレナは、掴まれた顔をさすりながら、ぷっくりと頬を膨らませてみせた。


「バトル?」

「そう! この新生フォーリエルα(アルファ)でね!」


 高々とマカレナが掲げてみせたフォーリエルに、舞翔は割とあっさりソゾンの背から抜け出すと、マカレナのそばまで歩み寄り、まじまじとフォーリエルを凝視する。

 するとマカレナは勝ち誇ったようにソゾンを見た。

 瞬間ソゾンの額にピキリと青筋が浮かぶ。

 そんな二人の無言の牽制合戦に気付きもせずに、舞翔はフォーリエルα(アルファ)に興味津々で顔を近づける。


「これ、ファントムは付いてないんだね」

「ふふ、そうさ! これはファントム社の原点に戻って原初モデルを元に改良したものだからね!」


 さりげなく舞翔の腰に伸ばそうとしたマカレナの手を、ソゾンが渾身の力を持って叩き落とした。

 瞬間、今度はマカレナの額にピキリと青筋が浮かぶ。それからマカレナは態とらしく濃い笑顔を浮かべるとソゾンを睨み付けた。

 それにソゾンは氷のように冷たい視線で応戦してみせる。

 原初モデルという言葉に目を輝かせている舞翔の頭上では、ソゾンとマカレナによる激しい火花が散っているのだが、やはりこれも舞翔の知るところではない。

 それどころか、舞翔はすっかりフォーリエルα(アルファ)に夢中である。

 然もバトルしたそうにうずうずし出した舞翔に気付くと、マカレナは口角を上げ、ここぞとばかりに舞翔に顔を近づけ、ウインクをしてみせた。


「強いよ?」

「っへぇ!」


 その一言に、舞翔の瞳がぎらりと輝く。

 そしてわくわくを隠しきれない様子で、笑顔を耐えるように口元をもごもごと動かし始めた。

 その様子にソゾンは思わず頭に手を添え大きくため息を吐いてしまう。

 舞翔のバトルドローン好きは、筋金入りだと。


「ねぇ、僕が勝ったら、舞翔と1日デートさせてよ! てよ!」

「へ?」

「いっだだだだだだだだだだっだだあだあああ!」


 油断も隙も無く言い出したマカレナの顔面を、ソゾンの剛腕が再び襲う。しかも今度は先程とは気迫が違った。眼光がゆらりと光の線を引き、凄まじい怒気を発している。

 即ち、激怒である。


「勝負に何かを賭けるなと言っているだろう?」

「いだだっだっだっだだだ!」


 有無も言わさぬ圧のある声でソゾンはマカレナを脅す。


「いいだろ、勝負するだけでも楽しいけど、僕は舞翔とデートしたいの!!」


 しかしマカレナも負けてはいない。ソゾンの手から何とか脱出すると、憤慨した様子で猫のように毛を逆立ててソゾンを威嚇した。


「だから、勝負では無く舞翔の意志を尊重しろと何回も……」

「うん、いいよ」


 反省した様子の無いマカレナに、ソゾンが引き続き説教しようとした矢先だった。

 舞翔はいとも簡単に、あっけらかんと頷いたのである。


「!?」

「舞翔~!」


 ソゾンは面白いくらいにピシリと凍り付き、逆にマカレナはパァと嫌味な程に喜びのオーラを放った。


「いつも邪険にしてばっかりでちょっとだけ申し訳ないなぁって思ってたんだよね。最近は嫌なこともしてこなくなったし、デートくらいなら丁度いいから日本を案内するよ」


 善意丸出しの、何もわかっていない他意の無い笑顔で舞翔はケロリと言う。


「さーっすが舞翔! そうこなくっちゃ」


 嬉々として飛び跳ねるマカレナを、ソゾンは真顔のまま瞳孔を収縮させ、眼力だけで人を殺せるのではという勢いで睨み付ける。

 しかし完全に勝ち誇ったマカレナは、そんな視線は屁でもないと言った様子でふふんと鼻を掲げてみせた。


「ほーらね、素直って得だよね? よね?」


 その鼻持ちならない笑みに、ソゾンは一瞬沈黙する。

 直後、ソゾンは突然もの凄い勢いで舞翔の両肩を掴んだ。


「ソ、ソゾン!?」


 舞翔の心臓が跳ね上がる。

 ソゾンの表情は俯いているため影になって見えない。

 しかし痛みは無いのに謎の強制感を持って肩を掴んでいるソゾンに、舞翔はごくりと息を呑んだ。


「舞翔」


 聞こえて来たのは、胸を擽るような甘い声。

 同時に顔を上げたソゾンはどこか熱のこもった切ない目で舞翔を見つめていた。

 瞬間、舞翔の鼓動は「んんんッ」という激しい唸り声と共に一瞬止まりかける。


「マカレナと二人きりは、やめてくれ。俺が許せそうにない」


 どこか縋るように心細げに言ったソゾンに、舞翔は思考など一切挟まない条件反射で「分かった」と頷いていた。

 それに怒ったのはマカレナである。


「ちょっと舞翔! いいって言ったのに約束を反故するつもり!?」

「だから、俺も行く」

「は?」

「俺も日本を案内してほしい、舞翔」


 マカレナの茶々などまるで聞こえていないように、ソゾンは舞翔をじっと見つめ懇願した。

 舞翔は舞翔で、もう完全にソゾンしか目に入っていないようで、それどころか顔を上気させ目はぐるぐるととぐろを巻いている状態である。

 マカレナは完全に臍を噛んだ。

 ソゾンはふっと勝ち誇った嫌味な笑みを浮かべている。

 この男、全て分かってやっている。そう気付いてマカレナはわななく。

 まさかあのド真面目でクソ不器用なはずの男がここまでするとは!

 いいや、むしろこの狡猾さが生存競争を勝ち抜いてきたこの男らしいと言うべきか!


「そ、そう言えばソゾンに日本を案内したことって無かったよね。ちょうどいいから三人で行こうか?」

「ちょっと舞翔! デートの意味分かってる!?」


 ようやく正気に戻ったのか、まだ少しあせあせとした様子で言う舞翔に、マカレナは悲鳴のような声を上げた。

 舞翔と二人なら大歓迎だが、ソゾンも一緒などご免である。

 マカレナは思わず深いため息を吐き、ソゾンはその様子にふんと鼻を鳴らした。

 完全に、ソゾンの勝利だ。


「それじゃあ、お菓子を食べ終わったら早速バトルしようか!」


 兎にも角にも気を取り直し、舞翔が笑顔でそう言った、直後。


「「ちょぉっと待ったぁあ!」」


 明後日の方向から良く知る声が二つ、重なって響いた。




続きます…笑

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