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第143話 『バトルしよう!』




 カランと武士が病室へとはいってくるのを見るや否や、舞翔は瞳を爛々と輝かせた。


「カラン! 武士!」

「起きたって聞いて飛んできたぜ、元気そうでよかった!」


 まず武士が本当に嬉しそうに舞翔に駆け寄った。それに続いて、カランもすぐ傍へとやって来る。

 ソゾンが座っているのとは反対側に立った二人を出迎えるべく、舞翔は向きを変えようとした。


「?」


 しかし、舞翔はその違和感に思わず疑問符を浮かべる。

 ソゾンと繋いでいた手が、ぎゅっと強く握られたまま、離れない。

 その所為で舞翔はやや斜めの状態でカランと武士の方を向く形になってしまった。

 そのことに若干の疑問を覚えながらも、舞翔はとりあえず気付かないふりをしてカランと武士との会話を続ける。


「舞翔、目覚めて安心したぞ」


 カランはそう言っていつもの通り優しく微笑んだ。

 それに舞翔が「うん、ありがとう」とはにかんでいる間も。


「??」


 ソゾンの手は、離れない。

 これには舞翔も困惑し、明らかに眉尻を下げおろおろと助けを求めるようにカランを見つめた。その視線にカランは一度咳ばらいをすると、じろりとソゾンを睨み付けた。


「ソゾン。舞翔が困ってる、放してやれ。()()()()()()()()


 カランはこれでもかというくらいに口角を上げ、然も愉快そうに目を細めた。

 その表情にピシリと音が鳴って、ソゾンの額に青筋が浮かぶ。


「黙れ、その顔をやめろ」


 いかにも不機嫌そうなドスの利いた声で、ソゾンはカランを睨みつけた。


「いやぁ、あまりに自業自得で! あっはははは!」

「笑うなと言っている」


 対してカランは悠然と笑い飛ばすほどに余裕である。

 その所為でソゾンの青筋は増えるばかりだ。

 一方舞翔はソゾンから感じるすさまじい怒気にカランに頼ったのは完全に失策だったと渋い顔をしていた。

 それから意を決して、自分でどうにかしようとソゾンの方へ向き直る。

 ソゾンをじっと見つめ、ソゾンもまた、舞翔をいつも通りの鋭い目付きで見つめ、しばしの謎の沈黙が流れる。

 それもそのはず、向き合ったのはいいものの、舞翔は掛けるべき言葉を見つけられないでいた。

 明らかにおろおろと眉を上げ下げした舞翔は、いい加減何か言わなければと焦って口を開いたのだが。


「え、えっと。ソゾン、体調は大丈夫?」


 飛び出したその頓珍漢な発言に、ソゾンはじとりと元々細い目を更に細めて、思わず深いため息を吐いてしまった。


「まぁいい、時間はいくらでもある」


 そしてぼそりと呟いたのとほぼ同時に。


「やぁ、舞翔くん!」


 空気を読まず、元気良く病室のドアが開いたかと思えば、そこから士騎が晴れ晴れとした様子で現れた。


「監督!」

「無事目覚めて安心したよ。寝不足と軽い熱中症との診断だったが……君は本当に、夜はちゃんと寝ないと駄目じゃないか」


 士騎は少しだけ眉間に皴を寄せて叱るように言った。

 いつもなら少し疎ましく感じるそのお説教も、今の舞翔にとっては渡りに船、まさに救いの神である。


「監督~!」

「な、なんだどうした?」


 普段の舞翔からはあり得ないキラキラした目で見つめられ、士騎は困惑した。

 ついでに舞翔の後方から殺意に満ちたソゾンの視線がチクチクと刺さってくる。

 そして士騎は全てを察した。


「さぁ、お前たち! そろそろ舞翔くんのご家族が来る。それと今お母様が主治医を呼んできているから、邪魔になる前に帰るぞ」


 三十六計逃げるに如かず、である。

 士騎はわざとらしくそう声を張り上げると、「えぇ!」「もう少し!」とぶーぶー文句を垂れる武士とカランを引き摺って出口へと向かった。


「今だってお母様のご厚意でこうしてお邪魔してるんだ、これ以上わがままを言うな。あ、そうだ舞翔くん」


 と、扉から外へ出る直前、士騎は急にくるりと振り返った。


「ソゾンだが、正式にエフォートを離脱して我がBDF本部の職員として働いてもらう事になった。これからの彼はBDF所属の選手兼研究者だ」

「!!」


 それを聞いた舞翔の瞳が、みるみるうちに大きく見開いていく。

 直後、物凄い勢いで振り返った舞翔に、ソゾンは一瞬びくりと肩を跳ね上げた。


「住まいもBDF本部近くでひとり暮らしすることになったよ」


 士騎はそれだけ言うと、軽くウインクをして去って行った。

 再び二人きりになった病室で、舞翔は心底嬉しそうにソゾンを見つめ、ソゾンはそんな舞翔に少しだけ呆気に取られながらも、不意にふっと、微笑んだ。


「よろしくたのむ」


 それを聞いた舞翔は、興奮した様子でソゾンに詰め寄る。


「じゃあ、これからはいつでも会える!?」


 舞翔はそれはもう瞳を輝かせ、尻尾があったなら確実にぶんぶんと振り回していたであろうくらい、全身から喜びを溢れさせている。

 さすがのソゾンもそれには押され負け、何だか胸がそわそわと落ち着かない。

 気付けば頬に朱を帯びて、思わず顔を伏せてからソゾンは答えた。


「お前が望むのなら会おう」

「あ、会いたい!」


 即答だった。

 同時にずっと繋いでいた手を、今度は舞翔の方から強く握り返される。

 その手の温もりに、ソゾンの胸に何かが灯った。

 それは寄る辺なく街を彷徨っていたあの頃、心の底で渇望していた何か。

 遠く遠く、どうせ届きはしないと、見つめていた、何か。

 顔を上げ、舞翔を見る。

 舞翔はソゾンの視線に気付くと、その瞳を細め、柔らかく微笑んだ。

 求めれば応え、応えれば響く。

 それを人は、きっと愛しいと、言うのだろう。 


「俺も、舞翔に会いたい」


 気付けばソゾンは、幸せそうに笑っていた。

 いつもどこか張り詰めていた眉を下げ、穏やかに目を細め、柔らかく頬を緩ませて。

 それを見た瞬間、舞翔の心臓はかつてないほどの音を立てて高鳴る。

 初めてみた表情。

 それはきっとこの世界で、いいや前世を通してだって誰も見たことが無い。

 ただ一人、舞翔だけが見る事の出来たソゾンの笑顔。

 舞翔は気付けば強く願っていた。

 この手を、離したくないと。


「仲良いな!」

「見ていてこっちが照れてしまうよ」

「くっ、舞翔!」


 そんな二人の様子を、扉の隙間から武士、士騎、カランの三人が下世話にも覗き込んでいた。けれども見つめ合い幸せそうに笑い合う二人を見ると、安心したように去って行く。

 そんな扉の前の気配が消えたのを確認し、ソゾンは立ち上がった。


「俺もそろそろ自分の病室に戻ろう」


 と、舞翔の手が引き留めるようにソゾンの右手の裾を掴む。


「あの、ソゾン! 退院したらすぐに会いに行っていい!? そうしたら」


 少しだけ言いにくそうにもじもじとする舞翔に、ソゾンは優しい眼差しを向けた。


「あぁ、勿論だ」


 彼女が言わんとしている事なら、手に取るように分かる。

 何故なら自分も、同じことを思っていたから。

 だからソゾンは舞翔に真正面から向き直り、毅然と姿勢を正すと、真っ直ぐに舞翔を見つめる。

 そして、口を開いた。


「その時は」


 舞翔もまた、目をこれでもかと見開くと、嬉しそうにその笑顔を弾けさせ、言った。


「「バトルしよう!」」




~FIN~




しかし、まだ終わりません!!!


次は!!


エピローグ!!


です!!!!

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