第140話 『堕天使の翼は落ちて』
「貴方がつまらないのは、貴方がつまらない人間だからだよ」
その言葉を聞いた瞬間、マカレナの心臓がドクリと高鳴る。
「っ黙れ!」
再び太陽が燃え盛り、その炎がフォーリエルを包み込む。
それだけではない、フォーリエルはまるで重力をも操るかのように、周囲の星々を揺るがし始めた。
炎が、星々が、次々とエレキストに降り注ぎ始める。
「全てを持っていて恵まれていて、支配する側だったとしても、カランはその責任を果たすために真っ直ぐでいつも真剣だよ!! 貴方みたいに人を馬鹿にしたりもしない!!」
その雨あられのごとし攻撃を、エレキストは掻い潜っていく。
「それが何だって言うんだ!? そんなのあいつの力が弱いから、媚びないとやっていけないだけだろ!? だろ!?」
フォーリエルは、動いていない。
太陽の前に鎮座し、次々と攻撃を送り込むだけだ。
だからこそ、エレキストは逃げるふりをして少しずつフォーリエルへと近付くことが出来た。
そして。
「“さぁ、風を奏でよう! エレキスト!”」
エレキストはフォーリエルの真下から垂直に跳ね上がった。
捨て身の攻撃、しかしそれも直前に気付いたマカレナによって回避されてしまう。
攻撃は僅かにフォーリエルのアームを掠るだけだった。
しかし、次の瞬間。
「!?」
フォーリエルのアームが何と二本同時に、ポッキリと折れた。
エレキストは掠っただけで、直撃はしていない。
けれどもアームは確かに二本とも折れている。紛れもない、エレキストの攻撃によって。
それは奇しくもソゾンのアイブリードが一矢報いた攻撃に類似していた。
その思いもかけない状況に、マカレナは絶句する。
「な、なんで?」
「貴方が見下している相手に、傷を付けられたことにも気付いてなかったんだね」
舞翔のその言葉にマカレナはハっとした。
よく見れば他にも複数、フォーリエルに小さな傷やヒビが入っているのが見える。
そう、それは偶然ではなかった。
ソゾンが残した爪痕を、舞翔は正確に狙ってみせたのだ。
「それはソゾンが付けた傷だよ。私はそこを少し突いただけ。貴方が馬鹿にしている虫けらが、貴方よりも劣っているなんて、思い込まない方がいいんじゃないかな?」
舞翔は眼光を炯々と輝かせ、マカレナを見つめた。
その視線にマカレナは激昂する。
「ふざけるな! この程度で! このっ、僕が!」
フォーリエルが舞い上がる。残りたった二つのプロペラで!
反重力の宇宙ステージだからこその力技だが、それでもなおバランスを取りコントロール出来ているなんて信じられない光景だ。
これこそが、“ファントム”の底力なのだろう。
「そんな初期型のバトルドローンに! 僕の最新鋭のフォーリエルが! 負ける訳が! ないだろうがっっ!!」
フォーリエルは太陽の遥か上空まで上昇し、エレキストを見下ろした。
太陽がざわめき出す。
ぼこぼこと、まるでマグマのように表面が沸き立ったと思った、直後。
「!?」
舞翔は突如吹き荒れた熱波に思わず顔を腕で覆い、目を眇めた。
「完膚なきまでにお前を叩き潰す!! 泣いて縋って惨めに俺に許しを乞え!!!」
炎天が、堕ちて来る。
そうとしか言い表せない光景だった。
視界いっぱいに広がった炎の海。
幾多の爆発を起こしながら、巨大な太陽がエレキストに向かって堕ちて来ている。
舞翔は絶句した。
その圧倒的な質量に対し、ステージ上の何処に逃げ場があるというのだろう。
「お前ごときが!! 僕が価値を与えなければ、ただの一般人のモブの分際で!!!!」
「っ!!」
このままでは太陽に呑み込まれる。
そうなればエレキストが燃え尽きてしまう!
いいや、エレキストだけではない。
太陽は舞翔にも向かって来ているのだ。
このままでは舞翔自身もただでは済まないかもしれない。
「ま、まずい! 逃げろ! みんな逃げるんだー!」
DJが叫び、スタジアムに悲鳴と絶叫が溢れ返る。
まさに阿鼻叫喚の地獄である。
舞翔は動けなかった。
ただ無力に太陽を見上げ、呆然と立ち尽くすことしか出来ない。
これがファントムの、選ばれし者の真の実力なのだとしたら――
(とても、敵いそうに無い)
舞翔は無意識に目を伏せる。
「「舞翔!」」「舞翔くん!」
武士、士騎、カランが思わず同時にその名を叫んだ。
そして助けに行くべく駆け出そうとした、その時。
カランが誰かに気付く。
その人物はスタッフの制止を振り切り、よろめきながらスタジアムへと入って来た。
ラズベリーレッドの髪、シアン色の鋭い瞳。
ソゾンだ。
ソゾンは尚も止めようとするスタッフを振り払いながら、未だ覚束ない足取りで、それでも一心に舞翔だけを見つめ、向かって行く。
気付けばカランは走り出していた。
そして崩れ落ちそうになったソゾンの肩を、気付けばカランの両手が支えていた。
「貴様は」
「行こう、舞翔が待っている」
ソゾンはカランが自分を助けたことに少し目を見開いたが、すぐにその視線を舞翔に戻した。
カランもまた、ソゾンの方を見ることは無く、その瞳は舞翔だけを見つめている。
カランに支えられ、ソゾンは舞翔の立つ展望台の真下まで辿り着いた。
展望台の上では、舞翔が立ち尽くしている。
その指先は微かに震えていた。
それを見とめた直後、ソゾンは弾かれたように息を吸い込み、そして。
「空宮舞翔っ!!!!!!!!!!!」
ただその名を、思い切り叫んだ。




