第138話 『未知の領域!? バトル開幕! 舞翔VSマカレナ』
舞翔は絶望していた。
自ら展望台に頼まれもしないのにやって来て、マカレナに勝負まで吹っ掛けておいて、エレキストを家に忘れたことに気が付いたのだから、それはそうだろう。
そんな舞翔をよそに、会場のボルテージは最高潮に達している。
とても言い出せる雰囲気ではない。
少し泣きそうになりながら、思わず武士達に救いを求めて視線を送ったその時だった。
「舞翔!」
カランが突然何かを投げて寄越した。
舞翔はそれに驚きながらも、なんとかかんとか落とさずにそれを受け取る。
「!」
それは二つのプロコンとゴーグルだった。
舞翔はカランを見やる。
笑顔でその視線に答えたカランの手には、見間違うはずが無い、正真正銘舞翔の愛機、エレキストが乗せられていた。
そのことに驚いて目を見開いていると、武士と士騎が口を大袈裟に動かし何かを伝えようとしている。
それを読み取ろうと、舞翔は唇の動きに目を凝らした。
(お、か、さ、と、ど、け)
そして、ハっとした。
(お母さんが、届けてくれた!?)
既に会場にその姿は見えなかったが、恐らく間違いないだろう。
舞翔は驚きすぎて思わず口をあんぐりと開けたまま呆然としてしまった。
けれどもそうか、母が届けてくれたのか。
その事実に、舞翔の胸はじんわりと熱くなる。
(そうだ、私はもう“空宮舞翔”なんだ)
そしてそんな当たり前な事を、舞翔は改めて自覚した。
それからゆっくりと顔を上げる。
「エレキスト!」
高らかに発した舞翔の声に答えるように、エレキストはカランの手から天高く飛び立った。
そしてゆっくりと、まるでランウェイでも歩くように観客席の前を一周する。
するとエレキストを間近に見た観客から、少しずつ驚きの声が上がり始めた。
「おい、あのドローン初期型だぞ!?」
「しかも一番安い奴じゃないか!?」
「でも、色々と手を加えてメンテナンスもしてるやつだ」
「俺あれもってる! クリスマスに買ってもらって、あの改造俺もした!」
「じゃあ、あの改造を応用してトライコプターに変形させてたのか!?」
先程までフォーリエルへの声援がほとんどだった会場が、その事実に感化され、徐々に応援の声が二分されていく。
新しい圧倒的な強さに心酔する者、自分達と同じ機体であることに共感を示す者。
エレキストはやがて、一際大きな声援を送ってくれる一団の前を通り過ぎた。
そこに居たのはフリオ、エンリケ、ジェシー、マリオン……キリルやサイモン、そしてユウロン。
世界大会出場者達である。
皆は全力で、舞翔を応援してくれている。
「みんな!」
舞翔の頬が、思わず緩む。
その表情にむっとしたのは、マカレナである。
「はは、すっごいね。君ってとーっても人気者なんだ」
自分以外に舞翔の意識が向けられたことが気に入らないのか、マカレナは相も変わらず爬虫類のような気味の悪い目で舞翔をじとりと見ている。
その視線に思わず舞翔が顔を顰めると、突如マカレナはパアとでも音が聞こえそうなほどに満面の笑みを浮かべてみせた。
「ねぇ、こんなにより取り見取りなのにさ、どうして君はあの薄汚い吸血鬼がお気に入りなの?」
そしてその三日月のように歪んだ口から放たれた言葉に、舞翔の表情が凍り付く。
「な、に言って」
「だってあいつには才能も無ければ僕みたいに財産もない。それどころか、両親だっていないじゃないか!」
ドクリと、大きな音を立てて舞翔の心臓が跳ね上がった。
何の悪びれも無く、邪気の無い、けれども人の心を引き裂く言葉。
茶色い瞳がぐらりと揺れて、舞翔は急に自分が立っている地面が無くなってしまったような感覚に襲われた。
(私だって、前世ではそうだった)
舞翔の拳が強く握り締められる。
心は燃え盛るように熱いのに、脳は酷く冷たく落ち着いていた。
当たり前に持っている者は、持たざる者のことなど分かるはずが無い。
そんなこと、嫌というほど思い知らされてきたはずなのに――
「あは! やっぱり、あいつのことになると君って最高に刺激的だね、だね」
気付けば無意識のうちに、舞翔の瞳の奥には烈火の如き怒りが宿っていた。
それを見出したマカレナの表情が、更に深い笑みを刻み込む。
「でも、もうあいつのことは忘れなよ。すぐに僕しか見えないようにしてあげる!」
舞翔とマカレナ、二人の視線が真正面からぶつかり合う。
その瞬間、二人の頭上に圧倒的な熱量の強大な炎の塊が現れた。
「場も温まって来た所で、最終ステージを紹介するぞぉ! 宇宙といえば、そうだ、太陽だ! 二人には燃え滾る炎の星のもと、“太陽系ステージ”でバトルをしてもらぞぉぉお!」
スタジアムが一挙に熱気に包まれる。
舞翔は目の前に広がるその信じられない光景に目が釘付けとなった。
こんなステージ、見たことがない。
アニメ全編を通しても、こんなステージは存在しなかった。
何故ならアニメにこの第四試合は存在しない。
そう、ここから先は前例が無い、舞翔にとって未知の領域。
「それじゃあ二人とも、準備は良いか!? “スタンバイ”!」
その言葉と共に、太陽を背景にエレキストとフォーリエルが上昇する。
舞翔は人知れずごくりと息を呑んだ。
(これは正真正銘、私だけの真剣勝負……!)
その事に足が竦みそうなのに、胸はどうしようもなく高揚する。
「それじゃあ行くぞ! “テイクオフ”!」
DJの声が高らかに告げ、会場中が湧き上がる。
今、舞翔は全てを背負ってバトルへと挑む。
この世界の命運も、仲間の想いも、そして、ソゾンの覚悟も。
「私は、絶対に勝つ!」
咆える様に叫び、エレキストは飛び立った。
舞翔の瞳は強く輝き、その両足はしっかりと地を踏みしめている。
堂々とそこに立ち、勇敢にもマカレナに立ち向かうその姿は、多くの人間を魅了したことだろう。
士騎、武士、カランの三人もベンチを飛び出し、展望台の下でそんな舞翔に思わず見惚れていた。
「すげぇ、かっこいいな、舞翔!」
「あぁ、眩しくて直視できそうも無い」
武士は興奮で目を爛々と輝かせ、カランは憧憬に目を細めた。
そして士騎は大きく眼を見開き、呆然と少女を仰ぎ見る。
「そうか、舞翔くんは……誰かの為なら、こんなにも強くなれる子だったんだな」
あの日、世界大会の決勝戦直前。
士騎は自ら日本へと帰って行った少女の背中を思い出した。
今、ステージに立っている舞翔の背中と、その背中は何ら変わらない。
舞翔が逃げるのも、立ち向かうのも、きっと本質は同じ。
「君は本当に、優しい子なんだな。舞翔くん」
士騎は微笑む。
けれどもここまで全てを背負い、闘う覚悟を決めるほど彼女を奮起させたのは、紛れもなくソゾンの存在が大きかっただろう。
「ソゾン、どうか無事でいてくれ」
※・※・※・※
医務室では、ソゾンがベッドに寝かされていた。
多くの管を繋がれ、酸素マスクを付け、心音を計る機械の音が無機質に部屋に響いている。
外見的な怪我への処置は適切に施され、転落の衝撃も、士騎が間に合い受け止められた為、それほどのダメージにはなっていないはずだ。
けれどもソゾンは未だ目覚めない。
それどころか、心音も呼吸もかなり弱まっている。
瞑った瞳は開かない。
指先も、ぴくりとも動かない。
けれども医務室に遠くスタジアムの歓声が届くと、その爪の先が微かにぴくりと動いた、ような気がした。
いよいよこれが、ラストバトルです!
ここまで読んでくださっている皆様、ご愛読本当にありがとうございます!
最後までドキドキで駆け抜けたいと思っています。
どうぞもうしばし、お付き合いくださいませ!
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