第137話 『舞翔の咆哮! 決意の対峙』
会場は騒然としていた。
駆け付けた医療班はその場で懸命に処置を施している。
傍らで士騎は必死で彼の名を呼んで、舞翔はそれを、観客席から呆然と見下ろした。
「ソゾン」
ふらり、歩き出す。
走り出す。
観客席を飛び越えて、スタジアム内へと飛び込んで、駆ける。
「! 舞翔!?」
「舞翔!」
まず初めに舞翔の存在に気が付いたのは武士とカランだ。
医療班の邪魔をしないよう取り巻きで見ていた二人は、舞翔の存在を視界に捉えると咄嗟に声を掛けた。
けれども舞翔はそんな二人の声など耳に入っていないようで、ソゾンだけを目指して夢中で駆け寄る。
「ソゾンッ!」
そこにはボロボロに傷付いて、気を失っているソゾンが倒れていた。
酸素マスクを付けられ、脈拍の確認や止血を受けているその姿はカランとのバトルの後とは明らかに様子が違う。
担架に乗せられ運び出されようとするソゾンに、舞翔は思わず縋り付こうとした。
しかしそれを士騎に両肩を押さえられ止められる。
「気を失っているだけだ、すぐに処置をすれば絶対に大丈夫だから」
「本当ですか!?」
「っもちろんだ」
「っ」
士騎はほんの僅かに息を呑んだ。
その一瞬の間だけで分かる。
ソゾンは危ない状態なのだ。
舞翔の表情が崩れる。眉間に皴を寄せ、眉尻を下げ、唇を噛み締め士騎を見上げる。
士騎もまた、苦し気に眉を寄せ舞翔を見つめた。
「舞翔!」
と、突如緊迫した空気を切り裂いて、場違いに明るい声が響いた。
「来てくれたんだね、嬉しいよ! 」
それはマカレナだった。
満面の笑みで展望台から舞翔に手を振っている。
「そんな負け犬放っておきなよ! 才能も無いのに無理して“ファントム”まで使ってその様さ! 笑っちゃうよね」
マカレナは然も馬鹿にしたようにケラケラと笑った。
そんなマカレナを舞翔は反射的に有りっ丈の嫌悪を込めて睨み付ける。
その視線にマカレナの全身は恍惚と震えた。
「あぁっ、やっぱり君って最高!」
舞翔は瞳を収縮させ、これでもかと眉間に皺を寄せる。
怒りの余り唇が震えた。
それから僅かに顔を伏せる。
隣に立っていた士騎が舞翔のその様子にいち早く気づくと、ぎょっと目を見開いた。
「許さない」
小さく、けれども明確に、低く、唸るように空気を伝う声。
「あなたを絶対に、許さない!!!!!!!!」
そして直後放たれた叫びは、まるで獣の咆哮のように周囲の空気を震わせた。
「ま、舞翔くん!?」
舞翔は士騎の制止も聞かず、展望台へと歩き出す。
誰もがその一歩に注目した。
一歩、また一歩と展望台をのぼっていく。
そしてついに舞翔はマカレナの前に立った。
その表情は激しい怒りをたたえ、眼光炯々とマカレナを睨み付ける。
突き刺さるようなその視線に、マカレナは興奮のあまり全身が震え上がった。
「お、おーっと! 試合はもう終わったはずだが、空宮選手が現れたぞ!?」
突然の出来事にDJがおろおろしながら視線をベルガに向ける。
ベルガは不気味なほどに落ち着いていた。
けれども不意にすっくと立ち上がると、ベンチから出てスタッフからマイクを受け取る。
「いいでしょう。先程の勝負、マカレナが勝ったことで我がエフォートとBDFは今のままでは一対一の引き分けだ。勝者決定戦として、マカレナと空宮舞翔選手による最終試合を行おうではありませんか!」
高らかに告げられたその宣言に、観客が一斉に歓喜の声を上げる。
しかし舞翔はそんなことはどうでもいいように、先程からただ一人マカレナだけを瞳に捉え続けている。
だが皮肉なことに、その怒りが一心に自分に向けられることに、マカレナは高揚するばかりである。
と、士騎のもとに突如アレクセイが駆け付けた。
「士騎監督っ、これを!」
アレクセイは酷く真っ青な顔で士騎に持っていたスマートフォンの画面を示す。
そしてそれを見た士騎は、目をこれでもかというほど見開いて、絶句した。
「っなんてことだ」
「また先を越されました、既に全世界のメディアが新しく発表されたファントム社の“Pシリーズ”について、先程のバトルと共に報道しています」
「ソゾンの告発はどうなったんだい!?」
「それが、どこのメディアもどういう訳か一斉に拒否の姿勢を示し、一切報道されていません。取り扱っているのはどれも信憑性に欠けるネットの記事ばかりです」
士騎は思わず膝から崩れ落ちた。
全てにおいて、ベルガの方が上手だったのだ。
最後の切り札であるソゾンの告発すらも、ベルガがメディアを味方に付けたことで完全に封じられてしまった。
「こうなったら、俺だけでも早く会見を!」
「駄目です! ソゾンの告発が空振りに終わった以上、ファントム社の非を示す証拠は無いも同然。しかも実際に試合で“ファントムのオリジナル”を使わせ彼をこんな状態にしてしまったのはBDFである貴方の方なんですよ!? 状況だけ見れば、世間的にはBDFの方が完全に悪者だ。そうなればBD社が一方的に糾弾されるだけになってしまう!!」
士騎は思わずといった風に、きつく握り締めた拳を地面に力の限り打ち付けていた。
拳から血が滲む。
悔しさと情けなさと怒りで、頭がどうにかなってしまいそうだ。
つまり、士騎はもう“ファントム”について黙っているしかない。
告発したとしてもBD社が窮地に立たされるだけで、最早ベルガにとって痛くも痒くもない状況になってしまった。
大人として、士騎は沈黙を強いられるしかない。
ベルガと心中するつもりが、気付けば逆に首の根を掴まれていたのは士騎の方だったのだ。
それは完全なる敗北に等しい。
「くそっ、くそっ!」
士騎は項垂れた。
ソゾンが、あんなにも覚悟を持って闘ったのに。
その全てを無駄にしてしまったのだ。
再び両手を地面に叩きつけ、士騎はベルガの方を見た。
ベルガは笑っても、嘲笑ってもいない。
ただ静かに、憐れむように士騎を見ていた。
その事に士騎の顔がみるみるうちに悔しさで赤く染まっていく。
敗北感に、地面に顔を伏しそうになった、その時だった。
「士騎! 舞翔を見ろ」
カランの声が響き、乱暴に両肩を掴まれたかと思うと、下げていた頭を無理矢理に上げさせられた。
「まだだ、簡単に頭を下げるな!」
「そうだぜ、兄ちゃん!」
気付けば士騎の両脇にカランと武士が立ち、真っ直ぐな瞳で士騎を見ている。
そして彼らが指し示した先に視線を向ければ――
「監督!」
舞翔は展望台でスポットライトに照らされて、逆光を背に士騎を見ていた。
その瞳は一等星の如く強く輝いている。
「ファントムなんか無くても、私達は強くなれる。それはもう、武士がマカレナに勝ったことで証明してくれたはずです!」
舞翔は叫んだ。
その突然の言葉にスタジアムがざわめき出す。
「そして、私だって“ファントム”なんか無くても絶対にマカレナに勝ってみせる。あとはバトルを見て、みんなが判断してくれるはずです!」
観客からは「これか!」「ファントム社から情報出てる!」などの声が上がり始めた。
中にはソゾンの告発文を見つけ出した者も現れ、観衆は錯綜する情報に混迷を極める。
しかし観客からは“ファントム”に対して好意的な意見の方が多く聞こえた。
「これがさっきのバトルで?」「すげぇ!」「俺達も強くなれるのか!?」、と。
「ベルガ!!!!!」
そんな声を全て掻き消すように、舞翔は叫んだ。
そのことで観客の視線は整然と立つベルガへと注がれる。
「私はファントムを認めない。ファントムなんて、必要ない!」
魔を切り裂く鈴の音のように、その声は凛とスタジアムに響き渡った。
「そんなものなくても、ドローンバトラーは強くなれる!!」
言い切って、舞翔は振り返った。
振り返ったそこに、マカレナが立っている。舞翔の言葉を聞いて、尚も泰然と薄い笑みを浮かべたマカレナが。
彼は疑いもしない、自分が“天才”であることを。
“選ばれし者”だということを。
そしてその実力は紛れも無く“本物”だ。
けれど、だからこそ――
「マカレナ、貴方を倒す」
舞翔は真っ直ぐにマカレナを見据えた。
その視線に、マカレナはふいに目を閉じ小さく口角を上げる。
「ふぅん。でもさ、浦風武士が勝った時は、僕がオクトーシャンを使ってたこと、忘れちゃってる?」
そして次の瞬間、開眼したマカレナの背後に白く輝くフォーリエルが現れた。
「!!」
「フォーリエルは正真正銘、僕のパートナー。オクトーシャンの時とは違うんだよね」
フォーリエルはマカレナの言葉と共に優雅に宙でくるりと回ってみせた。
その動きはまるで生きているかのようだ。
それに対して舞翔もまた、エレキストを呼び出そうと手を動かす。
しかし。
「あれ?」
舞翔は一度思考を停止した。
あるはずのプロコンが無い。スタジアムに居る時はいつもわが身のように身に着け、もはや体の一部と化していた為、意識すらしていなかったが、今舞翔は何も所持していない。
そして思い出す。
(家に、忘れたー!)
舞翔の顔に汗が滲む。
(ど、どうしよう! こんな啖呵を切っておいて忘れたから取りに行きますって駄目すぎない!?)
まさかこんなところで一世一代のピンチが訪れるとは思わなかった。
舞翔は必死に悟られないようにしているものの、明らかに挙動がおかしい様子に士騎、カラン、武士はいち早く気が付く。
そして全ての事情を一瞬で察した。
「おい! 舞翔くんもしかしてエレキストを」
「俺、走って舞翔の家に行って来る!」
「! おい」
そして三人でこそこそと円陣を組み話し出した時だった。
士騎が何かに気付き声を上げた。
「! あなたは」
主人公のターン!!
そして、あなた、とは!?
乞うご期待です!!笑




