第135話 『決戦は宇宙!? 士騎からの電話』
「さぁ、お待ちかね! 最終試合のステージを紹介するぞー!」
会場の熱気は最高潮に達している。
DJの掛け声を合図に、スタジアム中央には床下から新ステージが現れる。
会場中が困惑でどよめき、武士、カラン、士騎までもその全容に思わず立ち上がった。
マカレナはにんまりと微笑み、ソゾンは静かに瞳を細める。
「な、な、なんと! エフォートの最新技術を駆使した反重力の世界、我々の常識は通用しないぞ!? “コズモス《宇宙》ステージ”だぁあああああ!」
現れたのは星々を散りばめたまさに宇宙のような球体である。
目の前に広がる信じられない光景に、その場に居た全ての者が息を呑んだ。
「そして今回マカレナ選手が使うのは正真正銘、彼の愛機! ファントム社の威信をかけて開発された、まさに“零落の堕天使”に相応しい新型バトルドローン!」
そしてステージの中心に、一斉にスポットライトが当てられる。
つつ闇に星々が瞬く中、そのどれよりもいっそう煌めきを放つその機体。
白銀に輝くヘキサコプター《六つのプロペラ》。
「キャッチコピーはなんと無敵! その名も“フォーリエル”だぁ!」
ゆっくりと、まるで大天使が地上に舞い降りるかのごとく、フォーリエルは悠然と宇宙の中を旋回する。
「あはは! さぁ、君のそのぼっろぼろの古臭いドローンでどこまでやれるか、楽しみだなぁ」
マカレナは高慢にもつんと鼻を上げてソゾンを見やった。
その視線に見向きもせずに、ソゾンは自身のアイブリードを上昇させ、スタンバイの位置に着く。
「この未知のステージでいったいどんなバトルが繰り広げられるのか!? みんなぁ、一瞬たりとも目を離すなよぉ! それじゃあいいかな!? “スタンバイ”!」
※・※・※・※
テレビの中でDJが「テイクオフ」を叫んだのと、舞翔がスマートフォンに応答したのは、ほぼ同時だった。
「も、もしもし」
舞翔は電話の主に恐る恐る問いかけた。
すると『良かった、やっと出てくれたね』と思ったよりも優しい声が聞こえて来る。
「士騎、監督。わ、わたし」
舞翔はテレビ画面から目を離さぬまま、今自分が会場には行かず自宅に居る事への罪悪感で口籠る。
『詳しくは聞いていないけれど、ソゾンから大まかな事情は聴いているよ。辛いところにすまない』
士騎はあくまでも穏やかな声だった。
そのことにほっとしつつ、舞翔は画面の向こうのバトルを見つめる。
『テレビは観ているかい?』
「み、観てます! どうして、ソゾンが!?」
『実は、ベルガに先を越されてしまったんだ。ファントムを搭載したドローンは、今日正式にプレスリリースされる』
「っ!」
全く予想していなかった士騎の答えに、舞翔は動揺のあまり声を詰まらせる。
しかしすぐにスマートフォンを握り締め、問いかけた。
「みんなは? 証拠を掴めなかったんですか!?」
『ベルガに見つかってしまってね、これ以上は訴えると脅されたよ』
「そんな!」
『けれど、まだ方法はあるんだ』
士騎の声が詰まるのが分かった。
そして同時に、テレビと電話の向こうから一際大きな歓声が聞こえて来る。
舞翔は反射的に画面を凝視した。
「! ソゾン!」
初めは反重力の慣れないステージに防戦一方だったアイブリードが、遂に反撃を開始したらしい。
激しい連撃でフォーリエルを見る間に追い詰めていく。
これこそまさにソゾンを『冷血の吸血鬼』たらしめる攻撃である。
『舞翔くん、今回のことは……ソゾンの方から君の代わりにこの試合に出たいと申し入れがあったんだ』
「!? な、なんで」
『それだけじゃない。バトルに出させてもらう交換条件として、ソゾンは自分の実名入りで、エフォートと“ファントム”についての告発文書を出すと約束してくれた』
「っっな、んですか、それ」
頭が付いていかない。
その間も、画面の向こうではアイブリードとフォーリエルの激しい戦闘が繰り広げられている。
今のところアイブリードが押しているように見える。
それでも舞翔は、べっとりとこびりついた不安が消えなかった。
何故ならマカレナはまだファントムを発動させていないのだから。
「そんなことをして、ソゾンはどうなるんですか!?」
母親がいることも忘れ、舞翔は叫んだ。
電話の向こうで士騎が微かに声を詰まらせたような音が聞こえる。
けれど。
『舞翔くん、ソゾンはそれほどの覚悟を持ってこのバトルに臨んだんだ』
それは今までの穏やかで優しい声とは違う、真剣な声だった。
どこか厳しく叱るようなその言い回しに、舞翔は思わず押し黙る。
『だからどうか、このバトルを見届けてあげてくれないか?』
とても切実な声。
けれども舞翔はその言葉を素直に受け入れることが出来なかった。
(なんでっ、どうしてソゾンがそこまで……!)
舞翔の眉間にこれでもかと皺が寄る。
心臓がきゅっと締まって、どうしようもない罪悪感が押し寄せる。
(私が、あんなことで泣いて引きこもったから……っ、今だって、現に私は会場に行ってないじゃないか)
拳を握り締める。
昨日のことを思い出すと、やはりどうしようもなく手が震えた。
それでも舞翔は大きく息を吸う。
“今すぐに自分が行くから、バトルを止めてくれ”。
けれども喉元まで出掛かったその言葉は、士騎が先に声を発したことで掻き消される。
『これはおじさんの戯言だけれどね、舞翔くん』
士騎はまるで子供に言い聞かせるように、再び優しい声で言った。
『彼はきっと、君だけのためにこの覚悟をしたと俺は思う』
舞翔は目を瞠る。
言葉が詰まり、何も言えなくなる。
何か一言でも発してしまったら、やっとのことで止めた昨日の涙が、もう一度溢れ出してしまいそうだから。
『君は何も心配しなくて良い、ソゾンの事はBDFが全力で守る。どうか俺を、大人を信じてくれ。だから今は、ゆっくりと休むと良い』
そして電話は切れた。
舞翔は通話の終わりを告げる規則的な音を聞きながら、呆然と目の前のテレビを見やる。
画面の向こうで、ソゾンが闘っている。
まだ昨日のダメージも残っているはずなのに、アイブリードだって完全には直っていないのが画面越しでも分かるのに。
万全ではない、むしろ不利な状態で、それでもソゾンはマカレナに一歩も引かず立ち向かって行く。
そんなソゾンの姿を舞翔はただじっと瞳に映した。
「ソゾン……」
※・※・※・※
「お前になんかファントムを使う必要もないよ!!」
フォーリエルはもう何度目かのアイブリードの攻撃をひらり舞うように寸前で交わした。
しかし先程まではフォーリエルの独壇場だったのが、既にアイブリードは反重力のステージに慣れ、本来の動きを取り戻しつつある。
「油断していていいのか?」
その証拠に、次の瞬間フォーリエルはアイブリードの一瞬の切り返しで真正面からまんまと打撃をくらってしまった。
そしてそれを皮切りに、アイブリードの連撃がフォーリエルに襲いかかる。
「っ甘いね、そんな蚊みたいな攻撃で僕に勝てると思ってるの?」
しかし言葉とは裏腹に、マカレナの表情が少しずつだが険しいものへと変化していく。
思ったよりも攻撃を抜け出すのに時間がかかっていることに、内心苛立ち始めているようだ。
ひらりと避けても、すぐにアイブリードは追い縋って来て気付けば攻撃をくらわされる。
その五月の蠅のようにうるさい攻撃に、マカレナの怒りは少しずつ、着実に蓄積されていた。
「ただの吸血鬼が! 神に勝てるはずないだろっ!」
その怒りが、遂に爆発する。
マカレナが突如叫んだかと思うと、直後フォーリエルがその場で激しい回転を始めた。
巻き起こった風圧でアイブリードは弾かれてしまう。
その隙を突くように、フォーリエルは天高く飛び上がった。
そして。
「“絶望しろ! 虫けらがぁ!”」
宇宙の果てに消えたかと思われたフォーリエルは、絶望と共に現れた。
それは隕石である。
フォーリエルは、なんと機体の数百倍はある巨大な隕石に乗ってアイブリードに向かって墜ちて来たのだ。
「っくそ!」
隕石は凄まじい速さで近付いてきて、気付いた時にはもう逃げる事は叶わない。
「おっとー! これはアイブリード避けられない、ついに勝負が着くのかぁ!?」
ソゾンの表情が苦しげに歪む。
けれどもその瞳が、ギラリと怪しげに輝いた。




