表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
134/145

第134話 『それぞれの朝、それぞれの決意』




「それに君の話が本当だとして、決定的な証拠が無ければ強制捜査も出来ない。何をしようとこの現状は覆らない。それを分かっていてベルガも君を泳がせているのだろう。全く大した自信だが、現状は奴らの思惑通りだよ」


 士騎は目を伏せ、小さく息を吐いた。

 そうは言っても、舞翔は明日スタジアムに来るだろうか、と。

 キリルが目撃したという舞翔の涙。

 士騎はあの少女が泣いているところを見たことが無い。

 あの年頃の女の子ならば、当然泣いていたであろう事態が起こっても、舞翔は涙を流さなかった。涙ぐみはしても、人前で泣いたりはしなかった。

 その舞翔が泣いていた。

 それほどの何かがあったに違いないのだ。

 頭が痛い。

 今この現状も、ベルガのことも、ファントムのことも。

 思わず額に手を添えて、肺の中の空気を全て吐き出す溜息を吐くほどに。

 しかし。


「お前達が今必要なのはファントムの証拠だろう」


 凛と、鈴の音が鳴るように響く声。

 士騎はがばりと顔を上げると、目の前で自分を真っ直ぐに見据えるソゾンの視線に捕まった。

 心臓が、どくりと脈打つ。


「俺はファントムの試作段階のデータを一部だけだが持っている」

「!!」


 そう言ってソゾンが広げた掌には、ひとつのUSBメモリが乗っていた。

 士騎の瞳が収縮する。

 ソゾンは尚も整然と続けた。


「交換条件だ、俺を試合に出す代わりに俺はお前たちに協力する」

「! いや、だが、それは」

「元エフォートのトップであり、新エフォート代表だった俺が証言した。この情報の信憑性はそれで十分だろう」


 士騎は信じられないと言った風にソゾンを見やる。

 しかし目の前に立つ少年は一切の動揺も迷いも見せず、凛然とそこに立っているのだ。

 動揺しているのは、士騎の方だ。


「君の名前を、出していいのかい?」

「もとよりそのつもりで言っている」


 周りに居たメンバーもソゾンのその言葉にざわめき出す。

 カランは全てを悟ったように目を瞑り、武士は何故だか嬉しそうに目を爛々と輝かせる。

 彼のパートナーだったペトラは諦めたように溜息を吐き、キリルは信じられないものでも見るように目を見開いてソゾンを見ていた。

 そして士騎は、もう一度ソゾンを見やる。


「本気なんだね?」


 ソゾンはただ、真っ直ぐに士騎を見つめ返した。

 その瞳の奥に、士騎はハッキリと日輪にも劣らぬ氷輪の輝きを見る。

 それは今までの彼とは違う、何かを守る為の強さなのだと――


「……分かった」


 気付けば唇を突いて言葉が出ていた。


「君の条件を呑もう」

「!」


 士騎の返答に周りは息を呑む。

 しかしソゾンは動じなかった。然も当然と謂わんばかりに平然としている。 


「交渉成立だな」


 その言葉と共に、ソゾンの瞳は静粛に細められた。




※・※・※・※




 そして今、その鋭い眼光はマカレナを捉えている。


「あーあ、超興ざめだよだよ。何で君が相手なの?」

「貴様の相手は俺で十分だ」

「絶対負けるのに出て来るなんて、君ってバカなんだね、だね」


 マカレナの安い挑発をソゾンは一笑に伏した。

 しかしその眼光はマカレナを捉えたまま外れることは無い。

 冷徹な瞳の奥には、烈火の如き怒りの炎が揺らめいている。

 ソゾンはマカレナが昨日、舞翔に何をしたのか忘れてはいなかった。

 まして、許してもいない。


「舞翔はどうしたのさ?」

「答える必要はない」

「じゃあ、僕が勝ったら今度こそ舞翔を出してよね!」

「断る」

「はぁ?」


 二人の言葉の応酬は続く。

 それを観客席から見ていたペトラは、静かに目を細めてみせた。


「あれは、相当頭にキてるな」

「何それ、何でソゾンが……って、もしかしてソゾンのやつ舞翔のことっ!?」

「最初から分かりやすかっただろ、ようやっと自分の気持ちに気付いたってところじゃねぇの?」


 ペトラの言葉に、隣に座っていたキリルは思い切り顔を青くする。

 しかしすぐに盛大に溜息を吐くと、ベンチに深く座り直した。


「負けたら絶対に許さない」

「はは、どうだろうな」


 キリルとペトラの視線は、再び展望台アウトルックタラップに立つソゾンへと注がれる。

 ソゾンは毅然とマカレナと対峙していた。


「勝負は何かを賭けるものではない、勝敗を決するためだけのものだ」

「何言ってるの?」

「言った筈だ、舞翔は物ではない。誰にも彼女の自由を奪う事は出来ない」

「……あー、またそれ?」


 マカレナはつまらなそうに目を眇めると、あからさまに肩を下げてみせた。

 直後カっと目を見開き、大きく口を開く。


「あの子を一番傷付けてたのはお前だろ! 気持ちをぶつけることの何がいけないって言うんだよ、最終的に受け入れてもらえればなんの問題もない!」

「それはお前の傲慢でしかない」

「傲慢だったらお前もだろ、だろ!!」

「……そうだな」


 ソゾンは僅かに目を伏せて、自身の今までの言動を振り返った。

 とてもではないがマカレナを批判など出来ない。

 自嘲して、けれども再びマカレナを見やった時、その瞳はまるで水面に映る月のように澄んでいた。


「だが例え傲慢だったとしても、俺は誰にも舞翔を渡す気は無い」


 シアン色の瞳が鋭く冴える。

 その薄明の如き眼光は、マカレナを深部から震わせた。

 興奮に頬を上気させ、マカレナは挑戦的に笑う。


「ははっ、いいね! その自信、僕が叩き潰してやるよ!」




※・※・※・※




 そんな二人のやり取りを、BDFのベンチでは武士、士騎、カランの三人がやはり神妙な様子で見守っていた。


「良かったのか、士騎?」


 カランが士騎に問いかける。

 士騎はそれに答えられず、眉間にぐっと皺を寄せた。


「そんなに心配しなくても、ソゾンなら大丈夫だって」


 あっけらかんと言ってのけた武士に、士騎は思わず溜息と共に項垂れる。


「これは大人の責任だ。俺も覚悟を決めるしかない」

「でもまさか、ソゾンが自分から“あれ”を提案するなんて思わなかったよな」

「あぁ、それほど奴も本気なのだろう」


 三人の視線は、急場しのぎで修理をしたアイブリードに注がれる。


「ソゾン、変わったよな」


 武士がぽつりと呟く。


「あぁ、これはいよいよもって勝てそうも無い」


 カランがぼやく。


「彼なりに、舞翔くんを本気で守ろうとしているんだろう」


 言いながら、士騎は折り返しの無いスマートフォンの画面を見つめた。

 今朝から何度か舞翔にかけているが、まだ一度も繋がっていない。

 その画面を士騎の背後から身を乗り出して武士も見やる。


「どうしちゃったんだろうな、舞翔。昨日家に行っても出て来なかったし」

「うむ……」


 黙り込む士騎の横で、不意にカランが口を開いた。


「恐らく何かあったんだろう。医務室にはマカレナも居たと聞いた、現状から見て奴が原因で間違いないだろうな」


 カランの拳が強く握り締められる。

 腕に青筋が浮かび、その怒りが相当なものだと伺える。

 しかし、その力がふと緩められた。


「だが今は、信じるしかない。ソゾンと――舞翔を」




※・※・※・※





 どんな夜にも朝が来る。


 涙で腫れぼったくなった目で、舞翔は窓際で朝日に照らされるエレキストを見ていた。


 変わらずいつも、そこに居てくれる大切な存在。


 昨日、忘れ物だと士騎が届けに来てくれたのだが、その時も舞翔は顔を出すことができず、部屋の中で三都子が対応するのを聞いていた。


「エレキスト」


 燦々と差し込む光の格子の中で、エレキストはただ静かにあるじを待っている。


「私はどうすればいいのかな?」


 ぼんやりと手を伸ばす。

 もう朝は来てしまった。塞ぎ込んでいても、時は待ってはくれない。

 気持ちを消すことも出来ないし、何もかも無かった事にも出来ない。

 舞翔はもう何度目かの大きな溜息を吐いた。


「舞翔ー! ソゾンくんの試合、始まるわよー!」


 しかし階下から響いた母、三都子の声にソゾンの名を聞き取った途端、舞翔は驚くほど俊敏に跳ね起きた。

 乱暴に音を立て、無我夢中で階段を下る。


「あんた、起きたんなら顔洗ってごはん食べなさい。昨日から何も食べてないんだから」


 リビングに飛び込んだ舞翔に、三都子は少し呆れた口調でそう言った。

 けれども舞翔はそんなの耳に入っていないかのように、テレビにかじりつく。

 そしてそこに映し出された光景に、目が飛び出るのではないかという程に目を見開いた。


「な、なんで!?」


 そこにはソゾンとマカレナが展望台アウトルックタラップで睨み合っているさまが映し出されている。

 そしてその直後、舞翔のスマートフォンのベルがやけに小気味よく鳴り響いた。





主人公、やっと出て来ました。

落ち込んでる時は時間感覚、なくなりますよね!!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ