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第133話 『大波乱!? 掟破りの最終選手』




 陽は昇り、遂に決戦の朝が来た。

 エフォートのスタジアムには続々と観客が集まり出し、ステージにはDJが立っている。


「さぁ! いよいよBDF対エフォートの最終試合がやってまいりました! え? なに? え? 選手変更?」


 会場は満員を超えた満員、立ち見で通路が溢れ返るほどの盛況だ。

 そんな中でDJの戸惑った声が響き、スタッフから何かメモを渡された。


「な、なんだって!?」


 DJはそのメモを読んだと同時に、その目を白黒と点滅させた。

 既にエフォート側の展望台アウトルックタラップにはマカレナが立っている。

 BDFのベンチには武士とカラン、士騎が神妙な面持ちで座っていた。

 しかし誰も立ち上がらない。

 そのことに会場がざわざわとざわめき始めた頃、入場口から颯爽と現れたのは――


「な、なんと!! エフォートのはずのソゾン選手がBDFチームの最終選手!? いや、これはしかし、本当に、いいのか!?」


 ソゾンは凛とした佇まいで微塵も動揺を見せる事無く展望台アウトルックタラップへと向かって行った。

 そして堂々と階段を登り切ったところで、鋭い瞳を更に鋭利に尖らせてマカレナを真正面から見据える。

 マカレナはそれを受け、ただ薄く笑った。

 DJも観客もそのまさかの事態に未だ混乱状態で騒然としている。

 しかしBDFである士騎、武士、カランの三人だけは、納得した様子でその光景を見つめていた。




※・※・※・※




 時は遡り、医務室へと舞翔が向かってしばらく経った頃の事。

 控室で舞翔の戻りを待っていたBDFチームのもとに、キリルが慌てた様子で駆け込んで来た。


「大変だよ! 舞翔が泣いて、逃げて、ソゾンが追いかけてっ」

「ど、どうしたんだキリルくん? ちょっと落ち着いて、順序立てて話してくれるかい?」


 息も絶え絶えに言葉を並べるキリルに、士騎は駆け寄り、その背を擦りながら問いかける。

 するとキリルは一度呼吸を整え、額にかいた汗を乱暴に拭ってから、深刻な顔で再度口を開いた。


「ソゾンの居た医務室で何かあったみたいなんだ! オレ、心配で様子を見に行ったんだけど、舞翔はオレに気付かず走って行ってしまって。すれ違う時、舞翔が泣いているのが見えた! それをソゾンが追いかけていて、オレも追いかけようとしたんだけど、住宅街で見失ってしまって」


 キリルの話を聞き終わるのを待たず、カランは勢いよく立ち上がった。

 しかしこれでもかと眉間に皺を寄せた後、拳を強く握り込み静かに座り直す。


「ソゾンが、舞翔を追いかけていたんだな」

「そ、そうだけど」

「そうか、ならばこれ以上は野暮だろう」

「!」


 カランのその言葉にキリルは目を見開いたが、少しだけして「そうだね」と静かに呟いた。


「舞翔くんのことは、今は信じて待とう。それよりも明日の事だが」


 見るからに意気消沈してしまった空気を変えようと、士騎が少し声を張り上げた、直後。


「やあ、BDFチームの諸君」

「!?」

「っベルガ!」


 BDFの控室に、なんとベルガが現れた。

 相も変わらず嫌味な笑顔を浮かべ、ベルガは士騎に視線を向ける。

 するとベルガの動向を探っていたメンバーが、エフォートのスタッフにより次々と控室へと放り込まれた。

 そのことに士騎は目を見開く。


「何やら鼠が嗅ぎまわっているご様子、理由によってはこちらも訴えざるを得ませんね」


 ベルガは然も迷惑そうに身振りを付けてそう言ってのけた。

 その煽りにまんまと乗せられカランが思わず立ち上がったのを、士騎が制する。


「何の御用でしょうか?」


 全ての感情を呑み込むように、士騎は努めて平静に問いかけた。

 しかしベルガはそれに対して蔑むような目線を返す。


「はは、随分な物言いだね」


 士騎とベルガ、二人は少しの間何も言わずに睨み合った。

 その間も士騎は怯む様子もなく表情も崩さない。

 そんな士騎にベルガは目を細めると、次に胡散臭い笑みを浮かべてみせた。


「これについて、君達がやっていることは無駄な努力だと教えてあげようかと思ったのだが」


 ベルガは何かを示すように手を掲げた。

 その指先が持っているものに、一同は目を見開く。

 それは、“ファントム”だ。


「これは明日、ファントム社が正式にプレスリリース予定の感覚共有型バトルドローン”Pシリーズ”に標準搭載されるパーツ、その名も“ファントム”」

「!!」


 士騎が音を立てて立ち上がった。


「ベルガ、貴様!」

「残念だったね、士騎君。もう何もかも、君の負けなのだよ」


 ベルガの高笑いが響く。

 士騎は逆上しそうになるのをぐっと堪えて、静かに深呼吸を繰り返した。

 それから平静を装いにっこりと微笑んでみせる。


「そうですか、ご忠告どうもありがとうございます」


 その声は酷くとげとげとしていた。

 そんな大人げない士騎の様子にカランと武士は逆に冷静になって、少し呆れたように士騎を見やる。

 士騎の額にはくっきりと青筋が浮かび、体中から完全に怒りのオーラがほとばしっていた。全く感情を隠せていない。


「ふん。まぁ、明日の試合の勝敗は見えているがね、せいぜい良い試合にしようじゃないか。我らがPシリーズの宣伝のためにもね!」


 ベルガはそれだけを吐き捨てて、去って行った。

 その後ろ姿が消えた直後、士騎は思い切りテーブルを拳で殴りつける。


「あんのったぬき親父が!」

「兄ちゃん、どうどう」


 興奮した様子でふーふーと息をしている士騎を武士が宥めていると、その隣ではカランが少しだけばつが悪そうに俯いた。


「すまない、俺が勝っていれば」

「それはいうなって、カラン」


 武士は少しだけ怒ったようにカランを見つめた。

 その視線にカランはふっと眉を下げる。


「そうだな。しかし、これからどうする?」


 それからカランはその場の皆を見渡した。

 その視線に応えるように、ファントムの証拠を掴みに行っていたチームも、ベルガの動向を探っていたチームも首を横に振る。

 どちらも収穫がなかったのだろう。


「ファントムはベルガの言った通り、既に正式なパーツとしてのデータに全て整えられていた」


 ジェシーが悔し気に僅かに眉を寄せて言う。


「こっちも、少しの弱みも握れなかったぜ。聖人君主みたいに振舞いやがって、あの野郎」


 ペトラは明らかに顔を顰め、吐き捨てるように言う。


「くそ、全て先手を取られたか」


 最後に士騎が呟いて、控室に沈黙が降りた、その時だった。


「邪魔をする」

「!?」

「なっ、お前はっ」


 さも当然のように、堂々と控室へと入って来たのは、ラズベリーレッドの髪にシアン色の瞳を鋭く輝かせた男。


「ソゾン!?」「ソゾン!」「ソゾンッ」


 その場に居た全員が、三者三様の反応でその名を紡いだ。

 しかしそんな一同に微塵も動ずること無く、ソゾンは毅然と一同の前に立ってみせた。


「お前っ、なんで?」


 ペトラが少しだけ困惑したような、けれども嬉しさを隠しきれない様子で呟く。

 それにソゾンはちらりと視線を向けると、どこか挑発的な目をして口元を緩ませた。

 それで全てを悟ったようにペトラは押し黙る。

 あの顔は、とんでもないことを言ってのける時の顔だ、と。

 ソゾンは次に士騎の目の前までやって来ると、真剣な表情で口を開いた。


「次のマカレナとの試合、俺を出せ」


 その言葉に一瞬の間が開いてから――


「っは、はぁ!?」「何言ってるネ!?」「お前、エフォートだっただろ!」


 弾けるように困惑と動揺の声が上がった。

 言われた当人である士騎も、思わず肩をずるりと下げて、唖然としている。

 しかしその中でカランだけは全てを悟ったように深刻な表情を浮かべていた。

 武士もまたカランの様子に気付くと、表情を真剣なものへと変える。


「舞翔に何か、あったのか?」


 カランの問いに、ソゾンは何も答えない。

 けれどもその沈黙が答えだった。

 控室に再び静寂が広がる。

 その沈黙を割ったのは、士騎だった。


「ソゾンくん、エフォートの代表として既に試合に出た君を今度はBDFとして出場させることは、簡単に容認できることでは無い」


 凪のように穏やかでいて、張り詰めた糸のような緊迫感を持った声。

 士騎の瞳はソゾンを試すように見詰めている。

 しかしそれにソゾンが怯むことは無い。


「ベルガがファントムを採用した“Pシリーズ”、それに実際取り付けられているファントムは出力を抑えただけの物だ。長時間使えば負荷がかかり人体に影響が出る」

「!!」


 士騎は目を瞠り、息を呑んだ。

 それはソゾンが“相手の情報を提供する”と暗に言っているのと同義である。

 驚愕する一同をよそに、ソゾンは更に続けた。


「この出力はベルガ達が自由に変えられる仕組みになっている」

「ま、待ってくれ。それはまさか」

「そうだ。奴等は大会などで見込みのある者にだけファントムの出力を上げ、選別するつもりなんだ、ファントムに適用しているかどうかを。一部の人間だけが倒れるならば、誰もBDのパーツの所為で人体に影響が出ているなどとは思わない。しかしこれを利用して適用者を集め、ファントム社のバトルドローンが強いという印象を世間に広げれば、誰もがファントム社のバトルドローンを欲しがるようになるだろう」


 士騎は一瞬眩暈がしそうになるのを何とかこらえると、目の前に立つソゾンを見やった。

 一切の躊躇もなく、ソゾンはこんなにも重要な情報をさらりと言ってのけた。

 それは“それほどの覚悟を持って彼がここへ来た”ということの何よりの証明になる。

 士騎は押し黙り、そして熟考する。

 それほどまでの覚悟を彼が決めた理由、舞翔が今ここに現れない理由。

 それから士騎は深く重い溜息を吐いてから、静かに顔を上げた。


「……君の言いたいことは分かった」


 重々しい声と共に、士騎はソゾンの瞳をじっと見つめる。

 ソゾンは目を逸らす事無く、瞬きすらもしなかった。


「だが、BDFの最後の代表は誰が何と言おうと舞翔くんだ。それだけは絶対に変えられない」


 しかし士騎の首は縦には動かない。

 青く光る黒い瞳は、ソゾンを静かに牽制するように、見つめていた。






主人公はお休み回です。

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