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第131話 『訪問者はソゾン!? 扉の向こう』




 舞翔は無我夢中だった。

 どこをどう走ったのかも覚えていない。

 ただ気付けば自宅に辿り着き、乱暴に玄関の扉を開け放っていた。


「舞翔!? あんた、試合は!?」


 リビングから驚いた母、三都子の声がする。

 けれども舞翔は一言も発することなく靴を脱ぎ捨てると、そのまま二階の自室へと駆け登り、部屋へと閉じこもった。

 ベッドに飛び込み、布団を被る。

 薄暗い布団の中で、止めようにも留めどなく溢れる涙と共に顔を布団に埋める。


「ちょっと、舞翔? アンタ何かあったの?」


 心配した三都子の声が扉の向こうから聞こえたが、舞翔が何も答えないでいるとやがて足音は一階へと降りて行った。


(馬鹿みたい、夢見る乙女じゃあるまいし)


 前世の舞翔はファーストキスにこだわる歳はとうに越していた。

 それに今世の舞翔だって、ファーストキスに憧れるような性格でも無かったはずだ。


「それなのにっ、なんで涙が止まらないの?」


 マカレナを思い出し、体が震えた。

 それは明確な恐怖だと舞翔は悟る。

 マカレナが怖い、近寄りたくない。

 そして何より、あの時のソゾンを思い出すと、辛くて、悔しくて、悲しくて仕方がなくなる。

 ソゾンに見られた。

 けれどもソゾンは、動かなかった。

 ソゾンのあの失望に染まった表情を思い出すだけで、舞翔の胸は強く強く締め付けられる。


(最初から分かっていた事なのに、どうしてこんなに苦しいの?)


 叶わぬ想いだった。

 前世からずっと、一方通行の気持ち。

 それで構わなかった、それが良かった。

 安心して、想っていられるから。


(元に、戻っただけ)


 それでも溢れる涙に、舞翔は諦めたように目を閉じた。

 もう不貞寝ふてねしてしまおう。

 何もかも、考えるのが面倒だ。

 疲れてしまった。

 もう、疲れた。

 チャイムの音がして、三都子が玄関へ歩いて行く音が聞こえる。

 何とも無い普段の生活音、いつも通りの我が家。

 ガチャリと玄関の扉が開く音。


「え! あなた! え!? 本物!?」


 直後聞こえて来た三都子の頓狂とんきょうな声に、舞翔は眉間に皺を寄せた。


「突然の訪問で申し訳ありません。舞翔さんはいらっしゃいますか?」


 更に聞こえて来たその独特な高い声に、舞翔は反射的に布団を跳ねのけ起き上がる。


「え、えぇ。二階にいますけど、でも」

「失礼します」

「あ、ちょっと!」


 足音が響き、二階へと登って来る。

 舞翔はパニックだった。

 ベッドの上で固まって、頭を抱え、窓から逃げようかと立ち上がって手を掛けていやいやいやと首を振る。

 そうこうしているうちに、扉の前でぎしりと床の軋む音が響き、舞翔は鼓動と共に全身が跳ね上がる。

 居る、扉の向こうに。

 ソゾン・アルベスクが、舞翔の部屋の前に立っている!

 直後、響いたノックの音。

 舞翔は扉と向かい合い、ただその音に体を小刻みに震わせた。


「空宮舞翔」

「っ!」


 扉の向こうから確かに聞こえた。

 聞き間違うはずが無い、それは大好きなソゾンの声だ。

 舞翔の鼓動がバクバクと高鳴っていく。

 緊張なのか、喜びなのか、戸惑いなのか、恐怖なのか。

 よく分からない汗が掌を伝う。

 涙はいつの間にか引っ込んでいた。


「入ってもいいだろうか」


 声と同時にドアノブに手を掛けた音がして、少しだけドアノブが動いた。


「だっ、駄目!」


 だから咄嗟に舞翔は叫んでいた。

 するとドアノブは平時の位置に戻り、そのことにほっとしたような、がっかりしたような訳の分からない感情を舞翔は抱く。


「良かった、ここに居るようだな」

「!」


 ソゾンの声は、ドア越しでも分かるほどに穏やかで、優しかった。

 そのことに困惑しながらも、舞翔は一歩扉に近付く。

 まだ頭が混乱していて、心臓もとんでもなく脈打って、舞翔は目が回りそうだ。

 思わず妄想かもしれないと頬をつねる。

 しかし案の定しっかりと痛かった。


(なんで、なんで!? ソゾンが、私の家に居るの!?)




ついに…ついに、来ました。

ここが二人の登りきった山の上、です!

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