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第129話 『舞翔、ピンチ! マカレナの思惑』



「そんな言い方しないで!」

「えぇ? 何で怒るの? 訳わかんなぁい」


 マカレナはその台詞とは裏腹に実に恍惚とした表情を浮かべてみせた。

 頬を赤く染め、ぞくぞくと体を震わせ、うっとりとした目で舞翔を見つめる。

 その態度に、舞翔の全身に怖気が走る。


「でもさぁ、僕、君のその怒った目がすぅぅぅっっっっごく、好きなんだよねぇ」


 舞翔はマカレナから咄嗟に離れようと身を引いた。

 けれどもその瞬間掴まれた手首にぐっと力が入り、離れることは叶わない。

 そうこうしているうちにマカレナはぺろりと赤い舌で自身の唇を舐めてみせた。

 その行動に舞翔は本能的に嫌悪感が湧き上がり、必死に逃げ出そうと試みる。


「やだ、っ放して!」

「だぁめ。だって僕と君は()()()()()だもの」

「っはぁ!?」


 舞翔は思わず素っ頓狂な声を上げていた。


 とにかく全力でマカレナから逃げ出したい、その一心で腕に渾身の力を込めるが、やはりマカレナの手は離れない。

 いつもならばカランやソゾンが助けてくれていた。

 けれども今は、誰も居ない。

 自分で何とかしなければいけない。

 その状況に、舞翔は少しずつ焦り始めていた。


「だってぇ、“君も選ばれた人間”、だろ? だろ?」

「な、に言って」

「だからぁ、君もファントムの“適用者”だろって言ってんの」


 マカレナの赤い瞳が舞翔を値踏みするように見つめる。

 その視線にも寒気がして、舞翔の心臓は気付けば少しずつ早鐘を打ち始めていた。

 嫌な汗が手に滲む。


「関係ない! 私はファントムは使わない、ファントムで勝ったって、それは勝利とは言えないわ!」

「えぇ? じゃあ君達のところの浦風武士はどうなのさ」

「っ武士だって、もう使ってないわ。使わずに勝つ方が楽しいって!」

「ふうん、よく分からないなぁ。勝利は勝利じゃない? ない?」


 興味を失したのか、ふいにマカレナの瞳から幕を下ろしたように光が消えた。

 それと同時に手首を離され、舞翔はようやく解放されたことに思わずほっと胸を撫で下ろす。それからすぐに医務室へと入ろうとドアノブに手を掛けた、直後。


「君のバトル、全部見たけどさ。君が初めてソゾンに勝ったのだって、ファントムのおかげだろ?」


 目の前の扉に影が掛かかり、不意に背後から伸びて来た手がドアノブを回そうとする舞翔の手に触れた。そして気付いた時にはもう、背後から伸ばされた両腕に挟まれ、舞翔は扉とマカレナの間に閉じ込められてしまっていた。

 舞翔は戦慄する。

 しかし逃げる間もなく、マカレナは舞翔の耳元に唇を寄せ、囁いた。


「君と僕は同じ、他の奴等とは違う選ばれた特別な存在なんだよ。だから明日の試合ではお互いファントムを使って正々堂々戦おう」


 この男は、何を言っているのだろう?

 怒りなのか、嫌悪なのか、とにかく舞翔はその時、人生で初めて頭が真っ白になるほどの激情を覚え、気付けば声を荒げていた。


「違う! そんなの、正々堂々じゃない!」

「違わないよ。これはファントム社が開発した正式な新パーツなんだ。選ばれし者ならいくら使ったってなんでもないし、体に負担がかかるのだって才能がないやつだけの話だよ。そう、これは()()なんだよ」


 怒りの余り舞翔は勢いでマカレナを振り返ると、目尻を吊り上げ睨み上げた。しかしすぐに舞翔はそのことを激しく後悔する。

 目の前にマカレナの顔があり、その目は嬉々として見開かれている。そしてその中心で底の見えない瞳孔が、舞翔を呑み込むように見つめていたのだ。


「だからこれはバトルドローンの正式な進化なんだよ、舞翔」


 思わず逃げようとした舞翔の頬に手が伸びて来て、絡み取られる。

 そして無理矢理にマカレナの方を向かされたかと思えば強引に引き寄せられ、マカレナの顔がどんどんと鼻先へと迫って来る。


「っやだ」


 舞翔は思わず両手でマカレナの顔を押し退けようとした。

 けれどもそれもマカレナによって呆気なく取り崩され、手首を扉に押し付けられる形で拘束される。


「っやだ! やめて、離して!」


 マカレナの顔が迫る。

 舞翔はもう、祈るような気持ちで顔を背けることしか出来なかった。

 恐怖で体が動かない、足が竦んで抵抗すら出来ない。

 それを嘲笑うように、マカレナの唇が舞翔の耳元へと寄せられ、舞翔の全身に怖気が走った、その瞬間。


「!?」


 背中の扉が突如ソゾンがいる部屋側へと開き、マカレナは反射的に身を引いた。

 その隙を突くように、舞翔の体は思い切り後方へと引き寄せられる。


「あーらら、もう起き上がって平気なの? なの?」


 少しだけ棘のあるようなマカレナの声が、先ほどよりも遠く離れて響いた。

 目を開いた舞翔の視界に、ラズベリーレッドの髪に鋭く細められたシアン色の瞳が映り込む。

 同時に鼻腔を、ふわりと()()香りがくすぐった。

 清涼感のある、どこか落ち着く、ソゾンの匂い。


「っソゾ、ぶっ」


 そのまま有無も言わさず顔を胸板に押し付けられ、舞翔が彼の名を最後まで言い切ることは叶わなかった。

 ぶつけた鼻は痛かったが、触れた体温が温かいことに、舞翔は場違いにも嬉しさが込み上げる。


(ソゾンだ、ちゃんと、生きてる)


 耳を寄せると、鼓動が聞こえた。その事に自分でも驚くほどにほっとして、顔が綻ぶ。

 死ぬ訳がないとは分かっていたけれど、ソゾンが気絶して倒れた時は本当に肝が冷えたのだ。

 それからこっそりと舞翔はソゾンを盗み見た。

 すぐ真上にあるソゾンの顔。その表情に、一瞬びくりと舞翔は震える。


 ソゾンの瞳は、氷点下のごとき怒りを宿し、マカレナを睨みつけていた。




お読みいただきありがとうございます!

いつも読んで頂けて本当に嬉しい限りです。


物語もかなり終盤ですが……まだ、まだもうちょっと、いや、けっこう?

盛り上がっていきますので、お楽しみいただけたら嬉しいです!


ソゾンとマカレナと舞翔の三巴、さぁどうなる!?

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