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第128話 『吸血鬼の涙! 舞翔の懺悔』





 舞翔の悲鳴にも似た叫びが響いたのと、谷底から激しい水柱が上がったのはほぼ同時だった。

 まるで雨のように降り注ぐその水柱に濡らされながら、舞翔はエフォートの展望台アウトルックタラップの階段を夢中で駆け上がる。


(ソゾンっ、ソゾン!)


 今までで一番、展望台アウトルックタラップの階段が長く感じられた。

 足がもつれそうになりながらも、舞翔は全力で階段を登り切る。

 そして、瞳に飛び込んだ光景に思わず息を呑んだ。


「っ、ソゾン?」


 ソゾンは未だ立ち尽くしている。

 その表情は俯いていて見えないが、どこか呆然としている様子に恐る恐る舞翔が声を掛けた、直後。


「っ駄目だ、逃げろ舞翔!」


 カランが叫んだ。

 しかしもう遅い。

 振り返ったソゾンは正気を失ったまま、真っ白い目で、牙を剥き出しに舞翔に襲い掛かったのだ。


「っ!?」


 直後舞翔は首筋に激しい痛みを感じ、目を閉じた。

 噛み千切られる、その痛みと熱さに舞翔の表情が苦痛に歪む。

 けれど。


「何故、に、げ……た、舞翔……」

「!」


 それは舞翔にしか聞こえないほどの、微かな声だった。


「舞翔!」

「大丈夫だから!」


 手摺てすりを越えて来ようとしたカランを思わず制し、舞翔はソゾンを見やる。

 その表情は未だ暴走状態で正気を失っている。けれども、その瞳からは涙がこぼれ出していたのだ。

 こんな姿、きっと誰にも見られたくないに違いない。舞翔はそう思い、咄嗟にカメラからも庇うようにソゾンを抱き寄せた。

 息が詰まるほどに強く、縋るように舞翔を抱き締めて、まるで逃がさないと言わんばかりに首筋に強く噛みついているソゾンは、怯えた小動物のようにも思える。

 いつもはあんなに凛として、たった一人、孤独の中で立つ彼が――こんなにも、何かに怯えている。


(私は、何を勘違いしていたんだろう)


 舞翔はその時、ようやく自分がしてしまったことに対する罪悪感で胸が締め付けられた。

 ソゾンは決勝へ来いと言った。その約束を破って、舞翔は日本へと逃げ帰った。

 彼が傷付くことは無いと、思っていたのだ、無意識で。


(ソゾンだって、傷付くんだ)


 そんな簡単なことに、どうして気付かなかったのか。


「ソゾン、大丈夫だよ」


 だから慎重に、ゆっくりと背を擦り、祈るように頬を寄せ、ソゾンの耳元で囁いた。


「もう逃げないから、大丈夫」


 すると噛みついていた口が離れ、激しい痛みからは解放された舞翔は少しだけほっと息を吐く。

 けれども未だにソゾンは舞翔を強く抱きしめたままである。

 そしてまるで譫言の様に、ソゾンは「行くな、行かないでくれ」を繰り返す。


「行かないよ、何処にもいかない。あなたのそばにいるよ」


 それに舞翔も飽きるほど返事を繰り返した。

 すると少しずつ少しずつソゾンの力が弱まって行き、ふいにソゾンの全身から力が抜ける。


「っきゃあ!?」


 その所為で思い切り一緒に地面に倒れ込んでしまった。

 無意識なのか偶然なのか、ソゾンに抱き込まれていたので舞翔は無傷だった。

 舞翔は倒れても離れないソゾンの腕から抜け出そうと試みるが、自力では難しいようである。

 その内に、カランやスタッフがやって来て彼らの力を借りて二人は引き剥がされた。


「大丈夫か、舞翔」

「うん、ありがとうカラン」


 ソゾンは完全に気を失っているようで、スタッフにより担架で医務室へと運ばれていった。舞翔は追いかけたい気持ちでいっぱいだったが、まだ自分のバトルが残っているためその気持ちをぐっと堪え、その場に留まる。


(それにさっきのバトルの勝敗も気になる)


 舞翔は一度会場を見渡した。

 思いもよらぬ事態に、観客も戸惑いざわついているようである。


「え、えっと? あ、これを読めばいいのか?」


 と、DJの少し間の抜けた声がマイク越しにスタジアムに響く。

 何やらメモを受け取ったらしいDJは、一度気を取り直すように咳ばらいをすると、今だ混乱の続く会場に向けて吶吶と話し出した。


「ええと、第二試合は両者同時に沈黙の為、引き分けと致します。また、エフォートの医療体制は整っております、どうぞ皆様ご安心下さい。最後まで力の限り戦ったソゾン選手にどうか温かい拍手を! また、この後予定しておりました第三試合ですが、この状況ですのでまた明日、執り行うことに致します。みなさまどうぞご期待ください! だ、そうだぞー!」




※・※・※・※




 舞翔は息を切らして脇目もふらず通路を駆けていた。

 もちろん、目指すはソゾンが運ばれていった医務室である。

 スタッフを捕まえ場所を聞き出し、一目散に駆け出す舞翔をカランも士騎も、武士も止めずに見送ってくれた。

 そして教えられた場所の目前まで来た所で、舞翔は目を見開く。


「やぁ、舞翔」


 舞翔は立ち止まり、思わず眉を顰め目の前の相手を睨んでいた。

 シトロングリーンのおかっぱ髪、血のように赤い瞳。

 マカレナが、医務室の前でまるで待ち伏せていたかのように立っていたのだ。


「やだなぁ、そんなに警戒しないでよ」


 いつも通りの軽口を叩きながら、マカレナは舞翔へと歩み寄る。

 それに対して後退りしそうになるのを堪え、舞翔は「急いでるので」と横をすり抜けようとした。


「ファントムってさ、適用者以外が使うと反動がヤバイんだよね、よね」


 しかし、舞翔の手首をマカレナがいつの間にか掴んでいた。

 同時に発した彼の言葉に、舞翔は反射的に振り返る。


「やっぱり、ファントムを使ったんだね」

「あいつ自身は一度も使ってなかったみたいだけど、今回はベルガが遠隔で発動させたみたいだね、だね」


 舞翔が自分を見たことに、マカレナは満足そうに口角を上げた。

 しかしだからと言って掴んだ手首を離す気はないらしい。

 それどころか引き寄せられたことでマカレナの顔が鼻先まで迫り、舞翔の表情が見るからに強張る。

 それを見たマカレナは何やら嬉しそうに目を細めると、饒舌に語り出した。


「僕興奮しちゃったよ! あいつファントムが発動してるのに呑み込まれない様に我慢してるんだもん! あの感覚にさっさと呑まれた方が楽なのにねぇ。抵抗するから逆にベルガが出力最大にしちゃってさ、けっきょく正気を失ってやんの! 可哀想な奴!」


 その物言いに舞翔はカっと頭に血が上るのを感じた。

 マカレナはニタニタと笑っている。

 その人を小馬鹿にした顔が、大嫌いだ。

 気付けば舞翔は苛立ちを顕に、マカレナを睨み付けていた。




吸血鬼ならばこのシーンは絶対に欲しい、その気持ちだけでした。

私がやらかしましたすいませんでした、誰かに刺さったら本望です!!!

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